エルフの里
黒猫になったクグルを肩に乗せ、里の中を歩く。
里の中は、喋るオーグに案内されて歩いていたからある程度は把握していたんだが・・・、まるで迷路だ。
道自体は広く作られているが、真っ直ぐな道がみんな短い。少し歩けば必ず壁か建物に行き当たる。
高さもマチマチで、家なのか、何かの建物なのか、看板も立て札も何もないのでサッパリ分からん。
どこもかしこも石造りのこの里がエルフの村だと言われても今ひとつピンと来るものがない。
それにしても、と、さっきから戦闘の形跡が全然見当たらない。
有事の際は家の中に籠れる様にと、頑丈に作られているのだろうに、損壊した様子どころか、争った形跡そのものが全く見えないでいる。
まぁ、分からんなら素直に聞いてみるか。
「よくこの入り組んだこの村を、被害を少なく制圧出来たな」
「まぁねぇ。ここに結界張ってたのって僕の半身の魔力な訳じゃない?ちょっと同期させるだけでどこに誰がいるかくらいすぐにわかるのよ。にゃ」
「にゃを入れ忘れる位なら、最初から入れんな」
「それに一定の周期で教会に集まって色々してたからね。それに合わせて襲ったから、そんなに難しくはなかったのよにゃ」
なるほどねぇ。
ダルガとエルフ達の気配を追い、里の端に近付くにつれ、いい匂いがしてきた。
さらに道を曲がり、ひらけた場所に入ると大勢のエルフとダルガの一際でかい影が、焚かれた火の明かりに照らされて見えた。
篝火の他に大きな鍋が掛けられた火も見える。炊き出しもやってるようだった。
その集まりに近付く俺らに走ってくる小さい影が見えた。
ディルクートだ。
「ジン様、その、ありがとうございました」
ディルクートは俺の姿を見とめると、早口に礼を言い、深く頭を下げた。
「いや、別に礼とかいいぞ。結局の所、俺はこの里を助けられた訳じゃないからな」
「いえ、それでも、生きる道を選べたのはジン様が来てくれたお陰です。ありがとうございました」
「いいから、それよりエルフ達の反応はどうだ?まだ揉めてるか?」
「最初だけな。けど、現実に起こっている状況が悪魔の言っていた通りだったってのが分かったんだろうな。今はこれからどうするかの話し合いになってるよ」
やや疲れた表情でディルクートの後ろを歩いて来たダルガが言ってきた。
一通り罵声でも浴びせられたかな?状況を伝える時間がなかったとはいえ、悪い事をした。
そのダルガの後ろから数人のエルフが歩いて来るのが見えた。
「里の長老達です」
ディルクートがそっと呟いた。
なるほど、確かに歳の分かりにくいエルフの中で一際年老いて見える。
つか絵に描いたようなジジイ共だ。
「ジン殿・・・でありますな?」
先頭を歩いていた杖を突いた老エルフが薄い目でジロリと俺を見て喋った。
威圧とも、値踏みとも見える鋭い眼光。たが、ただ疲れているだけとも見えなくもない。
老獪なのかボケてるのか一目で分からんな。
「そうだよ」
そう答えると、五人のジジイが一斉に頭を下げた。
「此度は儂らが里に助力いただき、誠に感謝する。恥ずかしながら、儂らだけでは決断する事は出来なんだろう。いたずらに滅びの道を歩まずに済んだ事、ここに深く感謝したい」
うーん、意外な反応だ。
「罵られる位は覚悟してたんだがな。感謝されるとは思わなんだ」
「確かに・・・声高に非難を口にする者も少なからずおります。ですが、悪魔の言葉に嘘偽りなく、悪魔の半身が教会の地下に居り、結界を作っていたのもまた事実。その事実を、認められぬとは嘆かわしい事です」
苦労してんな。
「まぁ、何百年前の話かは知らんが、悪魔との約束を忘れて反古にしようとしたんだ。再出発の時間を貰っただけありがたいと思うしかないな」
「然り」
杖を突いた老エルフが深く頷いた。
「それでジン殿。あの悪魔は魔界に帰られたのか?」
「いや、ここにいるぞ?」
肩に乗ったままになってる黒猫を指差す。
老エルフ達が揃って固まった。クグルも肩の上で固まった。
「あの後、悪魔と殴り合いになってな。気が付いたら俺に従属してたよ」
「そう、でしたか。いや、いやはや・・・」
ん?なんだ?その反応⁇
「いや、僕も驚いたよ。僕を猫の姿にしたのは隠す為だと思ってたからね」
「ん?いや、なんでだ?隠してても仕方ないだろ?それにこんな怪しい気配のする猫がどこにいる。見たらすぐにわかるだろ?」
「いやぁ、悪魔である僕が言うのもなんだけど、黙ってる方がいいよ?だって悪魔なんだし。それに気配で気付く人なんてそうそういないよ?」
ふむ。
「それじゃ次からはそうするか」
「軽いなぁ」
そう言われても、俺の世界に悪魔なんて話の中にしかいなかったしな。どういうこっちの世界でどういう扱いされてるのかなんてよく分からんしな。
後でフーカに聞くか。
「なんとも、ジン殿とは器の大きい方ですな。我が身の矮小さを思い知らされました」
何を打ちひしがれてるのか、このジジイは。
「現実をちゃんと両の目で見て、明日を考える奴が矮小なもんかよ。それでも矮小だってんなら、ほれ」
肩の黒猫の首根っこを掴んで、老エルフの前に突き出してやる。
「こいつにあやまってやれ」
(あの、ご主人様?そこを掴まれると身動きが取れなくなるのでやめて欲しいですにゃ)
「悪魔殿にもご迷惑をおかけ申した」
(ほらぁあやまっちゃったじゃん)
「躊躇なく悪魔に謝ったあんたは俺よか器が大きい人だよ」
多分。
言い終えてからクグルの首根っこを離した。
その場に降りたクグルは一度尻尾を振ると自分の足元に尻尾をしまって座った。
「全く僕のご主人様は変わってる。悪魔に謝ったってしょうがないっていうのに。まぁいいさ、約束を忘れられてたのはショックだったけど、半身を返してもらう事には変わらないし、結果は何も変わらない。まぁせっかく謝ってくれたんだ。ありがたく受け取るよ」
なんとなくだが、悪魔ってものが何か分かった気がするな。
善悪の定義がなく、いつも暇をしていて、力のある自由な奴。
多分、対価次第でなんでもするんだろうし、興が乗ればどんな面倒なことでも進んでやるんだろう。
そして、飽きたら躊躇なく捨てる。
こいつはその悪魔っぽさを自覚している分、悪魔っぽくない気もする。
「それでジン殿、相談したい事があるのですが、よろしいでしょうかな?」
「なんだ?」
「結界も無くなり、里の戦士達も多く負傷し、衰弱している状態です。ですので」
ん?
「いや?結界はまだ残ってるぞ?」
「残って・・・いると?ですが、教会も、その・・・悪魔の半身も、もうないのでしょう?」
ん?
こいつらもしかして、結界がどんなものか知らない?
「いや、この里を覆ってる結界は変質されたこいつの魔力そのものだ。俺は一時的な結界の無効化しかしてないから結界そのものはまだ残ってるぞ」
「え?」
「なんで分かるかなぁ。エルフ達にも結界の仕組みそのものまでは教えてなかったのに・・・」
黒猫クグルに睨まれた。
・・・気がする。猫だからよく分からん。
「爺さん、三ヶ月に一度、教会に集まって祈りを捧げる儀式があっただろう?アレは里に満たした結界の張り替えをする為に魔力をちょっとずつ分けてもらう為のものだ。まぁ、色々と都合がいいからその時を狙って襲撃を掛けた訳だけれど、僕の半身の復活と同時に吹き飛ぶ筈だった結界はご主人様が一時的に無効化してくれたお陰でそのまま残ってる」
「であれば、後三ヶ月は結界は保たれたままと?」
「僕が開けた壁の穴を閉じればね。後、三ヶ月を過ぎた頃から結界の劣化がはじまるけど、直ぐに効果がなくなるって訳でもない。少なくとも半年程度は持つんじゃないかな?」
老エルフの顔が綻んだ。
「それは良い話を聞けました。それ程の時間があれば移住の準備も整う事でしょう」
ふむ。
話はまとまったかな?
「よし、それじゃ行くか」
老エルフと一緒に安堵していたディルクートが急に振り返った。
「え⁉︎どちらに行かれるのですか?」
どちら?
「次の街・・・に?」
「いえ、そんな!もう日が暮れてるのに・・・危な・・・い?」
何故疑問形になる?
「ジン様でしたら夜の森でもさほど危険ではないかもしれませんが、何も夜に・・・。せめて朝までおられたらいいじゃありませんか!」
まぁ、本当はそうしたい所なんだけどねぇ。
「そうしたいのは山々なんだが、今日、俺がこの里で一晩過ごすと里が滅ぶかもしれんぞ?」
驚いて声の出なくなったディルクートをよそに足元で毛づくろいしてるクグルの頭を撫でる。
「シャーー!」
威嚇された。
お前、本当に猫なんじゃないか?
パンッと猫の顔の前で手を叩く。
猫の身体がビクッとなって威嚇をやめた。
何か本当の猫っぽい。野生に返してもいいかな?




