悪魔
以前、こっちの世界に来たばかりの頃、悪魔対峙した事があった。
とは言うものの、正体を知ったのは戦ってる僅かな間だけだったし、中身も見てない。
まぁ、ほぼ知らないのと同じ。
万知さんが言うには悪魔とはこの世界とは少し違う、並行した世界の生態の異なる生命体であるらしい。
その世界は魔力によって満たされており、その住人はみな魔力の塊そのものであり、身体などという物体的な存在はないのだそうだ。
その為、こちらの世界で活動するには魔力をそのままの形として維持する為の器が必要になるらしい。
それは人であったり、物であったり、適合すればなんでもいいそうだ。
なんか、なんだろう。凄い噛み砕かれて教えられてる感がある。
まぁ、それはいいだが、つまりそれは万知さんとか、前に見た指輪に入ってた何かと似た存在?って事になるのかな?
ふむ。
酷く遺憾ではあるが、形態としては近いと。
じゃ、万知さんはなんなん?
神?
またまたー。
どうやって自我を持ってるのかは知らないが、肉体に囚われないって事は寿命がないって事だろうし、ある意味、高位の存在とは言える。
けど、魔力濃度の薄いこの世界じゃ、器が無きゃ存在を維持できないってのは普通に不便だ。
その悪魔も呼ばれたにしろ、元から居たにしろ、何かしらの器を依り代にこの世界にいる事になる。
まぁ、それはいいんだが、これだけの黒小人やら、オーグやらを従えて何をするつもりなのか。
エルフの里を拠点にこの世界に悪魔の帝国を作りたいとか、そういうのか?とも思ったが、悪魔にその手の欲はないらしい。
というか、この世界そのものには基本、興味がないらしい。
それこそ、何かしらの生贄であったり、それ相応の器を用意して願えば一応は応じるのだが、依頼された仕事以上の事は普通にやらない。
んじゃ、悪魔の興味がある事は何か?と聞けば、基本は暇つぶし、だそうだ。
悠久を生きる悪魔にとって暇こそが大敵らしい。
暇を持て余したが故にダラダラと時に身を任せ、そのまま消滅してしまった大悪魔もいるとかいないとか。
それこそまだ年若い悪魔であれば力であったり、快楽であったり色々と望むそうだが、これ程までに強力な呪物を行使する悪魔は大抵、力を望むのも飽きて好き勝手にしているものだという。
話を聞いていて、悪魔というものがどんなものなのか、余計に分からなくなった気がする。
そうなれば誰かが使役して、ここまでの事をさせている。と見るしかないのだが、それもまた現実的ではないらしい。
悪魔は対価に応じた仕事以上はしない。ほぼ無制限と言っていい量の魔獣を使役するような呪物を、いくつも使わせるという時点でどれほどの対価を求められるか分かったものではないそうだ。
それをさせるとなれば、むしろ悪魔と主従関係を結び、完全に従わせている方が、まだ可能性としてはありえるそうだが、このレベルの悪魔を調伏出来る人間はこの世界には限りなく少なく、もしくはそういう事を可能にする魔道具もごく僅かであるらしい。
どちらにしろ、エルフの里に行って実際に確かめる他ない、という事がよく分かった。
と
万知さんとお話ししながらもう一つの拠点の制圧が滞りなく終わった。
ネタさえ割れて仕舞えば拠点の制圧だけなら簡単だ。
交戦しないように拠点を探して近付き、バレないギリギリの距離から弾弓で陣の中心にある呪物を魔方陣ごと撃ち抜くのだ。
後は呪物の拘束から解かれ、混乱している魔獣を片端から狩ればいい。
本当は、何故弾弓のような武器が作れるのか、とか、どうやって訓練を積んでいるように動けるようにしたのか、とか調べたい事が多々あったのだが、圧倒的に時間が足りないのでしょうがない。
拠点制圧後、周囲の索敵をやってみたが、周囲の見回りをしていた黒小人の気配が綺麗さっぱり居なくなっていた。
どうやらエルフの里まではあと拠点は残されてないようだ。
後は里を目指して進むだけである。
「ディルクート」
背中にいるディルクートに話しかけた。
「は、はいっ」
「里の周辺ってどうなってる?」
「周辺ですか、基本的に森に囲まれてますから・・・、小さい畑なんかがあるだけ・・・です」
「里を一望出来るような場所なんかはあるか?」
「・・・いえ、そういう場所は・・・、余程離れた山の上とかでなければないですね」
だわなぁ。
「里の周りには申し訳程度の防壁と、その外に結界が敷いてあって、それに触れればすぐに分かるようになっています。それから、その結界の外もそれなりに切り開いてあって、里の中にある櫓から、かなり広い範囲で見渡せる様になってるんです」
こんな魔獣の多い森の中にある里として、最低限の防備だな。
「じゃ、外から中を窺うのは無理か」
「無理ですね」
視界を飛ばすのにも限界がある。
櫓の視界の外からってのは流石に無理だろうなぁ。
「見えてきました」
ディルクートの言葉に足を止めて、しゃがみ、降ろした。
「どこだ?」
「あっちの方、木々の間から櫓の先が見えるのですが、分かりますか?」
ディルクートの指差す方をジッとみて見るが・・・、分からん。
ただ、指差す方のずっと奥の方に多量の気配が固まってるのは分かった。
「見えないが・・・、里があるのは分かった」
ただ、思ったより気配が多い。黒小人、オーグの他に、悪魔らしい気配も感じるが、それ以上にディルクートと同じ、エルフっぽい気配がかなり多い。
もう少し寄らなきゃ詳しくは分からんな。
あと、周辺警戒に当たってる騎狼小人が少なからずいると思ったんだが、それらしい気配が全くない。
何が起こっているのやら。
後ろを振り返る。
少し申し訳なさそうに、所在無げにしているディルクート。
少し汗をかいてはいるが、涼しい顔をしているビリィ。
肩で息をしているが、まだ余裕がありそうなフーカ。
大量の汗と共に、ちょっと膝が笑ってるダルガ。
ダルガがヤバイな。
「ちょっと休憩しよう」
人数分のコップを出し、それぞれに水を入れて渡す。
「ダルガ、大丈夫か?」
ダルガは渡された水を一息に飲み干していた。
「もう少しで着くんだろ?なら大丈夫だ」
強がってはいるが、体力の底が見えてるのが分かる。
屈伸したり、膝を伸ばしたりしているが、膝の笑いが止まってない。
体力は一番あると思ったんだが、慣れない足場の悪い山道は想像以上に体力を奪ったようだ。
まぁ、一番重いのもダルガだしなぁ。
それでも回復の文様を刻んだ魔石を渡したままにしてある。
一回の戦闘分くらいは回復してくれるだろうが、無茶はさせられんな。
「息を整えながら進むぞ」
周囲を警戒しながらゆっくりと歩を進める。
少しづつ密集した木が薄くなり、櫓が見え、里の防壁が、そして畑が見えてきた。
「櫓に・・・見張りが居ないな?」
「確かに、見えないな」
ビリィが遠くを覗き込む様に言った。
近付くと、防壁の様子がよく見えてきた。
そもそもそんなに強固なものではなかったんだろう。所々が崩れ、人が通れるようになっているが、やはり見張りらしい気配がない。
「どうなってるんだ?見張りらしい見張りが全くいない」
森に入ってから頻繁は襲撃からは、考えられない程に無防備だ。
「ジン、中の様子は?気配は分かるんだろ?」
「オーグが二十一、ダークキュイビットが八、悪魔っぽいのが一・・・」
オーグはともかくとしても黒小人の数が少なすぎる。それに・・・。
「ディルクート、エルフの里の住人って何人くらいなんだ?」
「あ、はい。五百人と少し・・・。あの、何人くらい残ってるか、分かるんですか?」
ディルクートの声が震えている。
確かに不安だろう。状況から考えればそのほとんどが死んでいてもおかしくない。
「分かるよ。それに答える前にいくつか聞きたい事がある」
「はい」
ディルクートが息を飲んだ。
「教会の場所ってどこだ?それは複数あるか?」
「え?教会は一箇所です。里の真ん中に・・・」
「あと、戦える奴は何人ぐらいいた?」
「戦士であれば百人ほど、引退した人や若い人なんかも集めれば三百人ほど、弓を弾いたり、魔法を使うだけというなら、小さい子以外ならほぼ全員・・・です」
それはそれでスゲェな。
「ディルクート」
「はい」
「お前が言った数が間違いないなら・・・」
「はいっ」
「ほぼ全員、生きてる」
「えっ⁉︎」
ディルクートの目が大きく見開かれた。
驚きと喜びの表情が浮かび、すぐに訝しむよに暗くなった。
「それって・・・」
「まぁ、疑問に思うのは分かる。とりあえず感じた気配をそのまま教えるぞ」
「はい」
「まず、中央。ここに三百と二、三十位だろうな。エルフが固まってる」
「はい」
「それに向かうように悪魔が居るんだが・・・、悪魔の周囲を大きく囲うように三十くらいのエルフの気配が五つ、固まってある。ディルクート、教会の周りにその位の人が入れる建物はあるか?」
「いえ・・・、教会の周りに建物はあまり・・・。距離にもよりますが、それでも三十人が固まって入れるような物は・・・」
「ないか」
「はい」
「となると、考えられるのは・・・」
「人質か?」
ダルガが呻くように言った。
「そうなる」
「でも、それっておかしくねぇか?」
「おかしいことだらけだよ。人質を取るにしたってこんな大人数である必要がそもそもない。多ければ多いに越した事はないだろうが、ほぼ全員だ。それに人質の近くにオーグもダークキュイビットも配置されてない。殺したくないと言わんばかりだ」
「そうまでしても欲しいものがあるって事か?」
「悪魔が手を出せない教会の中にって事なんだろうが・・・、ディルクート、教会には何があるんだ?」
僅かに首を傾げ、眉根を寄せて考える様子のディルクートだが、ゆっくりと首を振った。
「すみません。分かりません」
不可解だらけだな。
「とりあえず・・・人質の数が多過ぎて解放が難しい。というか、向こうが人質に手を出すつもりがないんだったら、こっちも下手に解放とかしない方がいいかもしれん」
「なら、どうすんだ?」
「とりあえず・・・、俺一人で悪魔と話をしてみようと思う」
「いやぁ・・・こう、ガッと強襲してズバッと終わらせたりとか出来ないのか?」
「ダルガの言いたい事も分かる。が、失敗したら人質に多大な被害が出る可能性がある。当然最悪の事態も想定するべきだが、最悪を前提には出来んよ」
「じゃ俺らはどうすればいい?」
「とりあえず、俺が気を引くから裏から回って、後は臨機応変に、としか言えん」
「無茶苦茶だな・・・」
「状況が分からない以上、やれる事からやってくしかない。そこでフーカ」
「はい」
「俺が行った後の判断はお前に任せたいんだが、いいか?」
「かしこまりました。お任せ下さい」
フーカは俺を見つめ、ニコリと微笑むとゆったりとした礼をしてみせた。
すごく落ち着いている。
ダルガとの殴り合い以来、凄い落ち着きを見せるようになってきた。
以前とはまるで別人のようだ。
少し背伸びして、無理してるんじゃないかと心配もしてたんだが・・・、この分なら大丈夫そうだ。
「よし、それじゃ行ってくる」
「はい、いってらっしゃいませ」
再び礼をして笑顔を向けてくるフーカ。
その笑顔がちょっとだけ、引きつっていた。
よく見れば、身体も小刻みに震えている。
・・・本当に大丈夫だろうか?
いや、頼むと言って、フーカは任せて下さいと言ったんだ。
素直に頼ろう。
背を向けて、エルフの里に向けてゆっくりと歩く。
はぁ、俺もなんか緊張してきたな。
防壁まであと少し、という所で、カチカチ方カチカチ、という細かく何かが叩き合う小さな音が聞こえてきた。
神経を研ぎ澄ませて耳を傾けると、声が聞こえた。
「大丈夫か?」
これはビリィの声だ。
「き、緊張のあっあまり、は、はっ吐きそうです」
う、うん。
緊張をもって事に当たるのは、多分きっといい事だ。
これが無事に終わったら、ちゃんと労ってやろう。
そう、心に決めた。




