巨人
「フーカ」
「はい」
「ここかな?」
「かと、思われます」
この街は基本、赤茶けた道と赤茶けたビルの様な建物でできている。
大きな通りや空き地はあるが、塀といった物が一切なかった。
それが便利屋の地図を頼りに、道を進んで来た俺らの前に見えたのは、これまで一度も目にしなかった塀だ。
俺の身長の倍以上もありそうなこの塀は、高さが四メートル以上もあるだろうか?その角には物見櫓の様な塔も見える。
城か何かだろうかここは。
便利屋が一際デカい敷地って言ってたが、デカすぎないか?
あとはデカい門番だが・・・、まさかアレか?
塀沿いに歩いているその向こう。塀の上に頭が一つ月明かりに照らされて浮き上がっている。
どんだけデカいんだ?
っていうか、アイツ獣耳が付いてないな。
「フーカ、アレはなんだ?」
「背丈が五メートル以上もありそうですね・・・。そんな種族は巨人族しかない思いますが・・・、初めて見ました」
ほう、巨人とな。
「それはどんな種族だ?」
「性格は温厚な者が多く、知に長けた種族であると聞きます。ただ、一度怒ると手が付けられなくなるとか」
「そういえば巨人族の国は貧しいとか、傭兵として他国に貸し出す事で外貨を得ているとか聞いた事があったなぁ。私の国には居なかったからよく知らないが、巨人を門番として雇うことが貴族のステータスになっているとかなんとか・・・」
ふむ。
「確かにあんなデカくて目立つのが門の前に立ってたら派手だわな」
金持ちとか偉い人の考えなんて分からんが、権力のひけらかしにはなりそうだ。
塀に沿って歩く中、門前に辿り着く前に、門番らしい巨人と目が合った。
デカすぎだな。
巨人にチラチラと見られながらやや歩き、やっと門の前に着いた。
塀が屋敷の方に凹んでいてちょっとした空間が作られている。奥に塀を切って蝶番を付けただけの様な門が見えた。
それで塀の向こうに門番が居る様に見えてたのか。
しかしこの門番、デカい以上に佇まいが派手だ。
ローマ風の鎧とでも言うのだろうか。
筋肉の形を模した胸鎧にマントを付けてる。腰からはジャラジャラと鉄板のような物が垂れて膝上まで隠し、足は鉄板を貼り付けた様な膝下まであるブーツを履いてる。
なんだろうか・・・変態かな?
ここまで変な格好してるならモヒカンヘルムまで被ってて欲しかった。蓬髪というのかな?ざんばら頭を無理やりオールバックに撫で付けた様な頭がいっそ見苦しい。
「夜分遅くまでお疲れさん、ここはホーローさんの屋敷で間違いないかな?」
見上げた遥か上に顔がある。
見上げて話すのも疲れるので目の前にある膝に聞いてみた。
・・・。
返事がないな。
ま、いいか。
「ちょっと呼ばれて来たんでな。通らせてもらうよー」
膝頭をペチペチと叩き通り過ぎようとしたら、
ズドンッ
目の前に鉄板が降って来た。
・・・なんぞ?
コンコン
指先で突いて見たが結構な厚みがありそうだ。両側が斧みたいに湾曲してて、真ん中から太い棒が生えてる。
斧みたいってか、コレ斧か。
俺の目の前に斧を降ろした巨人の顔を見るが、そっぽを向いたまま知らん顔をしてる。
ふむ。
あくまで無視で通す気ですか、そうですか。分かりました。
「おい、おっさん。俺は呼ばれてここに来てるんだが?聞こえてるか?邪魔だから勝手に押し通るぞ?」
膝頭に話しかけてペチンと叩いて見るが、反応はない。
仕方ない。やるか。
斧から離れ、距離を取る。
ふむ。
距離にして五メートル程、助走距離としてこの位あれば十分かな?
爪先で足を引っ掛ける穴を軽く掘り、フーカとビリィを手を振って下がらせる。
足を引っ掛けて体勢を低く落とし、両手で抑え、角度を作る。
足を地面に食い込ませ、身体のバネを引き絞る。
ふぅ。
この身体で本気で走るのは初めてだ。
さて、どうなるかな?
ゆっくりと引き絞ったバネを一気に解放し、斧に向けて跳ねた。
足が滑らない様に一歩一歩、注意深く踏み出し、地を噛ませて蹴り、さらに加速する。
額に掛かる空気の圧力が邪魔くさい。
それを押しのける様にさらに低く跳ね、地を蹴って両足を胸の前に引き戻し、体勢を入れ替える。
滑る様に目の前に迫ってくる巨大な斧を思いっきり、
「つぇりゃ‼︎」
両足で蹴飛ばした。
ズバンッという破裂したような音がしたと思う。
加速した勢いも、両足に込めた力もそのまま斧に打ち込めたと思う。
だが、足から伝わるインパクトが妙に軽かった。
重いものを蹴った気がしないんだが・・・、激しい破砕音がしたと思ったら、周囲に物がなくなっていた。
斧も塀も、巨人の姿も見えなくなっていた。
ただ、塀の無くなった先から現れた大きな建物の真ん中に穴が空き、もうもうと煙が立っているのが見えるだけ・・・。
斧のあった場所に倒れている自分の身体から力を抜いた。気付けば満天の星空が見えてた。
星が綺麗だなぁ。
星座とかよく知らんけど、星もあるし月もある。割と元の世界と変わらないのかもなぁ。
「ジン、やりすぎ」
声の方を見れば、寝転がってる俺の顔を覗き込むビリィの顔があった。
「違うぞビリィ」
「何が?」
「俺は邪魔だった斧を蹴飛ばしただけだ。門を壊したのも門番を吹き飛ばしたのも、建物を壊したのも斧だ。俺じゃない」
「なるほど」
「なるほどじゃありませんよ。納得しないで下さい」
ビリィは聞いてくれたが、フーカは駄目だったようだ。まぁ、当たり前か。
「それでこんなに派手に壊して・・・どうするんですか?」
どう?
「どうもしない。俺はちゃんと門番に聞いたぞ?斧の所為ってのは冗談にしても、門番がちゃんと対応しなかったのが問題なんだから」
とはいえ、いつまでも寝ていてもしょうがない。
起き上がり、身体に付いた土を払う。
穴の空いた屋敷の方を見れば大変な騒ぎになってる。
なんだなんだと手に武器らしい物を持った連中がわらわらと出てきた。
しかし、あの巨人はどこいった?
「んだ⁉︎てめぇはゴラァ‼︎」
「てめぇ生きて帰れると思うなよ⁉︎」
「てめぇどこのもんじゃ‼︎」
「何か言う事ねぇのかゴラァ‼︎」
一人が叫び出すと一斉に喚き出すんだな。非常にうるさい。
さて、なんて言い返してやろうか。
俺がやらかした事とはいえ、最早落ち着いて話し合いが出来そうな感じでもない。
とりあえず、ここは文明人として優しく煽り倒すか。
「あー」
口を開いた所で、右側の方からズドンと腹に響く大きな音が立ち、土煙が舞った。
その土煙を振り払って巨大な男が・・・⁉︎
って、さっきの門番か。思いの外遠くまで吹っ飛んでたんだな。
「ふぎらぬぐがぁぁぁぁ‼︎」
巨人が何が喚いてる。
デカい身体に合った地面が割れそうな程の野太い大きな声だ。
ってか、何言ってるか分からん。
巨人がその長くでデカい腕を振り上げ、地面へを叩き付けた。
ズドンと地を震わせて巨人の手が手首までめり込んでる。
おぉおぉ、揺れる揺れる。地震だ地震。すげぇ馬鹿力。
地面に突き刺さった腕を、身体中の筋肉を怒らせて・・・おぉ?地面が割れる⁉︎
メリメリと地が割れて・・・、巨人と同じくらいの大きさの岩の棍棒が出てきた。
あぁ、今のは魔法か。
土を魔法で岩に変えて引っ張り出したのね。随分と乱暴な魔法もあったもんだ。
巨大な岩の棍棒を担いだ巨人と目が合った。
すんごい表情だ。
目が血走り、顔中に血管が浮き出して真っ赤を通り越して赤黒くなってる。
なんかに似てるな・・・。
あ、アレだ。メロンだ。ネットメロンの網に似てるわ。
「ぶふっ」
なんとも汚いメロンがあったものだと考えてたら、思わず吹き出してしまった。
「うるあらあだぁだぁぁぁああ‼︎」
より怒らせてしまった様だ。
肩に担いだ岩棍棒をノーモーションで振り下ろし、俺目掛けてぶん投げてきた。
当たらないけどな。
一瞬前まで居た場所に岩棍棒が突き刺さり、爆発した。
盛大に土砂を巻き上げ、俺を囲おうとしていた熊人達に降り注いだ。
ぐわぁぁ!とか、ぎゃぁぁ!とか聞こえてきているが、そっちに構ってる暇がない。
岩棍棒を放り投げると同時に走り出していた巨人が土にめり込んだ岩棍棒を引き抜き、再び俺に向けて振りかぶっている。
あんなの喰らったら一発でぺしゃんこだね。
怖や怖や。
ささっと熊人達の群れの中に逃げ込む。
馬鹿野郎!とか、こっち来んな!とか聞こえてるが気にしない。
俺を掴んでこようよする大柄な熊人の股を潜って躱し、横殴りに振られた岩棍棒の方に突き飛ばして逃げる。
おぉ、横っ腹に岩棍棒を喰らったデカい熊人が数人まとめてふっ飛んだ。
飛距離でいったらセカンドフライって所かな?
・・・結構飛ぶな。
「うっだらだぅだっでどぅららるだぁるぁ‼︎」
よく分からん奇声と共に、見境なく岩棍棒を振り回す巨人。
周囲から上がる罵声は悲鳴に変わり、今や泣き声すら聞こえるまでになってしまった。
いや、こんな大振りしか出来ないような棍棒を喰らうなよ。
疲れ知らずに振り回してる様に見えなくもないが、危なそうだったのは最初の一発だけだったじゃんか。後は大振りな打ち下ろしか横殴りだけ。
横殴りだって野球のバットでゴルフボール打つ様なもんだ。ちょっとズレるだけて当たらねぇのに・・・、泣く事ないだろ。
・・・こいつ、俺が止めなきゃ駄目なんかな?
「タリスガッカ!何をしている‼︎」
おや?
半壊した屋敷から、襟元のファサファサした偉そうなマントを羽織った熊人が出てきた。
闘技に出ていた大柄な熊人よりも一回りデカい。というか筋肉質な奴が多い熊人と比べて、こいつは一回り肉が厚い。何食ったらそんなデカくなるんだ?
ファサファサの熊人の声は結構な威圧感を含んだ怒声だったが、怒れる巨人の耳には届かない様だ。
執拗に俺に向けて岩棍棒を振り続けてる。
誘導してあげよう。
振り下ろされた岩棍棒を躱し、巨人の股下を走る。
「あだららがらだぁらぁだぁ‼︎」
より怒りを買った様だ。
岩棍棒を躱しながら屋敷に向かって走っている所で、ファサファサの熊人と目が合った。
こちらもかなりお怒りのご様子で視線だけで殺せそうな眼差しを頂いたが、すぐに巨人へと視線を戻し、走り出した。
お、何する気だ?
ファサファサはファサファサの付いたマントをなびかせて走り、俺に向けて振り下ろされて地面にめり込んだ岩棍棒に飛び乗り跳ねて、巨人の腕を台にしてさらに跳ねた。
ファサマントをひるがえし、巨人の眼前で一回転したファサファサは、後ろ回し蹴りを巨人の顎にぶち込んだ。
ベギッという生々しい音と共に巨人の首が90度横を向いてる。
白目を剥いた巨人は膝を突き、砂埃を巻き上げで倒れ伏した。
いやぁ、美しい弧を描いた後ろ回し蹴りだったなぁ。いや、胴回し回転蹴りかな?
不安定な足場から跳ねたにも関わらず、一切崩れる事なく目標を綺麗にぶち抜いた、あの体バランスは素晴らしい。
眼福眼福。
しかし、巨人は生きてるかな?
うつ伏せに倒れてる巨人に歩み寄り、蹴られた場所を確かめてみる。
いい音がしてたけど、折れてないな。打ち身と首の捻挫といった所か?いやはや頑丈なヤツだ。
「おい、貴様」
ん?
あぁ、俺か。後ろを振り向くとファサファサと目が合った。
「何者だ。何用でこんな事をした」
言葉は落ち着いてるか、顔の血管が今にも切れそうなほど浮き出てる。
怖や怖や。
「何者も何も俺ぁ呼ばれたから話をしに来ただけだ。それをこのデカいのが話も聞かず暴れ出したのが悪い。俺のせいにされても困る」
嘘は言ってない。
「お前・・・、闘技のイカサマ冒険者か」
「気付いてくれたのはありがたいが、イカサマはいただけないなぁ。俺は普通に賭けしてただけだが?」
「迎えにやったヤツはどうした?」
「知らん。俺の部屋の前でドンチャン騒いでるんじゃねぇか?」
おや、血管が引いたな。
この状況で怒りを引けるとは大したヤツだ。
「馬鹿を出し抜いたにも関わらず、殊勝にここまで出向いた事は褒めてやる。付いて来い。貴様の望む話をさせてやろう」
・・・。
褒められちゃった。




