呪い
森の中の強行軍は驚くほどスムーズに進んだ。
まぁ、正規ルートではない上に、監視を解いている状態だから当然だろう。
野生の魔獣もポツポツといるが、殆どが俺の索敵に引っかかるので、避けて通るのも容易だった。
拠点と思しき高台が見えた所でディルクートを下ろし、高台の方に注意を払いながらゆっくりと歩を進める。
拠点といってもそれらしい建物がある訳ではない様だ。ポツリポツリと黒小人の姿も見えるが、ダラけきってる。警戒の為に居るんだろうが、あれではほとんど意味がないな。
ただ、何か焼いているのか煙が立っているのだけが見える。
「肉が焼ける匂いだな・・・なんて事だ」
ビリィがイラつく様に、ポツリと呟いた。
「なんだ?なんか気になる事でもあったのか?」
「肉が・・・」
「肉?」
「ちゃんと処理もしてないし、何より焼き過ぎだ・・・。肉の事を何も分かってない」
あぁ・・・、そっか、肉か。というか匂いだけだそこまで分かるのは凄いな。
「所詮は頭に毛が生えただけの魔獣か・・・、相入れぬ存在なんだな」
ブレないなぁお前。
逆に肉の扱いが上手かったら相入れられると思うのか。
・・・いや、コイツならやりかねんな。
「さ、序盤最初の正念場だ。ここでトチると後が大変だが、ここさえ抑えたら作戦は半分成功したと言っていい」
全員の顔を見回す。
ビリィ以外に緊張の色が見えるが、気負いすぎてる感じはない。
大丈夫だ。上手くいくだろう。
「まずダルガ、ここは奴らが使う通り道だ。もう少ししたら出てくるだろうからそいつらを強襲して注意を引け、フーカはディルクートの護衛とダルガの援護。注意を引くだけでいい。無理に狩ろうとするなよ。それと、上でだらしなく見張りしている奴が角笛を持っていた時だけ狩ってくれ。
俺は戦闘が始まった瞬間に裏から制圧に入る。
ビリィはあっち側に回り込んで連絡に走った奴を全部狩れ。多分手に負えない量が出てくる事はない。一斉に出て来た時は放置していい。
作戦は以上だ。何か質問は?」
「出てくるのはダークキュイビットだけか?」
ダルガが手を上げて聞いて来た。
「ここにはオーグもいる様だ。多分出てくる」
ダルガがニヤリと笑った。
ダルガとしてはダークキュイビットより、オーグの方がやりやすいんだろうな。体格が近いし。
「熱くなるなよ。お前の仕事はあくまで注意を引く事と、フーカとディルクートの護衛だからな」
「分かってる。大丈夫だ」
信用してるぞ。
「あ、あの」
「なんだ?」
ディルクートがおずおずと手を上げて前に出た。
「僕が隠れて中に入って偵察してくれば・・・」
「大丈夫だ。中は大体分かってる。ディルクートは後に重要な仕事を任せないといけないから今はちゃんと体力を温存してるように」
「は、はいっ」
「この中に居て仕事もなく、ただ守られているのは辛かろう。何か役に立ちたいというのは分かるが、焦るなよ。お前がいなきゃ里は助けられないんだからな」
ディルクートの頭をポンポンと撫でておく。
高台の方に視線を移す。
騎狼っぽい気配がまとまって動き出した。
「時間だ、そろそろ出てくるぞ。開始だ」
全員が頷いたのを見て、俺は走り出した。
周辺の警戒が雑なので多少派手に移動しで気付かれる心配はない。
もう少しで真裏に回る。といった所で騒ぎが起こった。
ダルガの方で騎狼とぶつかった様だ。
騎狼の気配がいくつか潰れ、拠点の中の大きい気配がダルガの方に移動していく。
その中で一騎の騎狼がビリィに指示した方に走った。
ここまでは予定通りだ。
この作戦で、実は一点だけ不安要素があった。
この拠点の中に黒小人とオーグ以外の気配が一つ紛れていた事だ。
ただこの気配。
どうもに生物らしい感じがせず、動きもしない。それが何なのか・・・。ま、見てみたら分かるだろ。
走る方向を変え、高台を駆け上がり、騒ぎに気を取られてる見張りの黒小人を殴り飛ばしながら登った。
高台の上は大した草木もなく、広々としていた。そこに焚き火が五つ。
焚き火には棒の刺した肉が掲げて焼かれ、焚き火を囲む様に狼と小人がたむろしてる。
そして、中央の焚き火にはダルガくらいの大きさの奴が五匹、肉を食らっていた。
アレがオーグか。
大きさだけなら確かにダルガに似てなくもないが・・・、ゴリゴリに発達した筋肉のつき方が歪だ。
ギルド長も異様だったが、それでもアレは人だった。
これは明らかに違う。
小人を無視して、一目散にオーグに向かって走った。
肉を手にしたまま、ダルガの方を気にしてそっぽを向いているオーグの頭を容赦なく殴る。
頭が吹き飛んだ。
続け様に二体、頭を吹き飛ばした所で残りのオーグがようやくこっちを向いた。
確かに角が生えてる。
横頭から羊みたいに捻れた奴が。
いや、どっちかといったらバッファローみたいなのかな?
思ってたのと大分違う。
後、歯。
乱杭歯なんてもんじゃない。なんで上の歯が横向いたり上向いたりしてんだよ。よくそれで肉が食えんな。
気持ち悪いので早々に吹っ飛ばしておく。
よし、これでオーグはダルガの方に向かった一匹だけ。ここの黒小人は・・・。
ゲキャッゲキャッ
逃げない?
それぞれが武器を手に取り、俺を囲い始めた。
これは・・・予想外だ。
魔獣と言えども生き物だ。
恐怖心もあるし、怯えもする。
なのにこいつらは、自分よりも圧倒的強者を一瞬で屠られたというのに、怯えるそぶりが全くない。
これは異常だ。
襲ってきた騎狼小人を殴り飛ばし、石弾を撃ち落とす。
あのもう一つの怪しい気配の奴はどこだ!?
黒小人の相手をしながら探すが見当たらない。
早くしないとダルガが危険だ。
てっきりど真ん中に備え付けてると思ってた。油断した。
見えないとなると、土中?なんだ?変に気配が掴めねぇぞ。
急いで魔力球を作り、割る。
見えてきたのは高台一面に敷かれた魔法陣だった。その中央の地面の下に何かあった。
こいつかぁ‼︎
黒小人を振り払い、土の中に小手を突き刺す。
土中から何かソレっぽい物を掴み、引っ張り出した。
コレは・・・、ソレハ・・・ナンダ?コレ・・・。
ベキィ
頭の中が突如、真っ黒い靄に包まれた感じから少しづつ何かが晴れていく。
今・・・何があった・・・⁇
何かを手にしたその小手が、黒い霧の様なものがまとわりついている。それがポタリポタリと下に落ちている。
落ちた先には砕けた何かが散らばっていた。
無意識に握り潰したのか・・・。
安堵と共に胸の奥からせり上がってきた異物感を押しとどめる。
身体中から脂汗が吹き出してくるのが分かる。
ヤバかった。
今のはかなりヤバかった。
直で持ったからか、直で見たからかは分からん。
けど、一瞬。
自分の中の何かが持っていかれかけた。
息を整えつつ、周囲を見回せばあの煩わしかった黒小人の姿が消えていた。
ダルガの方に向かったオーグの気配もなくなってる。
ダルガとフーカとディルクートの気配もある。
大丈夫だ。
ビリィは・・・。
「ジン、それ何?」
やっぱり背後に来てたか。
こいつの行動も大分慣れた。
「ジン様!今、何が⁉︎」
フーカが走ってくるのが見えた。
何か感じとったのか酷く慌ててる。
しかし、コレは何だ?
紫色に怪しく揺らめき光る砕けたカケラ。
「呪物」
万知さんの言った言葉がそのまま口に出た。
呪いといっても色々とあるようだが、これには精神を犯して内部から溶かし、人形の様な状態に仕立ててしまう呪いが込められているそうだ。
そして、魔方陣。
核であった呪いを潰してしまったので、今は消えてしまったが、魔方陣には人形を動かす法が刻まれていた様だ。
魔獣は呪いに対してかなり耐性が高いのだが、強力な物には呪われるのではなく、従ってしまうらしい。
「ジン様!」
走って来たフーカに顔を掴まれ、目を覗き込まれた。
顔が近い。
相変わらず美人だな。
「大丈夫だ。呪われてない。それより・・・」
フーカを退けて、散らばった呪物の破片を集める。
「これ、人の作った物じゃないぞ」
カケラとなってもまだ力が残っているようだ。
魅入られそうな気分になる。
集めたカケラに万知さんが文様を刻み、一瞬の光を残して砂になった。
「人じゃないなら何だ?」
脂汗を浮かべたダルガが言った。少し声が震えてる。
「悪魔」
万知さんが言うにはそれ以外にないそうだ。
しかし、悪魔とは・・・。
悪魔ってそもそもなんだろう?




