薬
目の前に琥珀色の酒をいっぱいに溜めた陶器の器と、輪切りにされただけの緑色の果実が皿に一つ置かれている。
昼もまだ少し過ぎたばかりの閑散とした酒場の中には俺一人だけ。
店主は頼まれた物を出した後すぐ、店の奥へと消えてしまった。
器を手に取り、琥珀色の酒を眺める。
感傷・・・というのではないと思うが、また旅に出る支度の為の買い物をし、何気なく周囲を見渡したら酒場があり、ちょっと一杯引っ掛けてから帰ろうかと思ったら、気が付いたらコレを注文していた。
・・・。
うん。感傷だなコレは。
送り酒、というつもりもないんだが・・・、つい昨晩の事なのにもうずっと昔の事のようにも感じる。
やれやれだ。
どんなに歳を重ねたところで、死というものにだけは慣れられる気がしない。
酒に口を付けた。
口の中いっぱいに広がり暴れる熱い塊が喉を熱し、胃に落ちていく。
んー・・・あんまり美味しくないな。
ホルトルのトコで飲んだ奴は、一口しか飲んでないがもっと美味かった気がする。
緑色の果実を手に取り、黄色い果肉にかぶりつく。
うん、酸っぱい。さっぱりする。
さて、ホルトルは今どうなってるかねぇ?
俺のというか、向こうの世界の常識なら今頃は告別式ってトコだけど、こっちじゃどうなのか。
それに土葬なのか火葬なのか、鳥葬というのはないと思うが・・・。
そんな事を考えている時、カランと戸が開いた。
何気なくその方を見てみると小さい身体に大きい箱を背負った熊耳の男が目に入った。
伺う様に店内を見回すと、俺に目を止め、笑顔を浮かべて近付いてきた。
便利屋?
「探しやしたぜ、兄さん」
探す?
「なんか探される様な事でもあったっけか?」
「・・・それ、本気で言ってます?」
んーーー???
「いや、兄さんあっしの仕事についても色々と当たりが付いてたんじゃないんですかい?」
あぁ、あー。・・・そうね。
昨日、ビリィが山と築いた黒熊人の中には居なかったから忘れてたや。
「昨日、あの後から見てなかったから忘れてたよ」
琥珀色の酒を片手に一口喉に流し、果物を一口齧る。
「いやぁ・・・兄さんの肝の太さには感心しやすね」
ほっとけ。
「それで便利屋。俺になんか用か?そのお前の仕事絡みの警告でもしに来たか?」
便利屋は背中の箱を降ろすと俺の隣の椅子に腰掛けた。
「親父さん!あっしにもこの人と同じ物を一つ!」
店の奥から「あいよ」と小さい声が返ってきた。
「警告とか忠告とか、そんなんじゃありゃしませんよ。まぁ、なんていいやしょうか、世話になった礼と迷惑を掛けた侘びってところでしょうかね?」
侘び?
っとすると・・・
「雷獣か?」
「えぇ、そいつでさ。頭ぁ空っぽですが、腕は立つってんで色々と重宝されてた奴でしたがねぇ。半端な情報に踊らされた挙句、証拠も取れず、しかもそこに偶然居合わせてただけの人族に敗けるって下手こいちまいやしたからね。奴ぁ地方に飛ばされた上に一生飼い殺しでしょう。まぁ自業自得ですがね」
それは・・・また、
「恨まれそうだな」
「まぁ馬鹿ですがそれなりに真っ当な奴ですからねぇ。恨むってこたぁないと思いやすが・・・、まぁ恨んだ所で辺鄙なトコに飛ばされるんですから関係ありゃしませんよ」
「・・・それはそれで哀れだな」
「いえいえ、ホルトルなんて超大物を相手にしたんですぜ?当たれば大金星の出世街道真っしぐら、外しゃ奈落にドボンの転落人生。大博打に負けたんですから本人も・・・まぁ多分納得の上でさぁ」
なるほど。
「そんなもんか」
「そんなもんでさ」
「それで?雷獣君の事を教えに来た訳じゃないんだろうし、お前が俺に言いたい事ってなんだ?」
「いやぁ、あっしとしちゃあ聞かれるかと思ったんですが・・・、薬の事でさぁ」
あぁ、そんな話があったなぁ。
「気にしてなかった」
「おおぅ、いやぁ、これはあっしとした事が、出過ぎた真似をしやしたかね」
「いや、教えてくれ」
多分、ホルトルが食ってた黒い塊の事だろう。
ただ、ホルトルが強いのは元からだろうし、その為に非人道的な事をしていたとは少々考え難い。
「へい、そもそも中鋒に流れた、ホルトルが過剰に火炎飛熊の胆を集めてるって話が発端なんでやすがね」
酒場の店主が「はいよ」と酒と果物を持ってくるも関係なく、便利屋は話を続ける。
「この火炎飛熊の胆ってヤツは昔から滋養強壮の秘薬として重宝されてたヤツなんでやすが、少々癖がありやして、やり過ぎると逆に身体を病むってんで扱いが難しい物なんでさ」
便利屋はそこで区切ると酒を一口含み、果物を齧った。
「んーっまいっ。いやぁ、明るいうちからやる酒は格別でさぁね」
見た目が子供の様なこいつが一丁前に酒を語ってる姿は、意外に滑稽に見えて面白い。
「それとこの胆には謂くがありやしてね、かつての炎熊族の秘薬の原料であるとか、常用食だったとか、まぁそんな話がゴロゴロと・・・。
そのおかげで一時は大量の死者と中毒者を出しやしてね、お国の方から厳しい取り扱い制限のお達しがあったんでさ」
なるほどな・・・。
「調べに入ったやつらの話じゃ、胆を扱ってたらしい場所は見つけたようでやすが、法に触れる程のものではなし、実験や精製の痕跡なぞもなかったそうで・・・、大量にあるはずの胆の行方だけが不明なんて首を傾げてる始末でさぁ」
なるほどなぁ。
酒を含み、果物を齧る。
「兄さん、何か知りやせんか?」
「ん?あぁ、そりゃアレだよ」
「なんです?」
「全部食ったんだよ」
「食う?」
「そ、食った」
「誰がです?」
「んな、決まってんだろ。ホルトルが、だよ」
「んな⁉︎聞こえてきてる量だけでも何千人分ですよ⁉︎」
「残りの人生、寿命、その全部を更なる強さに捧げただけさ。毒だろがなんだろうが、肝を食うだけで手に入る可能性があるなら食うだろ」
まぁ、だから死期を早めちゃったんだろうなぁ。
「無茶苦茶・・・ですねぇ」
そんなもんだろ。ホルトルだし。
のんびりと酒を飲み、果物を齧る。
度の強い酒だが全く酔える気がしない。
便利屋もちびりちびりとやり始めた。
「兄さんはこれからどうするんで?」
「ん?旅を続けるよー。一応目的地もあるしなぁ」
「おや、どちらに行かれるので?」
ふと便利屋を見るが、果物の酸っぱさに顔をしかめている所だった。何気なく聞くなぁ。
「んー、目的地はあるにはあるんだが、こうあちこち歩き回って色んな町を見て回るのも悪くないと思っててな。行かなきゃ行かなくてもいい気がしてきてるんだよなぁ」
「風の向くまま気の向くままってヤツですか、兄さんらしいですねぇ。ただ・・・」
「ただ?」
「兄さんは行くとこ全部で騒動を起こしそうですから、黙ってても耳に入りそうな気がしやすよ」
うーむ。
「否定出来ん」
便利屋がこっちに顔を向け、マジマジと見たかと思うと、大口を開けて笑い出した。
「あっはっはっはっはっは」
一通り笑うと酒を煽った。
「はぁー笑った。兄さんらしくていいや」
「笑い過ぎだ。こっちとしちゃ慎ましく生きてきたいんだけどなぁ」
「冗談を言っちゃいけませんて、慎ましく生きたいお人は博打でガンガン大金突っ込んだり、メシに薬混ぜられたってんで殴り込み掛けたりやしないものですぜ?」
「そりゃ逆だ便利屋」
「逆?といいますと?」
「慎ましく生きてぇからあぶく銭はぱっと遊びで使うのよ。慎ましく生きてぇからこそ、食い物に薬なんて下衆な真似を許せねぇのさ。やられて泣き寝入りなんてしたら、次に何してくるか分からんだろ」
「なるほど、兄さんの事が分かった気がしやすよ」
そう言うと便利屋は果物を齧り、酒を干した。
「ちょっと長居しすぎやしたかね」
そう言い便利屋が席を立った。
「行くのか?」
「へい、ぼちぼちと」
「次はどこに行くんだ?」
「さて、どこでしょうねぇ。ここからは遠くに行くでしょうが・・・さて、あっしにも分かりやせんや」
「そうか」
「多分もう兄さんと会うこともないでしょうが・・・お元気で」
ん?
「そうか?俺はまたどこかで会う気がするぞ」
「そんな怖い事は言わんで下さいよ。あれ以上に兄さんと付き合ったら神経が持ちませんぜ」
思わず吹き出してしまった。
「まぁそう言うな。きっと次に会う時にゃ楽しい事が待ってるよ」
「それ、兄さんだけじゃありやせんか?」
「どうだろうなぁ」
「かないませんねぇ」
くつくつと笑いあった後、便利屋の顔が戻った。
「それじゃ、あっしはこれで」
「グイト」
「へい」
「またな」
「へい」
便利屋は軽く頭を下げると酒場から出て行った。
うん。
やっぱりまたどっかで会いそうな気がするなぁ。次はもっと気楽に飲み会える立場だといいが・・・。




