半身
感覚として、何かが、消えた。と感じたが、何が消えたのかは分からない。
教会も、岩の檻も、その中のエルフにも変化はない。
無くなったのは・・・気配?
いや、気配というか何かこう・・・、空気が一瞬で重くなったというか、入れ替わったというか?何だ?このまとわりついてくる様な変な・・・。
ズゥン
重い響きと共に地面が揺れた。
悪魔を見ると、俺を興味深げに眺めていた。
「お前・・・何をした?」
気が変わって、何する気になった?
「何をしたのかは分からなくても、何かあったのかは分かったのですね。素晴らしい。
そうですね、分かりやすく言うと・・・結界を反転させた、といった所でしょうか?」
反転?
「それをすると、どうなるか聞いてもいいか?」
「ええ、構いませんとも。
僕の半身をもって教会を中心に、魔核を持つものを弾く魔力を満たして結界としているのですが、結界をそのままに魔力を引き戻すものに変えたのです。そうすると」
ズゥン
と、また地面が揺れた。
「保持しようとする結界と、戻ろうとする魔力がぶつかり、少しづつ結界に圧力が加わっていくのです。この圧力に耐えられなくなった結界はいずれ割れ、圧力より解放された魔力が暴風の様に吹き荒れ、この辺り一帯をさっぱりさせてくれる事でしょう」
「それは、お前の言っていた、解放って奴か?」
「はい。僕の半身の作った結界といえど、僕は干渉出来ないので、これより方法がないのです」
「そうか」
何か空気が重く感じたのはそのせいか。
右手に魔力球を作り出して、割る。
その瞬間に、悪魔は跳ね滑る様に後退った。
「今、何をしました?」
さすが悪魔。
フーカやマオも騙せるレベルになった探知に気付いたか。
「気にするな。無害な魔法だよ」
割れた細かい魔法片が周辺の状況を視覚化して教えてくれる。
そのせいで一瞬、視界が真っ白になった。
これが結界か。
教会の周辺に濃く渦巻く白い霧。教会から離れる程に薄くなる様だ。里全体、多分防壁の辺りまでカバーしてるんだろうな。
その白い霧とは別に黒っぽい霧が教会に向かってゆっくりと流れてる。
ズゥン
地面が揺れる。
その度に黒っぽい霧の動きが加速している気がする。
どうにかしないとマズい・・・か。
面倒な事だが、今からはもう帰れない。
しかし、どうにかするも何も結界を解除する他ないのだが、説得する時間もない。強引にやってしまうしかないんだが・・・ん?
万知さん、解除出来んの?
解除は出来ないけど無効化は出来る、と。分かったやってくれ。
その場にしゃがみ、地に手を付ける。
そこから一筋の青い光が走り、グルリと教会を囲んだ。
「ほぅ」
と悪魔が嘆息の声を上げるのが聞こえた。
何が起こっているのか、俺にはよく分からんが、魔力そのものであるという悪魔が関心する程なのだから余程だろう。
確かに教会を囲んだ円の内側に刻まれていく青い光の文様は何も知らずとも美しいものがある。
「これは旧代の・・・いや、神代の魔法ですね。これを使える者が現代に居ようとは・・・、益々興味深い」
悪魔の顔を見れば、恍惚ともとれる顔をして、文様に見惚れていた。
なんか背中が寒くなるんだが・・・。
そうしている内に教会を囲む陣が完成し、強い光を放った。
その瞬間、陣の内側にある白い霧が色を失い、突風が吹き荒れた。
黒っぽい霧が物凄い勢いで教会の中に吹き荒れていく。
あ、マズい。
俺の身体も浮き上がり、引き込まれそうになる突風だ。
今、教会の中は大変な事になってるだろう。
しかも、
ズゥン ズゥン
と地響きが酷くなり、教会の下辺りに何が強い気配が急速に膨れ上がっていっている。
悪魔の言う、半身が暴れているのか?
とんでもない質量のある何か、いや、悪魔なんだろうが、それが出てくれば教会が崩れ、中のエルフ達は皆死ぬことになる。
突風を背に受けて走り、教会正面の扉を蹴りつけた。
激しい音と共に扉が弾け、大きく開いた。
開いた扉から、さらに突風が雪崩れ込む。
俺でも立ってるのがやっとだ。
万知さん、ちょっとでいいから結界復活させられない?
無理?もう少ししたら風が落ち着いてくるからその内に?
分かった。
「あ、あんた!なんて事をしてくれたんだ‼︎」
ん?
突風が吹き荒れる教会の真ん中に耳の長い人達が腕を絡ませ、手を繋いで固まっていた。
「悪魔と親しげにしていたのを見ていたぞ!俺達は人族に色々と手を貸して来たというのに、この仕打ちはなんだ!」
「俺とアレのやり取りを見て、親しげに見えたとしたら、お前の目は腐ってんな」
「なんだと!」
「というか、議論の余地なんか最初からなかったっていい加減に気付け。あの悪魔が自分の半身を取り戻しに来た時点でこの里が無くなる事は決定してたんだよ」
「そんな事はない!お前が結界に何かしなければ、大丈夫だったんだ!」
本当に悪魔の言ってた通りだな。悪魔の方が話やすいってどうかと思う。
不安は分かるが、根拠のない希望に縋り付いても意味なんてないだろうに。
「もう少ししたら突風が落ち着く。その後、悪魔の半身が復活してこの建物が崩れるだろう。そうなる前にここから逃げろ。目の前の悪魔が気になるなら抑えておいてやる。分かったか?」
「そんなもの信じられるか!」
「なら、黙ってそこで死ねばいい。好きにしろ」
「なっ⁉︎貴様‼︎お前が、お前のせいだろうが‼︎」
風が急速におさまってきた。
ズンと響く揺れも少なくなってきた。
頃合いだろう。
後ろを向いて外に向けて歩く。もうやってやれる事はない。
「待ってくださいっ!」
さっきとは違う、若い女の声だ。
「怪我人がいるんです!助けて下さい‼︎」
教会の中央を振り返る。
叫んでいたのは小さい子を抱えた女のエルフだった。
「自力で動けないのは何人だ?」
「五人います」
「二人までなら抱えて外に出してやる。残りは動ける奴でなんとかしろ」
「ティルニナ!貴様!外に出ても殺されるだけと分からんのか‼︎結界さえ、結界さえなんとかなればここの方が安全だと」
さっき叫んでた奴だな。
まだ若そうな身体つきのしっかりした男が、助けを求めた女に掴みかからんばかりに詰め寄っている。
「あなたこそ、もうどうにもならない状況にまでなっているのが分からないのですか⁉︎」
「それはこの人族の」
ふん!
「ぐぇ」
うるさいので腹を殴って黙らせた。一発で伸びたか、まぁいいや。
「責任を持ってこいつも一緒に外に出してやる。残りは何とかやれるか?」
「が、頑張ります」
「よし頑張れ。風が止んできた、時間がない急げ」
気絶させた奴を頭に乗せて、動けなくなってるヤツの中で、重そうなのを二人、小脇に抱えて持つ。
急いで外に出ると、先に逃げ出したエルフ達が扉の周りで固まっていた。
その全員が俺に気付くと道を開け、窺うように俺の顔を見ている。
ったくしょうがねぇなぁ。
「おい、結界が解けてお前の半身はもうすぐ復活するはずだ。もうこいつらに用はない。そうだな?」
教会の前で楽しそうにこちらを眺めている悪魔に話しかけた。
「無論です。元より縁のあった一族の末裔です。無益な殺生は好みません」
悪魔の言葉とは思えないが、まぁ本心なんだろう。
「なら後ろの閉じ込められてる奴らも解放してやってくれ」
「ええ、勿論そのつもりなのですが・・・」
「なんだ?」
「無益な殺生は好みませんが、飛んできた火の粉にまで慈悲を持って接する気はありません。それでよろしければ」
「別にいいだろ。ここまで来て空気が読めないなら死ねばいい」
「理解があって助かります」
そう言うと悪魔が軽く右手を挙げた。
途端、ガラっと音を立てて岩牢の一部が音を立てて崩れた。
最初からそのつもりだったのか・・・。いや、もしかしたらあの岩牢、結界を壊した際の暴風にも耐えられる様に出来ていたのかもしれない。
岩の崩れた部分からエルフがわらわらと出てくる。怪我をしているのか、足を引きずったり、血に汚れている奴も多いが、剣やら弓やらを手にまだ戦う意思を残している奴も何人か見えた。
「悪魔の半身が起き上がる!弱っている者に手を貸して避難しろ!ただし防壁の外には出るな!結界はまだ生きている‼︎」
これで大人しく避難してくれるか?
半分以上のエルフはこちらに頷き、避難を開始してくれたが、俺と悪魔を睨みつけ、殺気を飛ばしてくる奴も何人かいる。
あぁ、駄目だな。アレは止まらん。
檻の中に何日閉じ込められていたのか分からんが、その間に色々とあったんだろう。
「うぉぉぉぉぉぉぉ‼︎」
気炎を上げて何人かのエルフが飛び出した。
悪魔がその方に振り向いた。
もう少しでエルフが悪魔に斬りかかる、という所で上から光が降って来た。
光は槍の形に姿を変え、エルフの眼前に降り注ぐ。
急な事に足を止めたエルフ達の間を一陣の風の様な何かが走り抜けた。
その風にエルフ達の持っていた剣は根元から折れ、弓は弦が切られた。
フーカとビリィか。
武器を壊され、呆然としているエルフ達に走り寄るディルクートと、俺の方に走ってくるダルガが見えた。
エルフの方は任せる他ないな。上手く説得してくれる事を祈ろう。
「ジン」
ダルガの暑苦しい顔が見えた。
「何がどうなってるんだ?それにジンが言っていたオーグやダークキュイビットの姿も見えない」
「諸事情により、悪魔の半身を復活させる事になった」
「説明する気なしかよ」
あっはっは。
「話が長くなるんでな。気を悪くするな。それより・・・あー」
悪魔の方を向き、名前を呼ぼうとして、名前を知らない事に気付いた。
「何か?」
「名前を聞いてもいいか?」
「僕の?」
「そうだよ。あぁ、それと俺の名前はジンな」
「僕の名前はクグルティムグラファサラートだよ」
「長い。覚えられないからクグルでいいな」
クグルはふふっと笑うと構いませんよ、と答えた。
「じゃクグル、オーグらはどうした?気配が感じられねぇんだが」
途中までは教えた方向に動いているのは分かっていたが、気付いたら感じられなくなっていた。
「あぁ、彼らは結界の解除か、復活の予兆を感じたら帰る様に言っておいてあります。使役したとはいえ、僕の復活に巻き込まれてはかわいそうだからね」
変な所で悪魔っぽくない奴だ。
というより、俺のイメージしてる悪魔とこっちの悪魔は違うものなんだろうなぁ。
「だそうだ」
と言いながら抱えてるエルフをダルガに渡す。
「こいつらは?」
「エルフの避難してる所に届けてやってくれ。そこのクグルさんはまだ何かする気みたいだからな」
ダルガはクグルをジッと見て、
「ぉわっ」
なんか呻いた。
「アレが悪魔か・・・初めて見たけどかなりヤベェな。あんたに言うのも何か違う気もするけど、気を付けろよ」
「ん?あぁ」
何か違うってなんだ。
「来ますよ、気を付けて」
クグルの言葉のすぐ後に、ズンと地面が揺れた。
激しく地面が揺れ、地響きが徐々に強く鳴り響き、地面が徐々に盛り上がってくる。
教会がギシギシと悲鳴を上げ、盛り上がる地面に突き上げられ、変形し、崩れ落ちる。
おいおい、どんだけデカいんだよ。
地面の盛り上がりが止まらない。
教会を囲う陣が地面の盛り上がりに巻き込まれて掻き消えた。
途端に白い霧が教会のあった場所を覆うが、すぐさま爆発するように掻き消えた。
うず高く盛り上がった土と教会の残骸が崩れ落ち、その下から黒い何かが姿を現した。
何だろうか、ちゃんと見えない。
黒いボヤけた塊。
手も足も顔もない。輪郭のボヤけた丸い塊が小刻みに震える様に蠢いている。
これが半身?




