莫逆
パチンッ
と空気が弾けたかの様な音と共にホルトルの鳩尾に俺の右拳が刺さった。
「うぐっ」
さしたる抵抗もなくホルトルの腹部に刺さった拳は、
「おぉぉぉぉ!」
咆哮と共に弾かれた。
体勢を崩しながらもホルトルは歯をむき出しに食いしばり、右手に持つ得物を横薙ぎに振るってくる。
まだ動けるか⁉︎
しゃがんで得物を避けた所で、ホルトルがよろけ、手から得物が離れた。
ホルトルの手から滑り離れた得物は土の柱を壊しながら突き進み、地に突き刺さってようやく止まった。
ホルトル自身はよろける様に二歩三歩と下がり・・・堪えた。
「ぬうぅぅ」
全身の筋肉をはち切れんばかりに膨らませ、その背から大量の汗が蒸気となり立ち昇っている。
「これだ」
・・・どれだ?
「これこそ、俺が待ち望んでいたものだ」
ゆっくりと苦しそうに息を吐きながらも、その目はランランと輝いている。
これがどれかは分からんが、なんかヤバい。
二度三度と深い呼吸を繰り返し、 乱れた呼吸が安定していく。
今、攻撃するべきなんだろうが・・・、どうも踏み出せない。
「待たせたな。行くぞ!ジン‼︎」
息を整えたホルトルが、身体中から蒸気を立ち昇らせて跳ねた。
速い!
両腕を開き、身体中の筋肉を怒らせて突っ込んでくる姿は、暴走するダンプカーさながらだ。
ちょー怖い!
けど、引いてやらん!
体当たりするように間合いを詰め、降ってくるホルトルの拳を躱しながら拍落の拳を撃ち込む。
硬い⁉︎
ガスッと奇妙な音を立ててホルトルの腹に突き立った拳は滑る様に抜けた。
手に残る感触も変だ。硬い様に思えてどこか脆い。何かを削り飛ばした様な感じだが、ホルトルに届いている気がまるでしない。
何だ?俺は何を殴ってる?
まぁいい。身長差のありすぎる俺とホルトルでは攻撃の間合いがかなり違う。
密接している距離では俺の方が断然有利。崩れるまで何度でも撃ち込んでやる!
裏拳を拍落で撃ち落とし、拍落の拳を撃ち込む。
膝蹴りを打点をずらして身体で受け止め、拍落を撃ち込む。
受け、躱し、五発六発と拍落の拳を撃ち込む。
おかしい。
明らかに押しているのは俺だ。
だが、ホルトルは撃ち込む度に硬くなり、打撃が通る気がしない。
それより拍落を打ち続けている俺の消耗の方が激しい。
ホルトルの背後に回った俺に、振り向きざまの裏拳が飛んでくる。
何度、同じ事をしても無駄!
拍落の受けでもって裏拳を弾こうとした所で、背中に寒いものがゾクリと走った。
同じ・・・じゃない⁉︎
ホルトルから漏れる蒸気が濃くなり、腕に膜のように張り付いている。
なんだ?何か違う、何かおかしい。
拍落から受けに切り替え、両腕の腹で衝撃の吸収に備える。
ホルトルの裏拳が俺の受けに触れた瞬間、爆発した。
そうとしか思えない衝撃が受けを貫通し、身体全体に叩きつけるように飛んできた。
堪える間も無く、弾き飛ばされた。
宙を舞い、土の柱に激突し、地面に落ちた。
受け身は取れた。怪我は・・・ない。だが、今のは何だ⁉︎
「くっくっくっ」
不敵に笑っている。
細い煙の立ち昇るホルトルの右手に、再び白い靄が覆い揺らめくように立ち昇った。
「ついに、ついにこの炎熊の境地に立てた。お前が居てくれたお陰だジン、礼を言う」
ホルトルが右の拳をギュッと固め、それに呼応するように拳の白い靄が炎の様に揺らめいている。
えんゆー?
聞いた覚えが・・・。
あ!あれか‼︎
便利屋が言ってた炎熊門。伝説の種族とか言ってた奴!
えっと確か、闘気を炎の様に纏う、だったか?
色は炎じゃないが、ゆれる感じは炎・・・と言えなくもない。
ズガンッと鈍い音が響いた。
「さぁ、最後は俺の勝利で終わらせてもらおう」
ホルトルが両の拳を打ち合わせた音だが・・・、エグい音だなぁ、もう。
しかし、なんかこうアレだな。
なんか誰かに似てるなぁってずっと思ってたんだが、やっと分かった。
俺に古武術を教えた悪友に似てんだな。
喋り方も体格も全く違うけど、夢中になったモノへののめり込み方とか、目の色の変わり方とか・・・その嬉々としている感じとか、そっくり!
しかし、どうすっかなぁ。
吹っ飛ばされた俺の所まで、悠々と歩いてくるホルトル。
その身体を覆い、うごめき揺れる白い炎。
殴っても硬く、受けても弾き飛ばされる。まさに攻守に長けた隙のない技。
けど、弱点もある。
まず、あの白い炎は力の塊だ。使うのも維持するのも膨大な体力を持っていかれる筈だ。実際、ホルトルの身体が一回り縮んでいる様に見える。
まぁ、持久戦に持ち込めば普通に勝てるだろう。
けど・・・。
それじゃ見送りにならんのよなぁ。
「悪いが負けてはやらんよ」
服についた汚れを払い、ゆっくりと伸びをした。
「くっくっくっやはりお前は・・・最高だ!」
伸びをし終えた俺にホルトルが突っ込んでくる。
姿勢を低く、手にまとう白い炎を爪の様に変化させ、地を抉り突き進んてくる姿はまるでブルドーザーだ。
おっかないなぁ。
アレやるか。アレ。
アレしか思いつかん。俺の師である悪友にして、俺より上手いと言わせた唯一の技。
突っ込んでくるホルトルに合わせる様に一歩前に足を進める。
ホルトルは一瞬警戒しながらも躊躇なく右の爪を振るった。
爪は俺の鼻先を掠め通り過ぎていく。
さらに一歩、ホルトルとの間合いを詰めながら左の小手を鞭の様にしならせホルトルの顔を撃つ。
一瞬、俺を見失ったホルトルの顔に、白い炎の膜を突き破り小手が殴打した。
ホルトルが目を白黒させて飛び下がった。
やっぱりか。
あの白い炎。思い通りに操れるんだろうけど、どうしても意識的に薄い所と厚い所が出来てしまう様だ。
しかもホルトルは今しがた使えるようになったばかり、そう簡単に自在を得られる訳がない。
ホルトルが俺を訝しみながら、間合いを測る。そのホルトルのこめかみから、すぅと血が流れた。
血に気付いていない様子のホルトルは、ニヤリと笑みを浮かべると拳を顔の前に構え、間を詰めて来た。
左右に軽いフェイントを入れてからの、左の回し蹴り。
その左の回しが俺の顔の前で唐突に変化し、ホルトルの足元に戻りながら、ホルトルの右足が跳ねる様に飛んで来た。
前蹴りだ。
完全に攻撃のリズムをずらした見事な蹴り。
だが、ホルトルの前蹴りは空を切り、
ギャンッ
カウンターに入った俺の拳がホルトルの腹の防護膜を削る。
拍落!
バギン
連撃に撃ち込んだ拍落が防護膜を突き破り、ホルトルの横腹に刺さる。
ホルトルの身体がくの字に折れ曲り、倒れ、転げながら俺から離れた。
跳ねる様に立ち上がり、構えるホルトルだが、その白い炎は大分薄くなっている。
「くっくっくっ」
ホルトルが楽しそうに笑う。
「魔法や術の類いじゃねぇ。技だ。俺ぁ一体何をされてんだ?」
ご明察。
この技は一度かかってしまえば抜け出すことの難しい蟻地獄の様なモノ。
不拍。
拍落が極限まで予備動作を削り落とした、瞬間を切り取る技なら、この不拍は逆に予備動作を見せる事で相手の騙す技だ。
長く戦い、予備動作を多く見る事で無意識に覚えていってしまう相手の癖。それを逆手に取り、来ない攻撃を来ると思わせたり、全く予期しない所から攻撃する事で疑心暗鬼にハメる技。
要はペテンだ。
もう、俺の一挙手一投足、全てが罠に見える事だろう。
「この世の中にこんな奴が居たとはなぁ。生きる全てを賭けて、欲した力が手に入ったってのに、今初めて負けるかもしれねぇなんて考えちまった」
くっくっと笑いながらホルトルの身体に再び力が充満していくのが分かる。
「こんなに楽しいのは、初めてだ!」
三度目の突進。
二度目の時と同じ、拳を顔の前に構えた形だが、白い炎の勢いはかなり弱くなっている。
限界が近いな。
そろそろ仕舞いにしようや、ホルトルさん。
ゆっくりと歩きながらホルトルを迎え撃つ。
ホルトルが左右に細かいフェイントを入れながら、俺を射程に収めた所で、急に止まった。
右足を引き、右手を胸の前に脇を締めて、左手を俺の頭に向けてやや伸ばし、腰を落とした構え。
なんか見覚えが・・・。
まっ⁉︎
慌てて腕を持ち上げ、頭をガードしながら、頭の位置をずらした所で衝撃が来た。
ガードを吹き飛ばし、つい一瞬前まで頭のあった場所をホルトルの剛腕が突き抜けた。
こいつ拍落しやがった⁉︎
上体を崩した俺にホルトルが間合いを詰め、左に構え直す。
不拍に対し、拍落で対抗するのは正解だ。予備動作の塊である不拍に対して予備動作を完全に削ぎ落とした瞬間を切り取る拍落は対抗手段として正しい。
けどホルトル、あんたの拍落はまだ完全じゃない!
膝、肩、腰、視線に予備動作を入れる。そこから予測される動きは三つ。
そしてその三つの動きからでは、どうやっても避けられない、受けられない箇所が一つ。
寸分違わず、ホルトルの拍落がその箇所に飛んで来た。
ズギャン
ホルトルの白い炎が弾け、俺の鎧を弾き飛ばした。
魔王鎧の緊急離脱。
不完全とはいえ、不可避のタイミングを取られたホルトルの拍落から逃れるにはこれしかなかった。
そして拍落の撃ち合いは先に外した方の負けだ。
確かに撃ち抜いた。そう確信したホルトルが俺の鎧に気付いた時、俺の拍落の撃つ準備は整った。
ホルトルと目が合った。
不敵な笑みを浮かべるホルトル。その笑みに俺も釣られて笑みを浮かべた。
拍落。
俺の素手の拳はホルトルの横腹に刺さり、衝撃が突き抜けていく。
通った。
これ以上にない。自分でもこれ以上は出来ない。完璧な打撃。
一拍置き、ホルトルの四肢から力が抜け、俺に寄りかかるように崩れ落ちた。
ズシリとのし掛かるホルトルの巨体を受け止める。
重て。
はぁ。しんどかったー。
けど、楽しかったなぁ。ホルトルさん。
ペチペチとホルトルの身体を叩く。
起きろよ、重てぇよ。
・・・。
「ホルトル?」
・・・。
あぁ、そうか。
音が聞こえない。
生きているなら必ず鳴ってなければいけない。あの音が・・・聞こえない。
お疲れ様。
あんた本当に強かったよ。
今ばかりはあんたと戦える身体をくれた、神兄ちゃんに感謝だ。
腰に手を回し、その場にホルトルをゆっくりと下ろす。ホルトルの尻が地面に付いた。
と、思った所でホルトル身体が起き上がった⁉︎
ひと通り、驚いたような困惑したような悟ったような表情をした後、
「あっはっはっはっはっは」
天を仰いで大笑いし、その場にどっかりと座った。
ビックリした!心臓が痛い!あんた心臓、止まってたよな⁉︎
「いやぁ敗けた敗けた。生まれて初めて敗けたが・・・、敗けるってのも気持ちのいいもんだなぁ。あっはっはっはっはっは」
剛毅すぎるなこの人。
・・・心臓、止まったままじゃん。
「勝った奴がそんな辛気臭ぇ面すんじゃねぇよ。この生きた伝説とまで言われたこのホルトルに勝ったんだ胸を張れ!胸を‼︎」
・・・ふむ。
「こうか?」
背筋を伸ばして胸を張り、ホルトルの前に座った。
「おぅ、そうよそうよ。俺に勝った奴ぁそうでなきゃいけねぇ。・・・しかし、こんな時に酒がねぇってのはしまらねぇなぁ」
顎を撫で、残念そうに語るホルトル。
その前に織部の升をトンと置いた。
升といったら普通は木製だが、これは珍しい織部焼の升。俺のとっておきだ。
これに白焼きの貧乏徳利を取り出し、注いだ。
中身は俺が唯一の持ってる焼酎だ。
「ほぅ」
とホルトルが唸り、とっくりとっくりと音を鳴らして注がれる酒を見ている。
「俺の国の酒だ」
なみなみ注いだ升を手に取り、ホルトルに突き出した。
「飲め」
ニヤリと笑い、升を受け取ったホルトルは、ひとしきり升を眺め、匂いを嗅いだ後、一息に喉を鳴らして煽った。
「かぁーー、美味い!」
俺に升を返し、徳利をひったくったホルトルは、升に焼酎を注ぎ返してくる。
「これ以上にない、俺には過ぎたひと時だった」
注ぎ終えた徳利がちゃぽんと音を鳴らした。
「泣くなぃ。俺ぁ幸せなんだ」
そう言って笑うホルトル。
俺は手にズシリと重くのし掛かる升酒を一息に飲み干した。
酒が胃に落ち、身体を熱くする。
が、頭は冷めたままだ。
ホルトルは笑顔のまま、黙ってこちらを見ている。
今にも升をひったくり、注げと突き出してきそうだ。
升と徳利を仕舞うと立ち上がり、ホルトルの顔にそっと手を当てた。
あぁ、もう。本当に動かねぇんだなぁ。
瞼をそっと下ろす。
ホルトルは口元と目尻に笑みを残したまま動かない。
莫逆の友をなくした気分だった。




