閑話 ビリィとフーカ 前編
ここもダメだったか。
店を出て、明るい日差しの下にまた帰ってきた。
空を仰げば日が高い所に居るのが見える。腹の具合から考えてもまだ昼前といった所か。
もう昼ご飯にしてもいい頃合いだが、いまいち食欲も湧かない。
ジンが居れば、もしくはジンの作ったご飯なら食べたいけど・・・、時間から見てもまだジンは宿に戻ってだろうなぁ。
もう少し、探してみるか。
と、そう思って見回すけれど、どこも一度は中を覗いた店ばかり。
「はぁ」
思わずため息が出た。
ただ、水着が欲しいだけなんだけどなぁ。
水浴びがしたい。
ジンと水遊びがしたい。
ビリィの記憶として、ジンと海や池に行った覚えはあるが、一緒に入った覚えはない。
「ふむ」
自分でも感情がビリィに引っ張られているという感覚はある。
けど、別に違和感を覚えるという事はない。多少不思議な感じではあるが。
どちらかと言うと別れていた、離れ離れになっていた足りなかった物が元に戻った。
そんな感覚の方が強い。
なによりも以前に感じる事の少なかった楽しいという気持ち。
感情のままに動く心地よさは比べられない程、違う。
たかが水浴び、だけど想像するだけで湧き上がってくるこの楽しそうという感じを思うと諦めるという選択肢はそもそも存在しえない。
そうだ。
諦めるのはまだ早い。
私はジンと、出来ればフーカも一緒に水浴びがしたいのだ。
折角、フーカに似合う可愛いのを見つけたというのに、きっとフーカは一緒に着るという理由の元に強引に着せてやらなければ絶対に着ないだろう。
んふふ
ジンと水浴びもいいがフーカの水着姿も見たい。
その為に私も水着を探さなければならない。
これは使命だ。
よし、表の通りで見つけられなかったんだったら、裏を探そう。
服屋服屋・・・ふくや・・・。
適当な裏路地に入り、見回しては出る。
路地によって店もあったりなかったり。
こういう時にジンの能力って便利っぽいよなぁ。
よく見えない所も見えてる感じに見てる風だけど、アレってどんな感じなんだろ?
一つ二つと手当たり次第に路地に入り、八つ九つ辺りでいかがわしそうなお店のある通りを見つけ、十五を数えた辺りで飽きてきた。
誰かに聞いた方がいいだろうか?
ジンやフーカはよくやっているが、どうやって話掛けているのかよく分からん。
いや、そもそも「私の着れる水着が売ってある店を知らないか?」なんてアホっぽい事をその辺の人に聞けないから、どちらにしろダメか。
おや?
この路地・・・不思議な匂いがする。
なんだろう?
甘い様な、煙い様な・・・。木の葉っぱの焼いた様な・・・匂い?
これは香料?
香という奴か?
匂いを辿り、少し進んだ所で匂いの発生源らしき店を見つけた。
両開きの扉の上にささやかな看板が一つある。
トゥリリャクイクルナ、と書かれている。
何屋?
普通、ナントカ服飾店とか、カントカ服店とか何を主軸に抑えて置いているか、もしくは店の品揃えを簡単に書き記して置いてあってりするものなのだが、この店には店名らしき看板以外に何もない。
これは外の客をあてにしていない、知っている客しか相手にしていないって事だろう。
・・・。
普段なら入らないが・・・、ちょっと面白そうだな。
扉に手を掛け、軽く押してみる。
キィと音がなり、扉が開いた。
途端にさっきまで仄かに感じていた匂いが、濃密な風となって押し寄せてきた。
ちょっと強い匂いだが、嫌いじゃない。
犬狼族の中でも山林を領域としている者の中に、特殊な木の葉を焚き、その香を使って色々と利用している種族がいたのを思い出した。
見えてきた店内はやや薄暗く、怪しげな煙が漂っている。
けども店内に飾られている物はみな薄暗さが気にならない程に色鮮やかだ。
赤、白、黄、青、緑・・・、色々と鮮やかな服が並ぶ中で、一際目を引くのが青の鮮やかさだ。
薄い青から濃い青まで、同じ色は一つとしてないんじゃないかと思えてくる。
「いらっしゃぁ〜い」
店の奥から気怠げな女の声が聞こえてきた。
目を向ければ金色い髪に大きな狐耳の女がいた。
手には細い管を持ち、時折口に当てては白い煙を吐いている。
煙管?煙草の一種かな?
この漂ってる煙はその煙草か?いや、店内に香炉が何個か吊り下がってるな。香りと煙はコレだな。
しかし・・・この狐娘、ウチのフーカより耳が大きく、まつ毛が長く、左の頬に白い帯の化粧が三本入ってる。
初めて見る狐族だが・・・.これは砂の国の狐か?
とすると、これは砂の国の服か?
青い服を一つ手に取り、広げてみる。
布。
いや、服か。
全体的にゆったりとした重なった布を広げている様に見える。
しっかりとした襟元と幅広く出来た袖が服であると教えてくれるが・・・こういった服は見たことがない。
着るとどんな感じになるんだ?
「気になりますかぁ?」
煙管を吹かしていた女がゆっくりとした動作で立ち上がり、こちらに歩いてきた。
・・・こうなるのか。
店員らしい女の服も見事に鮮やかな青だった。
ただ、肩の部分が大きく開かれ、腰に巻かれた紫色の帯が胸と尻の部分をゆったりと見せてくる。
蠱惑的というか扇情的というか・・・。
いや、これは服のせいというよりは、この女の動きのせいだな。
ゆったり歩くその胸、肩、腰の揺れ方が妙にエロい。
女の私を挑発しても仕方ないんだから、これは素なんだろう。
「何か気になることでもぉ?」
何か間延びした甘ったるい喋り方だ。
「いい色だな。こんな鮮やかな青は見た事がない」
「あらぁ、お目が高ぁい」
そんなのんびりとした口調で言われると馬鹿にされてる様に聞こえるんだが。
「濃く鮮やかな青である程、高貴であると言われてるんですよぉ?」
「これは、そうやって帯で着る物なのか?」
「はいぃ、長さを調節するのにこうやって畳んで帯で締めたりぃ、裾を切って揃えちゃってぇそのまま着てもいいんですよぉ?」
そう言うと店員が自分の帯をスルリと解き、腰の部分に畳まれていた布がゆったりと波打って落ちた。
なんだろうか、本当に動きがエロいな。
畳まれた服が緩んでゆったりした服になっただけなのに、何かガッカリした自分がいる。
でもまぁ、帯で締められてキュッとしてるのもいいが、ゆったりとしてるのも悪くない。
コレ、買ってもいいかな?
「ちなみに、下には何を着るんだ?」
「何でもいいですよぉ?見た目よりも涼しい服ですからぁ、しっかりした厚手の物でも邪魔になる事もないですしぃ、あっ私は何も履いてないですよぉ?」
それは見たら分かるよ。裾をたくし上げるな。お前の足に興味はない。
なんかこいつといつまでも居ると頭がおかしくなりそうだな。パッと買ってパッと帰ろう。
服は・・・うん。これでいいな。パッと目に付いて、スッと気に入ったんだし、こういう物は悩むと訳が分からなくなる。
後は・・・帯、こいつと同じ色なのはちょっとムカつくが、良い紫色なのは違いない。
これにしよう。
後はズボン?
と、シャツ?
これと、これでいいか。
適当に目の付いた白色のズボンとシャツを手に取る。
色は白というには少しくすんだ色をしているが、少し厚手で軽い。
物は良いかな?
「コレをくれ」
「はぁいありがとうございすぅ」
エロ狐が服を優しく受け取り、奥へと持っていった。
んー。
ついでに袋も買ってくかな?
普通、こういう店で服を買う場合、入れる袋か何かを渡さなければ紐で縛るだけで渡される。
私はそれがあまり好きじゃない。
そういう人の為に簡易な袋なんかも一緒に売ってある。
ものなのだが・・・ないな。
「袋は置いてないのか?」
「ないですよぉ」
服を綺麗に畳んでいるエロ狐はこちらも見ずに答えた。
「あ、でもこれだけ買ってくれるんなら代わりのつけますよぉ」
「代わり?」
「じゃぁーん、これでぇすぅ」
ちょっとイラっとした。
ただまぁ、広げて見せられた深い緑の布はそれはそれでいい味してる。
ただの四角い広い布だが、それに包んでくれるってことかな?
「それで代金はいくらさ」
「共通銀貨で百五十五枚ですけどぉ・・・、百五十枚でいいですよぉ?」
まぁ、そんなもんか。
「テュルク金貨五枚でいいか?」
「テュルク金貨ですか、じゃあやっぱりティルニススの人なんですねぇ。ティルニススは今注目の国ですからテュルク金貨は大歓迎ですぅ」
あぁ、なんかそういうのはあるだろうなぁ。
まぁ問題ないならそれでいい。
「ほい」
金貨五枚、服を畳んでいるテーブルの隅に置く。
エロ狐がその金貨を手に取り、その物を確かめた。
「はい、確かにぃ」
金貨を仕舞うと、服を畳み終えた服を手早く布に包み、
「はい、どうぞぉ」
と渡してきた。
目の前に出された布包。
今、何をどう縛ったのか、服の入っているこんもりとした部分とは別に綺麗に持ち手の輪っかが出来ている。
布が持ち手の付いた袋になった?
「ありがとう」
差し出されるままに受け取ったが・・・不思議だ。
これはジンに見せたら自慢できるかな?
店を出たら日が真ん中から大分過ぎていた。
そろそろジンも帰ってきてるかな?
お腹も減ったし帰るか。
・・・。
何かを忘れている気が・・・。
のあ!?
水着‼︎
ぁああぁぁ・・・。
さっきの店、水着あったかな・・・。
露出の激しめの服はあった気がしたけど・・・、無理だ。またあのエロ狐とお話しできる気がしない。
あぁあぁあぁ、なんてこったぁ・・・。
どうもビリィと一緒になってから服とかを見てるのが好きになった気がする。
前は服とかあまり興味なかったし。
アユちゃんの服を見ていた記憶のせいだろうか?
スカートはあまり履いてなかったけど、色んな可愛い服を着てたなぁ。
今買った服みたいなの着てた時もあったし。
色は違うけど。
うーむ。
お腹が減ったけどもう少し・・・。
大通りに戻ろうとしたところで、ピリッとしたものを感じた。
殺気。
ではない。
敵意も感じない。闘志とか戦意とか、そんな感じ。
そしてこの気配には覚えがある。
後ろを振り返った。
誰もいない。
ただ路地のずっと奥から私に向けて刺す様に気配が飛んでくる。
誘ってる?
何がどうしたのやら・・・。
・・・。
迷っていたらさらに強く気配が飛んできた。
仕方ないなぁ。
気配に向けて歩くとやや気配が緩んだ。
昨日の戦いは無骨だったし、無茶苦茶ではあったが素晴らしかった。
全身全霊の限りを尽くした、まさに魂のぶつかり合いというものを見た気がする。
その上でさらに私とも戦いたいというのだろうか。
病み上がりだろうに、まだ万全ではないだろうに、そこまでして私と戦いたいのか?
フーカ。




