閑話 イルクゥラ(キンパイさん)のその後1
ずっと前に閑話として差し込むはずだったのにズルズルと先延ばしになり、今になって慌てて差し込まれたお話。
時間軸としてはジンさん一行が熊人の都市に着いた頃になります。
ここに来るのは何年ぶりだろうか。
親父と仲違いして、飛び出して以来だから・・・五年?
あれ程大きく、途方もないと思えたこの家も、今見てみるとちょっとデカいだけの屋敷にしか見えない。
まぁ、この家で過ごしていたのは三年位だけだったしな。
普通の家の、普通の子供。
まぁ、多少は悪ガキと呼ばれる程度にはやんちゃもしたが・・・。
それが母が亡くなり、急にこの家に引き取られた。
いきなりお前は子爵家の血を引いている。なんて言われた所で、それまで普通の悪ガキだった子供が、こんなお上品な所に馴染めるはずもない。
まぁ、それでもそれなりに馴染もうとはしたんだが、どうしようなく折り合いが付かなかった。
いや、付けられなかったんだな。
家を出てそれからまぁ色々とあった。
剣鬼の弟子になり、冒険者になり・・・、気が付けば弟子筆頭だとか、ゆくゆくは神銀級冒険者だとか、言われるようになっていた。
思い上がっていた。
真正面から向き合ったなら、誰にも負けないと思っていた。剣鬼のジジイを相手でも、一対一なら負けないと思っていた。
自惚れていたという他ない。
それが物の見事にへし折られた。
全力の全力。渾身のといえる俺の一撃は、真正面から完膚なきまでに打ち砕かれた。
しかも、まだ余裕を残している様子まであった。
これ以上にない完敗。
いっその事、そのまま死にたかった。
が、死ねなかった。
いや、死なせてもらえなかった。と言うべきだろうか。
弱い癖に狡猾で残忍で、卑怯な人族。
そう思っていた人族に負けた。
あのジンと呼ばれていたあの人族は何者だったのだろうか。
というか、アレは本当に人なのだろうか。
ぶちのめされたあの時、あの瞬間から、あの男の事が頭から離れなくなった。
不思議と恨みとか悔しいとかそういう感情は湧かない。
それ程までに実力差があり過ぎた。
俺はただ知りたい。
あの男は何処からきたのか。どうしてあれ程までに強いのか。
そして、何処に向かっているのか。
ただただ興味だけが湧き上がって来る。
知りたい。
が、知る術がない。
何処の誰とも知らない人族だが、国内に留まっているのならば見つけるのは簡単だ。
だが、国外となるともうどうしようもない。
だから、俺は唯一の手掛かりを手繰るために、帰ってきた。
あの男が連れていた二人の女。その内の一人。
俺を“イッ君”と呼んだあの女。
子爵である俺の兄を呼び捨てにし、俺の昔の呼び方を聞いている位には親しいであろう女など、一人しか思い付かない。
ティルフス王女。
男でなければ王になれないこの国で、王に“生まれてくる性別を間違えた”と言わしめたという女丈夫。
兄はその婚約者候補として、人族紛争に帯同していたと聞いている。
どんなゴツい、厳つい女かと思ってたが、割と普通の女で驚いた。
ただ、そのティルフス王女本人だとしたら、人族に付き従っている意味が分からない。
紛争が終われば、程なく結婚すると聞いていた筈だが・・・。
・・・。
なんだろうか。
聞いてはいけない気がしてきた。
・・・。
いや、ここで引く訳にいかない。
行くか。
門の近くでしばらくボンヤリとしていたので門衛の注意を引いてしまったようだ。門に近付くと門衛が寄ってきた。
見ない顔だ。
まぁ、俺がここに居たのは五年も前の話だ。知らない顔が増えてて当然か。
「ここはエルブスト子爵邸です。どちらかとお間違えではありませんか?」
怪しまれたか。
門衛の言葉は丁寧だが、幾分殺気を孕んでいる。
「いや、間違えてねぇよ。あに・・・エルネフスロラ様はいるな。取り次いでくれ。イルクゥラが来た。そう言ってくれりゃ分かる」
「お断りします」
即答かよ。
「何処の誰とも知らない輩の為に、お忙しいエルネフスロラ様の時間を一秒たりとも無駄にさせる訳には参りません。お引き取りください」
そこまで言われる程、怪しいか?俺⁉︎
まぁ、黒いし、暗い所に居ると殺し屋に見えるからやめろとは言われるが・・・。
「怪しむのは構わねぇが、門前払いはよくねぇぞ。リディクなりアルバートなり聞ける奴がいるだろ。そういえばアルレンはどうしてる?いるなら呼んで来い」
リディクは昔からいる老執事、多分まだいる筈だ。アルバートは当時の警備隊長だが、こっちはもしかしたら他に移ってるかもしれないが・・・。
「お引き取りください」
リディクの名前を出した辺りで少し眉が動いたが、態度を改める気はないらしい。
まぁ、威圧をやめただけマシなのか?
しかし、まさかこんな入り口で躓くとは・・・、参ったな。
「おい、今からでもいいから聞いて来い。今なら門前払いしようとしたのも黙っててやるから・・・」
「お引き取りください」
「はぁ、仕方ねぇな」
門衛を無視して、門を潜る。
「待て!貴様‼︎」
門衛が腰に下げた剣を慌ててひきぬこうとしていたので、抜かれる前にぶん殴った。
腰の剣に意識がいっていたせいかモロに殴られた門衛はそのまま伸びてしまった。
弱過ぎるな。
これじゃ門番なんか務まらんだろ。
今の騒ぎを聞いてかすぐ近くにある詰所が騒がしくなった。
激しい音を立てて戸が開き、中から衛兵が三人飛び出して来た。
「貴様!何をしている‼︎」
その内の一人が腰の剣に手を掛けた。こいつも知らない奴だ。
「ま!待て!」
それを別の一人が俺の顔を見て、慌てて剣に手を掛けた男にしがみ付いた。
「剣を抜くな!」
一瞬、怪訝な顔をした剣に手を掛けた男が、柄から手を離した。
よかった。知ってる奴が居た。
止めた男が身を改め、胸に手を当てて軽く頭を下げた。
「お久しぶりでございます。イルクゥラ様」
「久しいなアルレン。それと俺はもうこの家を出た身だ、様付けはいらんぞ」
「いえ、そうは参りません。エルネフスロラ様が弟自慢をやめない限り、イルクゥラ様はイルクゥラ様にございます」
「兄貴・・・」
恥ずかしいんだが⁉︎兄貴何してんの⁉︎
「それで・・・」
アルレンの視線が下に動いていた。
「あぁ、こいつか。門前払いされそうになったんでな・・・」
「申し訳ございません!」
三人が一斉に、地に頭を付けんばかりに頭を下げた。
「いや、いい。剣は抜いてないから・・・な?それよりエルネフスロラ様に取り次いでくれるか?」
「やめて下さい。様付けで呼ばれましたらエルネフスロラ様が悲しみます。それにその・・・出来たらでよろしいので・・・その」
「なんだ?」
「二人きりになられましたら、その、ロラちーと呼んでさし」
「ヤだよ⁉︎」
アルレンが、ですよねーって顔になった。
なんだよ“ちー”って⁉︎どっから出て来たんだよ⁉︎
まぁ、急に俺の事をイッ君って呼び出したりちょっと変な所はあったが・・・。それでも基本的に俺の知る兄貴は寡黙で知的な人だったんだがなぁ。大丈夫なんだろうか。
「そ、それでは只今とり継ぎますので、参りましょう」
アルレンが素早く残った二人に目配せした。
それに頷いた一人は素早く屋敷に向かって走り、一人は気絶してる同僚を引きずり詰所に投げ入れていた。
・・・。
親父が引退したのは知ってたが、屋敷の雰囲気が随分とコミカルになってるな。
取っつきやすい感じになってるのはいいんだが、大丈夫か?




