悪魔の事情
何事もなく、崩れた防壁までたどり着いた。
分かっていた事だが、ここまで警戒されていないというのも、それはそれで怪しく思えてしまう。
崩れた防壁を登り、壊れ具合を見てみる。
壁の厚みは二メートルほどだろうか。
人の頭程の石を積み上げ、隙間に土を詰めた割と普通の防壁のようだが、それから更に木の根のような物が張り巡っている。
多分、魔法を使った補強なんだろうな。
いくらオーグの力が強いといっても、この防壁を壊すのは骨だろう。一撃で壊されている様子から見れば、オーグの仕業じゃない。とすれば、やったのはおそらく悪魔か。
爆発系の魔法かな?
里の内側に散った石や根っこらしき残骸から見るにそうとしか思えない。
こんな感じで吹っ飛ばされてる箇所がいくつもあったから・・・。
とすると、ちょっとした大砲くらいの威力がある魔法をバカスカ撃てるって事か。
これは人質を守りながら立ち回るのは無理だろうなぁ。
瓦礫を乗り越え、里の中に入る。
里の中の家は、防壁と似た感じの石積みで出来ているみたいだ。
防壁を乗り越えて魔獣が中に入って来ても大丈夫なように、という事だろう。
家の大きさは大小様々だが、変に入り組んでいて、迷いそうになる。
と、家の角を二つ曲がった所でオーグとばったり出くわした。
あぁ、いかん。
里の中に悪魔以外にもなんか色々といたの忘れてた。
オーグは余程驚いたのか、目を瞬かせ固まっている。
そしてオーグは手に持っていた無骨で巨大な棍棒を振り上げて肩に担ぐと、空いているもう一方の手で頬をポリポリと掻いた。
「ニンゲン・・・。ギタノガ」
・・・。
話せるんだ。
正直、襲われるとばかり思っていたから驚いた。
「ヅイデゴイ、ニンゲン、ギタラ、アンナイ、スル、イワレデル」
付いて来い?案内?
クルリと回り、オーグは背を向けて歩き出した。
何が起こっているのやら。
とりあえずオーグを追い、その横に付いて歩く。
オーグはこっちを気にすることもなく、ドスドスと歩いている。
うーむ、ちょっと話かけてみるか。
「お前さ、哨戒して歩いてたんじゃないのか?」
オーグの左手が動き、ポリポリと頬を掻いた。
「ジョウカイ?ムヅガジイ、コドバ、ワガラン」
あー。
「戦わないのか?」
「ハナジ、ツウジル、ナラ、アンナイ、スル、イワレデル」
「襲われたらどうすんだ?」
「ゾレハ、タダガウ。オマエ、ヅオイ。ハナジ、ツウジル、ガラ、タスガル」
なんかよく分からんが、無茶苦茶な命令されてるっぽいな。
「お前、結構難儀してんだな」
「・・・ムヅガジイ、コドバ、ワガラン。ガ、ナンドナグ、ワガッダ。オデ、アレ、サガラエン」
・・・。
アレってのは悪魔の事かな?
まさか魔獣の背中に哀愁を感じる日が来るとは思わんかった。
「案内が終わったら、仲間を連れて建物の裏に行けよ。巻き込まれるからな」
多分だが、人質とは反対方向にいればフーカらも手を出さない筈だ。
なんとなく、本当になんとなくだが、こいつらの住処に返してやりたい気分になった。
歩き出してから、はじめてオーグが俺に顔を向けた。
真っ黒い目がジッと見つめてくる。
「オマエ、イイヤヅ、ガ」
どういう意味だろうか。
オーグはそれきり何も言わなかった。
程なく、里の中央らしい所に入った。
一番最初に目に付いたのは、巨大な岩だった。
地面からせり出した様な不自然な岩に大小無数の穴が空いている。
その中にチラチラと耳の長いのがいるのが見えた。
これは、そもそも助け出すのが難しい檻だなぁ。
そう簡単に壊れそうもないが、下手に壊したら壊したで、上の方から崩れて来そうな感じがある。
これ作ったヤツ、かなり性格が悪いな。
まぁ、悪魔っていうんだから、そんなものなのかもしれないが。
岩の檻の向こう、教会らしい建物の手前に人が見えた。
オーグは足を止めて、人の方に顎をしゃくるとどこかへと歩いて行った。
変なオーグだったなぁ。
オーグの背を見送り、人の方に歩くと、その人もまた、こっちを向いているのに気付いた。
「おや、冒険者さん・・・でいいのかな?こんな所までお一人で?」
人・・・人だ。
少なくとも悪魔には見えない。
茶色い少し短めの髪に、割と街でよく見かけそうな普通の面立ち。年は三十前後に見える。
服は上等そうな黒のジャケットに黒のズポンといった貴族の屋敷で執事でもしてそうなバリッとした服装だ。
荒れた村の中にいる人の服装じゃないな。場違い感が半端ない。
「一人だよ。おたくさんは、何してるんだい?」
歩く速度を変えず、その人に近づいて行く。
見た目はただの人だが・・・、漏れ出る気配が強すぎる。
何か見ているだけで不安になる様な、何か心が騒つく様な嫌な気分になる。
「僕はここに置いていた物を取りに来たんですよ」
「ふぅん」
置いていた物、ねぇ。
「あれ?あんまり関心さなそうですね。それともアレですか?問答無用に殺しますか?」
見た感じと喋り口調と言葉の内容が合わないヤツだな。
「まぁ、冒険者なんて因果な肩書きを持っちゃいるが、そんな乱暴に事を進める気はねぇよ」
「それはよかった。とはいえ、困った状況には変わりないんですが・・・」
「困った?」
「ええ、事が事ですから終わるまでは誰も近づけたくなかったんですよ・・・。ここまでどうやって来たんです?」
「どう?まぁ、普通に・・・拠点を壊しながら・・・走って?」
「・・・あなた、本当に人族ですか?」
「そう言われると、少しばかり自信がないな」
悪魔はぼんやりと俺の顔を眺めたかと思うと、破顔し、
「ふふ、くっ、あはははははは」
身をよじらせて笑い出した。
なんだ?どうした⁇
「あぁ、面白い。まだこんな面白い人が残っていたんですねぇ。拠点、五つ作って置いていたのですが、いくつ壊したんです?アレ、人が触ると狂い死にしてしまうほど危ない物なのですが」
さらっと怖い事を言ってんな。まぁ、その通りになりかけたんだが。
「二つだよ。まだ他にもあるとは思ってたが、まだ三つも残ってたのか」
「ふふっそれも物さえ返していただけたら、すぐに無力化しますよ」
随分と手間を掛けてるはずだが・・・あっさりしてな。
「そこまでして返して欲しい物って何よ」
「僕の半身です」
「半身?」
「そう、結構昔の話になるんですが・・・。僕はここでね、旅のエルフ達に会ったのですよ。エルフ達は随分とボロボロで疲れ果てていた。安住の地が欲しいと彷徨っていたのです。ですから、僕の半身を貸してあげたのですよ。魔獣を寄せ付けない強力な結界を作るための、ね」
「それで、その半身を貸す事で、お前が得た物ってなによ」
「この世界への楔」
なるほど、物や人を器にすると自由ではなくなるから、力の半分を代償に自由を得たって事か。
「それを返して欲しいって事は・・・」
「そう、僕は僕の世界に帰りたいのですよ。人の世界にはもう飽きてしまいました。もうどうしようもなく、くだらなく、ゆっくり滅びの道を歩みつつ、それに気づきもしない。それを見続けるのにもうウンザリしてしまいました」
・・・滅びの道?
いや、それも気になるが、色々と・・・つまり?
「えぇっと、ここの住人を殺さずに集めて閉じ込めたのはなんでだ?」
「僕としてはそんなに古い約束ではなかったのですが、エルフ達からしたらとても古い話だった様でしてね・・・。忘れられてしまっていたのですよ」
「つまり?預けた半身を返すと里を守りがなくなるからごねられた、と?そんで無理やりにでも返してもらう為に人質をとって脅してる。そんな感じか?」
「多少違いますが、まぁそんな感じです。追加すると僕の半身は、強引な手段を使えば、今すぐにでも解放できるのですが・・・。それをするとこの辺一帯は吹き飛んでしまいますからね。ですから選択を迫っているのです」
「選択?」
「はい。素直に半身を返して生きるか、私に半身を返さずに死ぬか」
「後はお前を追っ払うか、か?」
ふふっと悪魔は楽しそうに笑った。
「出来るならそれも面白そうではありますが、あまりオススメは出来ませんね。楔が打ち込まれている以上、私は死にませんから。また同じ事が繰り返させるだけですし、犠牲が少なからず出てしまう分、事態が悪化するだけですよ」
なるほど。
命か故郷か選べと言われれば、命を選びたい所なのだろうが、実際は難しい話だ。
教会の加護がなくなってしまえば、ここで生きていくのは難しくなるだろう。
いや、それでも貸した本人が返して欲しいと言ってる以上、忘れたにしても返さない訳にはいかないよなぁ。
呼ばれて来たんだが、俺の出る幕がない気がしてきた。
「おや?何を悩んでいるのです?私の話を信じるのですか?」
ん?
「本当の話なんだろう?」
「ええ、本当の話なのですが、ここの方達は信じてくれませんでしたので」
・・・。
そうか、命とか故郷以前に、信じる信じないの話だったのか。
「返さなければ死ぬ。けれども、返したところできっと殺される。ならば死んでも返さず、一矢報いよう。そんな結論になってしまったようでして」
「なるほどなぁ。お前、悪魔だもんなぁ」
「ええ、悪魔ですか・・・ら?」
疑問形?なぜに首を傾げる?
「貴方は僕が悪魔と知りつつも、僕の話しを信じるのですか?」
「神が言うことが全部正しいとも限らんだろうし、悪魔だから本当の事は言わないなんて事もなかろうよ。お前、性格は悪そうだし、やってる事はエグいが嘘を付いてる気がしないからなぁ」
なんとも説明しにくい話だが。
「貴方は・・・、本当に変わった方ですね」
「そうかね?」
「はい。憎らしいやら何なのやら・・・、どうにも殺したい気分に駆られます」
「それは怖い」
悪魔と話をするのは初めてだが・・・、何故か馴染む。
変なのと色々と話をしてきたが、なんか一番、話が通じる気がするなぁ。
とはいえ。
「里が襲われたから助けて欲しいと頼まれてきたんだが・・・、俺に出来る事は何もなさそうだなぁ」
説得するもの何か違うし、そもそも聞き入れられる気もしないし・・・、何より俺が首を突っ込んでいい話でもない。
「帰るかな」
「え?」
「ん?お前も外の奴がしゃしゃり出てきて掻き回されるのが嫌なんだろ?俺も首を突っ込むのは筋違い気がして来た所だし、事情だけ説明したら帰るよ」
「それはそうだったのですが・・・ちょっと待ってください」
俺が邪魔だったのには違いなかろうに、何を慌てる?
「そう・・・ですね。気が変わりました」
ん?
悪魔がゆっくりと目を閉じ、二度三度と破壊呼吸を繰り返した。
そして、再び目を開いた瞬間、何かが消えた。




