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従属

 クグルからはじまるよく分からん長い名前。


 懸命に覚えようとはしたが、急に言われてはとてもではないが覚えられるものじゃない。


 まぁ、面白い奴ではあったが、こういうのもまた縁だ。


 名前をちゃんと覚えられたら、何かあった時にでも呼び出してやって・・・、なんて考えてはいたが、覚えられなかったんだからしょうがない。


 程度にしか考えてなかった俺は、やはりどうしようもなく甘かったんだろう。


 というか、受け入れて欲しい、という言葉に疑問を抱きつつも、深く考えなかったのが俺の一番の敗因だろう。


「ジン、そいつ誰?」


 俺の目の前にいるビリィとフーカが、俺の後ろにいる見知らぬ女をジッと見ている。


 腰まである明るい茶色の髪に黒いキリッとした大きな目。顔は小さく、どこか気品を感じる面立ちの少女。

 そして服装は黒一色。

 肩の所が少しゆったりとしていて動きやすそうであり、腰の所がキュッと締まっていて女性的な綺麗なラインを残しつつ、足首まで隠れる長い丈のスカートが仕事をする為の服であると思わせる。


 侍女服とかメイド服ってこんな感じかな?


「お初にお目にかかります。今日、この場この時よりご主人様にお仕えする事となりました、クグルと申します。お見知り置きを」


 優雅に礼をして見せるクグル。


 それと同時にビリィとフーカの視線が俺に向けて刺さる様に飛んできた。


 説明しろと言わんばかりの目で見られても、正直俺も困る。


 ビリィとフーカの視線はとりあえず保留して、後ろのクグルに振り返る。


「えーと、クグルさん?」


「そんな、他人行儀な呼び方をしないでください。ついさっきまで熱く心と体をぶつけ合った仲じゃないですか。僕の事は先程までと同じように親愛を込めて、クグル、と呼び捨てになさって下さい」


「いや待て、変に脚色して語るな。それに俺の知るクグルと別人すぎるんだが?俺の知るクグルはオッサンだった筈だが⁇」


「そんな⁉︎ご主人様は僕を受け入れてくれたではありませんか!そしてこの姿こそ、ご主人様が望まれた姿。今も確かにご主人様との深い繋がりを感じておりますのに」


「そっとお腹を抑えて喋るのをやめろ悪魔、そこと繋がった覚えはない」


 なんか繋がってるのは感じるが下腹部は関係ないだろ。


「望んだの?あぁいうのが好きなの⁇」


 興味深げに聞いて来るんじゃないビリィ。


「ああいうの、の意味は分からんが、そういう趣味はない」


「でも、その悪魔と契約なさったのですよね?」


「結果的にな。名前がやたらと長いなぁなんて思って聞いてたら契約してたわ」


「「真名⁉︎」」


 ハモったな。


「何だ?その真名って」


「真名というのは、悪魔の存在そのもの。全てを示す言葉と言われています」


「悪魔には呼び名と真名の二つあるんだが、この真名を悪魔から直接聞かされるというのは悪魔が完全に服従する事を意味する。という話だ」


「ほぅ」


「ですので、悪魔の存在そのものに関わるような、余程の願いでない限り、拒否出来ない・・・とも」


「そうか、分かった。ではクグル、さっきまでの俺の知るクグルの姿に戻れ」


「そんな!ご主人様は・・・そっちが御趣味なのですか?」


 ・・・ほぅ。あくまでもそっちて煽り倒す気か。

 なら、お前の覚悟を見せてもらおうか。


「契約って言うなら、お前が前に言ってた楔と同じ状態だな?なら殺しても死なないな?」


 右手を小手に変え、力を込める。一発で頭を吹っ飛ばしてやろう。


「申し訳ございませんでした」


 それはそれは流れるような、美しい土下座だった。


「少々興が悪乗りしてしまいました。消滅しないと言っても死ぬほど痛い事には変わりないのです。むしろ死なねない分、辛いのです。ごめんなさい」


 ピシッとした一部の隙もない土下座。


 隙がなさ過ぎて逆に疑う。


「本音は?」


「ぇ?」


「それは建前だろ?本音は?」


 急に汗をかき、目が泳ぎだした。


「えっと・・・その、上手く契約を取り付けられたので、立ち位置がまだふわついているうちに取れる優位なポジションはとっておこうかなぁ・・・なんて?」


 大汗をかきながら、しどろもどろに笑顔を見せて、舌を出し頭をコツンと叩いて見せた。


「て、てへっ?」


「ほぅ・・・。それで、本音は?」


「あ・・・ぅう」


「本音は?」


「はいっ、お連れ様がおられるとは思っておりましたが、想像以上に魅力的な方が二人もおりましたので、牽制のつもりもありました。図に乗りました、ごめんなさいぃ」


 再び額を擦り付けるように頭を下げたクグルに近寄り、膝を突いて肩を叩く。


 ビクッとしたが、恐る恐ると頭を上げた。


 手をついたままのクグルと目が合う。少し笑顔を見せてやると、ぱっと顔が明るくなった。


「で、本音は?」


「ひぅ・・・ぅ」


 泣きそうな顔になった。


 しかし、何だろうか。美人を虐めるというのは・・・なんかこう変な気分になる。


 まぁ、クグルの言葉ではないが最初が肝心だろう。まだ許さなくていいな。


 クグルの肩に置いている手に力を入れようとして、唐突にポンとビリィに肩を叩かれた。


「ジン、フーカを見ろ」


 フーカを?


 後ろを振り向くと、尻尾を丸めて耳を畳み、目を閉じてカタカタと震えるフーカが居た。


 ・・・何故?


「ジン、次は私の膝を見ろ」


 ビリィの膝?


 小刻みに震えている。


「ジンがキレた時の殺気は本当にエグい。向けられていない私らですらこの有様だ。それに、それ以上やったら水溜りとか作りかねない。それはちょっとかわいそうだ。もう許してやってやれ」


 ぬぅ。

 仕方がない。というか、そんなに殺気が出てたのか・・・、ちょっと自分では分からん。


「分かった。分かったから男に戻れ」


 涙を滲ませホッした顔をしていたクグルが、またしどろもどろしはじめた。


「なんだ?」


「あの、悪魔には性別や種族いったものは、基本的にないのですが、契約後の姿はその契約者にそった姿に自然となってしまうのです」


 ん⁇


「つまり?」


「人族の男性に真名を告げたならば、男色家や特殊な性癖の持ち主でもない限り、人族の女性の姿になるのです」


 なるほど。

 望んだ姿、というのも強(あなが)ち嘘ではないのか。


「じゃその面立ちや服装は?」


「ご主人様に心当たりがないとなれば、僕の心象的な何かが影響したのでしょう。これは・・・」


 クグルがどこからともなく銀装飾で縁取りされた大きな鏡を取り出し、自分の顔を眺めはじめた。


「かなりの美人さんですね。見覚えがあります。

 これは・・・五百年ほど前の戦乱期に傾国姫と呼ばれたシン・セルカビア・・・」


「に、似てるのか?」


「の、美化された肖像画の方に似てますね」


「美化?」


「僕は会ったことがあるので知ってるんですが、シン・セルカビアは特に美人と呼べる方ではなかったのですよ。ただ頭のよく切れる方で、王女でありながら国政に関わり・・・、関わりすぎたが故に三国間の摩擦と嫁入り騒動を起こして戦争になり、遂には自分の国を滅ぼしてしまいました」


「なるほどねぇ」


「美人であれば戦争にならずに、国も滅ばなかったはずなのに、死後に物語が一人歩きして傾国姫なんて美人になってしまったのを知った時は、皮肉すぎて笑ってしまいました」


「そんな顔になってるお前の性格も相当に悪いな」


「悪魔ですから」


 なんでもその一言で片付くと思うなよ。


「女になったのは分かったが、それで?男にはなれんのか?」


「変身という事でしたら、おっさんでも犬猫でも、何にでも変われるのですが・・・その」


「なんだよ」


「それを一日中毎日となると、・・・凄く疲れるんです」


「よし分かった」


「分かっていただけましたか?」


「お前、猫になれ」


「酷い⁉︎」


「よく考えたらおっさんのお前も派手だ。冒険者っぽい一団にメイドも執事も意味不明すぎる。犬猫の方がまだ自然だ」


 ただでさえウチのメンバーは派手なのに。これ以上の色物はいらん。


「だからって畜生でずっとっていうのは・・・。あ、でも夜にメス猫に」


 言い終わる前にクグルの顔を掴んだ。顔が小さいので掴みやすい。

 そしてキュッと力を入れる。


「 いだだだだ!割れる!割れるぅぅ‼︎」


「お前も懲りないな」


「でもだって可愛い子いっぱいいるじゃん!好き勝手してるんでしょ⁉︎それに僕、彼女を気取る気もないし、後腐れのない都合のいい女だよ⁉︎しかも僕、美少女だよ⁉︎」


「アホか、後腐れしかないわ‼︎」


「なにさ!一人増えたって・・・アレ?もしかしてその人達ってしょ」


「まだ言うかコイツは!」


「ギャーーー痛い痛い痛い痛い!分かった、ごめんなさいい、猫になる、猫になるからぁぁぁぁ」


 不意にクグルの顔を握る手に違和感が走った。


 見るとクグルの身体がスルスルと小さくなり、中猫程の大きさの黒猫になった。


「はぉはぁはぁはぁ、死ぬかと思った」


 猫がグッタリしているというだけで、異様に罪悪感が込み上げてくるが、喋り出すと急速に薄れていくのが不思議だ。


「分かってると思うが、その姿で喋るなよ」


「ナァー」

(分かったのにゃご主人様)


 ・・・どこを突っ込めば?


「あ、一応補足しておきますと、真名を告げると一口に言いましても、どこまで告げるかによりまして従属の度合いが変わります。それに悪魔によって真名の長さも違いますからどのレベルの従属かは分からないようになっておりますにゃ」


「語尾のにゃをやめろ」


 ただ猫が相手だと怒る気になれない。


(後、結構レベルの高い従属ですので念話でも会話が可能です。あまりに離れてしまいますと無理ですが・・・にゃ)


(こうか?)


「ニャー」

(流石ですご主人様、さぁ撫でて下さい)


 黒猫が足を畳み丸くなってジッと見てくる。

 猫化に適応し過ぎじゃないか?


 とりあえず撫でてみる。


 うん、まぁ・・・撫で心地はいい。


(おほーいいですねー。特に尻尾の付け根とか最高です・・・にゃー)


 うーむ。

 ちょっと複雑な気分だ。

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