乱入者2
「なんで、俺とあんたが戦わにゃならん」
「そんなもん決まってんだろ。お前が強いからだ」
さも当然。といった口調だった。
短い付き合いだが、下手な冗談を言うタイプではない事は分かってる。それでも突飛な話だ。
「最初は、最後にギルフェルと・・・、と思ったんだがなぁ・・・。お前はギルフェルにゃ荷が勝ちすぎる。それより何より、俺の心が震えちまった。もう止められねぇほどに、な」
満面の笑みを浮かべてホルトルは語る。
ギルフェルって誰だ?あのファサマントの事か?あと、最後って何だ?あの『最後』って言葉が妙に引っかかる。いったい何の最後なんだ??
「受けてくれるな?」
そう言うホルトルの声音は妙に優しい。
何かこう・・・、心を揺さぶる様な・・・。なんだろうこんな言葉を前にも聞いた事があった気がする。
ふと、そんなホルトルを見ていて気が付いた。いつの間にやら見覚えのある瓶がその手にあった。
赤黒い塊の玉の入った瓶。
俺がホルトルに会った時に食ってたアレだ。あの時よりも量が減ってる様に見える。
今のホルトルの前に立っていると、何か目眩がする様な、気が荒れる様な、肌が粟立つ様な不思議な感覚に襲われる。
今、気付かなきゃいけない何かがある気がする。
なんだ?何がある?何を見落として・・・。
あっ
この匂い。
最初に嗅いだ腐臭にも似た、だが、全く違う嗅いだことのある匂い。忘れようにも忘れられない、この匂いは・・・。
死の匂いだ。
何人もの死を看取ってきた。
親であり、親戚であり、友人であり、ペットであり。
死ぬ前日に会うことのあった人は多くないが、初めてこの匂いを強烈に感じたのはいつだったろうか。
・・・そうだ。子供の時だ。
俺が生まれる前から居た猫。名前はなんていったか・・・。
物心ついた頃から一緒に居たし、あれはきっと俺の面倒を見てるつもりだったんだろう。
学校に上がる頃にはもうヨボヨボの寝てばかりになってた猫がある日、シャッキリと背を伸ばして座ってたんだ。
俺に気付いて振り返り、ニャアとひと鳴きして、俺の足に顔を擦り付けながらどっかに行った・・・。それきり帰ってくる事はなかった。
その時に残して行った不思議な匂い。多分アレが最初だったろう。
心がスーっと冷えていく。
改めてホルトルの顔を見た。
黙ったまま突っ立っている俺に対し、その表情はやや不安げだ。
ホルトルはもう自分が長くない事を知ってるんだな。
この声は自分の死期を悟った上でのものだ。末期の願いの響きがある。
その願いが戦いたいと言うのだから、こいつらしい。
今まで何度戦って、何度勝ってきたのか。もしかしたら負けた事がないんじゃないんだろうか。
それが歳と共に心身が衰えて行くのは耐えられないだろう。
もしかしたら、そのために怪しげな薬に・・・。
いや、ここから先は考えても仕方ない事だ。
要は最後の最後に戦って死にたいって願いを聞いてやるかどうか、ただそれだけだ。
「ホルトル」
「なんだ?」
その声はどこまでも優しい。
ウチのババァも死ぬ前の日はこんな感じだったなぁ。
殺しても死なねぇ様な、剛毅豪快をそのまま人の形にした様な奴だったのに。
「あんた歳はなんぼだ?」
「歳?歳か・・・」
俺の質問は余程意外だったのか、声の調子が少し元に戻ってる。
「四十を越えた辺りから数えるのはやめたが・・・、五十を越した辺りからはもう考えてもいねぇや。六十・・・七十は超えたと思うが八十はいってねぇ・・・か?それがどうかしたか?」
数えるのが面倒って気持ちは分かるが、本当に数えるのをやめるとか、らしいっちゃらしい。
こっちの世界の奴は見た目と歳の感覚がどうなってるのか、よく分からねえんだが・・・そうか。後輩か。
後輩を送る手伝いをするのは少しばかり忍びねぇな。
「いや、ただ・・・さぞ派手に生きてきたんだろうと思ってな。どうだ?楽しかったか?」
ホルトルの過去が一瞬引き締まり、柔和なものに変わった。
俺の言ってる事の意味を察したかな?
「いや、つまらんかった。どいつもこいつも本気で俺と殴り合う前にぶっ倒れちまう。死ぬまでに一度、ぶぶっ潰れるまでやりあってみてぇのよ」
その声はどこか寂しげだ。
おそらく、心の底からの本心なんだろう。
だったら受けてやらにゃいかんだろうな。俺のこの無駄に頑丈な身体はこういう時の為にこそ、ある気がする。
ん?
ひどい顔に腫れ上がってるダルガと目が合った。
ホルトルに殴られた所為なのか、右の頬が酷く腫れ上がってて表情が読み取り難いが、なんとなく不思議そうに見られている気がする。
あぁ、そうか。
分からなきゃ分からんよな。
それに長く一緒に居たとしても、人の死なんて察せない方がいいに決まってる。
「わかった。やろうホルトル。あんたの言う、ぶっ潰れるまで、俺の全力でもって相手しよう」
「おお、そうか」
ホルトルが破顔した。
本当にカラでも破ったかの様ないい笑顔だ。
その笑顔が一瞬にして凄みのある笑みに貼り変わった。
「ふふっくくくっ嬉しいねぇ。なんか知らねぇが、あんたは受けてくれる気がしてたよ」
ホルトルの気が昂ぶっているのか分かる。しかし悪人顔がより悪くなってるわ。なんかハメられた気分になる。
そのホルトルの気持ちに応える様に、ホルトルの身体が、筋肉が大きく膨れていっていく。
元からデカかったのに、さらに大きくなり、身体から湧き出る圧力により、より大きく見える。
まるで山と対峙してるみたいだな。
「おっといかんいかん」
ホルトルはそういうと手に持つ小瓶?から黒い粒を取り出し、残っている分、全部を口に放り込んだ。
バリッバリッバリッバリッ
大丈夫かよ、おい。
「ルールを・・・決めるか?」
ゴクンッと音を立てて飲み込んだホルトルがおずおずと言ってきた。
何を気にしてるのか、もういまさらだろうに。
「別にいいだろ。最後に立ってた方が勝ちだ」
足を肩幅に開き、左足を前に右足を右斜め後ろに置き身体を斜めに構え、重心を足の真ん中に据えて腰を軽く落とす。左手は腹の横に、右手を胸の前に肘を身体に付けるように置く。
「号令とかも、まぁ別にいらんよな?」
いい笑顔でホルトルに微笑んで見た。
多分、ちょっといい塩梅に邪悪な顔になってる事だろう。
「あ?」
ホルトルの返事を待たず、右足に力を込めた。
身体を沈ませず、反動も付けず、一本の矢となった気持ちでホルトルへ突っ込む。
虚を突いた。
そう思った左の拳は狙い違わずホルトルの腹部に吸い込まれるように入り・・・弾かれた。
硬い、いや、違う。ゴムの様な・・・、まるでタイヤでも殴った様な・・・。
「けぇい!」
即座に飛び離れたその場所にホルトル拳が降っていた。
危ねえ、虚を突いたつもりが誘い込まれたか。
「くははっ速いがそれだけじゃあなぁ。ほれ何か隠してるんじゃねぇのか?出し惜しみは無しでいこうや」
心底楽しそうに悪い笑みを浮かべるホルトル。両腕を広げて手をヒラヒラさせて嘲笑う様は悪役にハマりすぎてて笑える。
「そういうお前こそ、先に出す物があるんじゃねぇのか?いいのか?出さなくて」
再び予備動作なしでホルトルに突っ込み、目の前で方向転換。ホルトルの左側に回り込みながら横腹に左を一発入れる。
やはり弾かれる。
とても人を殴ってるとは思えない。
離脱する事を考えた攻撃ではダメージが入る気がしない。
よし。ならば・・・
間を置かず、ホルトルの手の甲が降ってきた。
裏拳とか、バックハンドブローといった感じではない、うるさいハエを払う。といった手の振りだ。
これでもホルトルの力なら十分に脅威だが・・・、振られた腕に左腕を添え、地に足を噛ませ、
「かっ!」
受け流す様に打ち、それた腕をさらに遠くへ投げ飛ばす様に弾く。
あらぬ方向に流された腕にバランスを崩した所へ、
「つぇい!」
渾身の右の拳を腹部に打ち込んだ。
地を踏みしめて蹴り、その力を余す事なく拳に乗せて打ち出したその衝撃がホルトルの腹部を突き抜けた。
よし!通った!
ホルトルの身体がくの字に曲がり、跳ねる様に後ろに下がった。
ホルトルは驚いた表情をした後、笑った。
「こいつぁ驚いた。その小せえ形とその細っこい腕のどこからこんな力が出てきてやがる」
殴られた所をさすりながらホルトルはどこか嬉しそうだ。
「しかし、マリウラのチビ共の技にも似ちゃいるが、てんで別物だな。どこの技だ?」
マリウラって便利屋の種族だったか?
・・・似てるかな?しかし・・・
「ここからずっとずっっっと遠い国だよ」
そうとしか言いようがない。
「くかかっ、俺が勝ったらその辺を詳しく教えてもらうぞ」
ホルトルはそう言うと右足でもって地面を強く踏んだ。
ズンッと響く音と共にホルトルから力が地に流れていくのが分かる。
ホルトルから流れた力が地中で渦巻き、形になって迫り上がる。
ズズズッと音を立てて迫り上がるそれは・・・、棍?
ホルトルの身の丈と同じくらいの長さの棍が瞬く間に生え、ホルトルはそれを手にクルクルと器用に回してみせた。
「速えぇのは別にいいが、丈が違いすぎてやり難くてかなわねぇ。ちっとばかし俺も本気出すぜ」
楽しげな笑みを浮かべながら、その振り回す棍はどんどん速度を上げ、
ビュォォォォォ、と空気を切り裂く異音を上げはじめた。
その太い指で器用に回すなぁ。しかし、ホルトルが持てば棍だが、俺から見たら金棒と変わらんな。
「つぇい!」
振り回す棍の速度を落とす事なく、いや、更に加速させて棍が袈裟斬りに降ってきた。
さして間合いを詰めてきた様に見えなかったが、伸ばした腕から更に伸びてくる棍は容易に俺の頭のあった場所を切り払った。
危ねぇ。
来るタイミングが分かったから避けれたが、もう少し反応が遅れたら危なかった。
「ふははっ!」
ズドォン
ホルトルが笑いながら、爆発音を響かせ突っ込んでくる。
跳ねただけで爆発するとか、行動が一々派手すぎる!
短く持ち替えた棍を振り回し、左右上下と尋常ではない速度で俺を狙い打ち据えてくる。
この棍は素手じゃ受けれない。が、避けれない事はない。
ホルトルの振り方が素直過ぎる分、読みやすく避けやすい。だが棍が速すぎて間合いも詰められない。
なら一旦離れたい所だが、離れるのを待たれている気がする。どうするか。
付かず離れず棍を避けているとホルトルが先手を打ってきた。
身体を横に回転させ、右手で裏拳を打つ様に棍を振り回し、薙ぎ払いにしてきた。
チャンスだ。
大振りの一撃をしゃがんで躱し・・・、手に棍がない⁉︎間髪置かずに振られる左手には棍が。
しまった!
躱せない。受けるしかない。
咄嗟に右腕を下からかち上げる様に棍ぶつけた。
バキャッ
右腕に来る衝撃に逆らわず、吹っ飛ばされるがままに地を転げる。
腕は・・・。
「ようやっと出したか。何か隠してるたぁも思ってたが、中々変わったもの持ってんな?そりゃなんだ⁇」
ホルトルが棍の先と俺を見比べながらに言った。
よく見れば棍が短くなり、片方の先に砕けた跡が見えた。
そして俺の右腕は小手に包まれていた。
すっかり鎧の事を忘れてた。
俺の本気・・・まぁ確かにこの鎧も俺の一部みたいなものか。
「まさかこれで終いとか言わねぇだろうな?」
ホルトルが棍を投げ捨て、地に両手を付いた。
ホルトルの中で巨大な力が渦巻き、地に流し注がれて形になる。
「ふんっ」
と一喝。地中に出来たそれを引き抜いた。
また爆発するかと思ったそれはズルリと姿を現した。
剣?斧・・・槍・・・いや、ハンマー?
剣の様に刃が付いている様にも見えるが酷く分厚く、先の方に向かって広く開き、剣先はハンマーの様な円柱状の塊が付いている。刃渡りだけでもホルトルの半分ほどの長さがあるが、柄の部分は更に長い。
全体が黒く岩のようなこの塊は、これは果たして武器と言っていいのか??
やれやれ、その塊をさっきの棍と同じに振り回すのかよ。マジホント化け物じゃん。
土を払い、立ち上がる俺を見てホルトルがニヤリと笑った。
一応、右手の確認をしておく、指も手首も肘も・・・良し。
左手の小手も出し、靴の形状も足甲に変える。
さて第二ラウンドだ。
気を引き締めて巨大な得物を肩に担いだホルトルに対峙する。
その巨大な圧力に頭から押し潰されそうになる。
心臓がバクバクと鳴って収まらない。
「怖えなぁホルトルさん。あんた本当に強えよ」
さっきの様な機先を取った攻撃を警戒していたホルトルが少し気を緩めた。
「そういうジンさんは俺の会った中じゃダントツにぶっ飛んでる。最後にあんたに会えて俺ぁ幸せだよ」
ニカッと笑うホルトルのその笑顔は本当にいい顔だ。
その笑顔に恐怖が吹っ飛んだ。
もうワクワクしかしない。
ホルトルからのし掛かる圧力がむしろ心地よい。
「さあ」
右足を引き、右手胸の前に脇を締めて、左手をホルトルに向けて伸ばし、やや腰を落とす。
「さあ」
ホルトルもやや右足を引き、得物を肩に担いだまま腰を落とした。
「さあ」
ゆっくりと息を吸い、そろそろと吐き出す。自分の中に力が溜まっていくのが分かる。
「さぁ」
ホルトルから湧き出る圧力が渦を巻き、吸い込まれる様にホルトルの身体に溜まっていく。
熟した。
「ホルトル・ガ・イレグェン!貴様の悪逆非道もここまでだ!大人しくしろ‼︎」
なんか聞こえた。
それを合図にして俺とホルトルは真っ直ぐに、互いへと突っ込んだ。




