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弟子

 さて。


 俺の酒も空になったし、ぼちぼち帰るかな。


 と、席を立った所で、慌ただしく戸が開いた。一瞬、便利屋が戻ってきたのかとも思ったが、シルエットが違う。巨体だ。


「居た、やっと見つけた」


 随分と人に探される日だな。今度はなんだ?


 息を切らし、額に汗を滲(にじ)ませる若い熊人。何枚も絆創膏(ばんそうこう)らしきテープを貼っているその顔に何となく見覚えがあるが・・・誰だったか。


 どすどすと音を立てて歩いてくる姿は威圧されているのに近い圧力を感じるが、どことなく震えている様に見える。

 緊張してる?


「ジン・・・さんで違いないな?」


「そうだが?」


 声にも聞き覚えがある。はて・・・?


 高い所から見下ろしてくる顔が・・・なんだ?なんか妙に顔が強張ってるな。


 次の瞬間、ズドンと音を立てて両膝を突き、ドンッと床に拳を突き立てて、


「俺を弟子にしてくれ」


 と、俺より少し低くなった目線で仰ぐ様に言ってきた。


「はい?」


 なんかこんな必死な感じもどこかで見た覚えが・・・、あっこいつ!


 ・・・誰だっけ?名前忘れた。

 フーカと再戦したいって騒いでたヤツだと思うんだが・・・、そんなにフーカと再戦・・・いや、弟子?


「あんた・・・いや、ジンさんと親父の戦い、ずっと見てた。凄かった。正直、親父と正面向いて殴り合えるヤツなんで居ないと思ってた。

 それが!身(み)の丈(たけ)も半分くらいしかない、体重なんかもっと少ない人族が!真正面から親父の拳を受けて、殴り返すなんて・・・。

 俺たちみんな、親父と」


「待て待て待て待て、ちょっと待て」


 ほっとくといつまでも語ってそうな勢いだな、おい。握り拳を作って熱い視線を送るな。


「弟子の話はまず置いといて、確認したい事がいくつかある。話はそれからでいいな?」


「はい」


 なんかもっと傲慢(ごうまん)な感じと思ってたけど、イメージ違うなぁ。まぁいいや。


「えっと、まず一つ目だが・・・、俺はその・・・なんだ。仇(かたき)じゃないのか?」


 病んでたってのがあったにしても、実際に殺したのは俺だ。

 別に俺としては引け目はないが、怨(うら)まれても仕方ない。ぐらいには思ってたんだが・・・。


「とんでもない!恩こそあれ、怨む理由などありません。我ら兄弟にとって親父に本気を出して戦ってもらう事こそ本願!我ら兄弟皆、本気の親父と戦う事を目指して修練に励んできたんです。

 誰一人、その域にいけなかったですが・・・。

 だからこそ!ジンさんが!いや‼︎師匠が」


「分かった分かった、待て待て」


 涙ぐむな、師匠じゃねぇ。そんでもって声がデカい。酒場の親父がチラチラこっち見てんだろ。


「さっきから兄弟兄弟言ってるが、何人いるんだ?」


 目を丸くして指を折って数え始めた。

 右手の指が折れ、左手の指が折れ、折り返して・・・折り返して・・・折り返して・・・おいおい。


「六十・・・五、六?」


「多いな⁉︎」


 ホルトルは八十前って言ってたからこいつは五十とか六十とかの子か?


「外に出て行ったりとか、嫁に行ってそれっきり連絡のなくなったヤツも多いし、親父はフラっと子供を拾ってくるから正確な人数は分からんです」


 拾う?


「孤児(みなしご)か?」


「俺はそうですけど・・・そうでないヤツもチラホラいるらしい。あんまりその話はしないから正直よく分からんです」


「実の子は居ないのか?」


「一人いるらしいですが・・・、だいぶ昔に縁を切ってそれきり・・・と聞いた事がある」


 ふむ。

 まぁいいや。


「まぁ、気持ちは分かった。でもなんで俺なんだ?ホルトル程じゃなくてもお前より強いヤツならいっぱいいるだろ?」


 ファサマントとか。


「確かに。だけど、このままここで強くなったとしても親父には絶対に並べない。親父と同じやり方じゃ俺は親父程に強くなれない。だから、親父とは違う強さで親父と同じくらい強いあん・・・師匠じゃなきゃダメなんだ」


 ふむ。

 理屈は分かるし、正しいと思うが・・・師匠はヤダなぁ。


「分かった」


「じ、じゃ!」


「まぁ待て、もう一つ聞きたい事がある」


「なんでも聞いてくれ!」


 一々声がデカい。


「お前さ、フーカと再戦したいんじゃなかったのか?」


 ん?

 さっきまで饒舌(じょうぜつ)だったのに、急に詰まったな。なんだ?


「再戦は・・・したい。いや、しなくてもいいんだ・・・いや、その・・・ん〜・・・」


 なんかもぞもぞと動き出し、急に落ち着かなくなった。なんかこのデカいのがそわそわしてるとキモいな。


 つか、この感じは・・・マジか?


「いや、ごまかしても仕方ない。 俺はあの娘に、フーカに惚れたんだ」


 言った!ってかマジか⁉︎


「あの強く美しく凶暴で勇敢な・・・あの真っ直ぐな目に俺は・・・惚れた」


 言い切ったよ。ちょっと本人が聞いたら凹みそうな言葉が混じってたけど。


 しかし、色恋かぁ・・・そういうのはちょっと面倒だなぁ。本人の意思もあるし・・・。


「あ、いや。惚れたは惚れたがそれで今すぐどうこうという気はないし、本人に言う気もない。俺は親父に並ぶくらい強くなりたいし、その上で・・・惚れられたい」


 ほう、男だねぇ。

 嫌いじゃないが・・・、はて、困ったな。俺は世間に隠してる事が多過ぎるからなぁ・・・。


 鎧の事というかマオは隠せないし、勇者騒動の話もある。同行させるなら一から全部説明した上で、納得してもらわにゃいかん。

 納得させられなかったら・・・、もうかなりの面倒になるのは目に見えてる。それよりだったら手間も掛けずにさっくり・・・。


「し、師匠はかの国を滅ぼしたギュスターブじゃないのか?」


 なに!?


 しまった!つい、顔を上げ、凝視してしまった。


 ギュスターブ・フラメル・コペルニクス・・・だったか?とっさについた嘘の名前。今は悪事の全てを背負って消滅した事になってる存在。

 こんなあからさまに反応をしたら、下手に疑われる。


 やっちまった。


「なんで、そう思った?」


「師匠の実力は新銀なんかではありえない。というか、親父と殴り合える人族の名が知られてないのはおかしいし、いくら人族が若く見えるといっても若過ぎる」


 あーーー、そうか、しまった。

 自分の存在が異常というのを忘れてた。その上に本気まで出して暴れたんだ。そりゃ疑うよな。


「人族の側であった最近の事件と照らして考えれば・・・もしかしたら、というのはあった」


 手を膝の上でギュッと強く握り、額には汗が浮かべて話している。


 その緊張はどういう意味だ?


「俺が弟子にするのを拒否したら・・・どうする?」


 ジッと見つめてくるこいつの視線が痛い。


「・・・どうもしない」


 ほぅ。


「それはそれで仕方がない事だ。けど、師匠の後は追い続ける。あの時の親父の強さを知ってるのは師匠だけだから」


 自分の顔がにやけてくるのが止められない。

 真っ直ぐだなぁ。羨ましいほど真っ直ぐだ。こう言う奴は嫌いになれん。


 しかし、アレだな。


 こいつの話の持っていき方はホルトルそっくりだな。


 しかもギュスターブの名前を使ったタイミングが良すぎる。確信があったのか、タイミングを計ってたのか・・・はたまた、偶然か。


「まず、質問に答えておこう」


「はき・・・はい」


 噛むなや。


「ギュスターブは死んだ。それは間違いなく確かな事実だ。そんで、俺がその辺の事情に一枚噛んでいたのも、まぁ事実だ」


「・・・はい」


 真っ直ぐに、ジッと見てくるその目に疑いの色はなく、どこまでも真摯だ。


「それと弟子にはしない」


「・・・はい」


 ガッカリうなだれりなんかしない。その姿勢は一ミリも揺るがない。覚悟があるんだなぁ。


「ただ、付いて来ることは許すし、教えられる事は教えてやる」


「え⁉︎」


 一瞬、影が差した表情がパッと明るくなった。

 素直だなぁ。


「し、師匠⁉︎」


「弟子にしねぇって言ってんだろ。師匠って呼ぶな。俺の事はジンと呼べ」


「あ、いやぁ、それは・・・」


「お前、歳は幾つだ?」


「十九」


 じゅうぅぅきゅぅぅぅぅぅ???

 三十手前じゃねぇのかよ!?こいつら本当に見た目で歳が分かんねぇな。


「俺は十六だ。歳下に敬語は禁止な」


「・・・はい・・・いや、分かった」


 まぁ便宜上の年齢だし、一人聞いてくれない奴もいるんだがな。


「んじゃまぁ、行こうか」


「は・・・分かった」


 連れ立って酒場を出る。


 とりあえず宿に帰るかな。新しい宿はあっちだったか?


「ちょっと事情が複雑だからなぁ、おいおいその辺の話はちゃんと教えてやる。連れてく以上は変な隠し事をしても面倒だしな」


「お、おう」


「問題は・・・、お前の処遇だなぁ」


 横に並ぶ若い熊人の顔を見る。

 自分よりはるかに大きいのを横に連れて歩くってのはなんか不思議な気分だな。保護でもされてるみたいだ。


「処遇?でっ・・・か?」


「なぁ、ホルトルって貴族か?」


「親父は・・・ある意味貴族でっだけど、やった事に対しての名誉みたいな感じだったはずだから、少し違う」


 その変な言い直し、早く治らんかな。会話しづらい。


「じゃお前は貴族じゃない?」


「違う。親父から姓と名は貰ったけど、継ぐものもないでっかし」


 学校に行くにゃ貴族位がいる。まぁ、一般枠もあるらしいが、こいつだけ別って訳にいかんから・・・。

 となると。


「お前、今からフーカの従者な」


「ぅえっ⁉︎な、なんで⁇」


「便宜上、必要だから」


「いや、だからなんで!」


「その辺も宿に行ってから教えてやるから、慌てんな」


「宿?」


「昨日の宿じゃねぇぞ。あそこはお前の仲間が大変にしたみたいじゃんか」


「あぁ、別に俺は仲間とかじゃないけど、らしいでっねぇ。何人か洞窟行きって話みたいだし」


 何やら封印した部屋を無理やり開けようとして、かなり無茶をしたくさい。

 泊まり賃はもう先に納めてあったし、別に部屋になんか残してきた訳じゃないんで遠目にしか見てないんだが・・・、遠目にも大変っぽい感じだった。


 しかし、洞窟?鉱山か何かかね?


「それでも、ジ、ジン・・・が壊した俺んちの屋敷程じゃないでっんじゃないか?」


 こいつ早く慣れねぇかなぁ。


「アレは門番のデカいのが悪いんであって、俺のせいじゃねぇ」


 詭弁だが。


 あ、そうだ。今のうちに聞いておかないとな。


「お前さ」


「な、なんでっ、だ?」


 いや、これはこれで面白い気がしてきた。


「お前の名前って、なんだっけ?」


「えっ⁉︎あ、ディルスルーガ・イェグレンですだ」


 ・・・


 ・・・誰?


 少なくとも昨日聞いた名前にそんな奴は居なかった・・・よな?


「あっと、名前が長いってんで、よくダルガって呼ばれてる」


 そ! れ! だ! よ‼︎

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