賭け
ファサファサマントの熊人の後ろを歩き、玄関らしき扉の大破した瓦礫の上を歩き、中に入った。
・・・広い。
ホテルの入り口に設えてある広間に似た広い空間の真ん中、幾つも置いてある椅子やらテーブルやらを弾き飛ばして、見覚えのある鉄塊がその真ん中に生えてた。
どこまで飛んだのか、若干不安だったが・・・、アレだな。
瓦礫を撒き散らした破壊の末路の様な、窓から差し込む月明かりに照らされて、なにやら不思議なオブジェ感がある。なんかカッコいい。
ファサファサは破壊のオブジェと化した斧を一瞥しただけで通り過ぎ、奥の両開きの大きな扉へと進んでいった。
何か言われるかと思ったが・・・、いいならいいか。
黙ってファサファサの後ろを歩き、奥の扉を抜ける。扉の先は広くて長い通路だった。
通路の終わりが見えない。どんだけデカいんだこの屋敷。
・・・屋敷?
さっきの広間といい、この無駄に広い、どちらかというと大きな物資を運ぶため、と言わんばかりの通路といい、個人の屋敷というよりは何かの施設みたいだ。
そういえば、ホルモンはこの街の顔役とは聞いたが、なんの仕事をしてるヤツなのか聞いてなかったな。
ファサファサに付いて歩き、通路の一番奥の扉の前を左に曲がった。
曲がった先には階段がある様だが・・・、なんだろう。扉の奥が妙に騒がしい。
なにやら怒号めいた声が聞こえる。まぁ、後に分かるかな?
ゆるい右曲がりの曲線を描いた階段の先、幾つかの扉を通り過ぎ、やたらと豪華な扉の前でファサファサが止まりノックした。
扉が薄く開いた。
「件のお客様をお連れしました」
ファサファサの丁寧な言葉の後に、薄く開いた扉が静かに閉じた。
扉の奥から何か言っていた様だが聞こえなかったが・・・、剛力無双って感じのファサファサが丁寧に畏まっている所を見ると、顔役は思ったよりしっかりしたヤツなのかもしれない。
少し待った所で再び扉が開いた。
扉から熊耳の付いた長身の女性が出てきて、ゆったりとした動作で俺の方に向けて頭を下げた。
デカい熊人と並ぶと普通の長身美女といった感じだが、尺が違いすぎる。目の高さに胸があるんだから・・・身長が二メートル位か?
「ジン様、でございますね。主人が奥にてお待ちでございます。こちらへどうぞ」
袖裾の長い足首まで隠れるゆったりとした白を基調とした服。腰を幅の広い帯で締め、女性特有の曲線が誇張しすぎるでもなく強調されている。
なんというか、所作を含めて非常に美しいな。首から下げられた華美過ぎない首飾りがまた良く映えてる。
短く切り揃えられたストレートの髪がよく似合う。
しかし・・・、この人はなんだろうか?
使用人やメイドと言うには仕事に向かない服だろうし・・・秘書的な感じの人かな?
美人さんに促されるまま部屋の中に入った。
中は金銀に派手に装飾された、広い部屋だった。
手前には金に縁取られた派手なソファーとテーブルの置かれた応接セット。
目がチカチカする。
右側奥は・・・あれは台所か?案内した美人さんと似た服を着てる肩ほどの長さのストレートの髪型をしている人が何か果物っぽい物を切り、もう一人さらに長い髪を首の後ろで結わえている人が飲み物を作ってるようだ。
左側の奥は、なんか異様にデカい柔らかそうな・・・テーブル?に大きなクッションっぽいのが二つ乗ってる。
いや、アレはベッドか。ちとデカ過ぎて一瞬なんだか分からなかった。
・・・ベッド?何故にベッド⁇
部屋に案内した美人さんが応接セットを通り過ぎ、奥にある一際大きなソファーへと進んで行った。
こちらに背を向けて置いてあるソファーに、その大きなソファーに負けない巨大なモコモコした毛に覆われたなんかが座ってる。
美人さんは巨大ななんかの前まで歩くと、ゆったりとした動作で頭を下げ、その巨大ななんかにもたれる様に・・・座った⁉︎
す、座るのか・・・。
それに対して巨大なモコモコはモゾモゾと少し動くだけだ。
巨大なソファーの先は大きく開かれ、外が広く見える様になっている。ここってもしかして・・・。
後ろを見るとファサファサが後ろ手に扉を閉め、こっちに向かって歩いてくる所だった。
ファサファサは俺とのすれ違い際に小さく、
「付いて来い」
と言うと巨大ソファーに向かって歩いて行った。
ファサファサに付いて巨大ソファーに近づくにつれ、外がよく見えて来た。
すり鉢の様に丸く中央に向かって階段状になっているこれは観覧席か。壁に囲まれた丸く広い中央の真ん中に八角形のリングが見える。
前にみた木の杭に縄を張っただけの粗末な物じゃなく、黒く色を塗られたポールに同じく黒くロープが張られている。
これは見事な闘技場だな。何万人入るんだろ?
リングの周りにはさっき闘技で見た拳にロープを巻いた上半身裸のデカい熊人が思い思いに練習している。
さっき感じた騒がしさはこれか。
格闘好きとは聞いてたが、自分でも育成してんだな。
おや?リングの上で殴り合ってる奴に見覚えがあるな・・・、あいつズズなんとかか?
さっき試合したばっかりなのにもう試合さながらの練習してんのか・・・頑丈だなぁ。
・・・いや、アレは違うな。
相手は完全に格上だし、遊ばれる様にボコボコにされてる。リンチ?
「人族の冒険者」
やたらと野太い声に振り向くと、あからさまに嫌そうな顔をしているモコモコの毛皮に覆われた何かと目があった。
「名前はジンつったか?」
「そうだが?」
黒く浮腫んだ顔。
顔の肉がだらしなく垂れ下がり、目は薄く暗く光ってる。
その目はつまらなさそうに俺を見ると横に動き、だらしなく歪めながらフーカとビリィに見ている。
異相とか悪相とか、そういうのだけじゃないな、この顔は。
五臓五色に出るというが・・・、黒く浮腫んで張りがない顔や腕、それに爪が異様に黄色い。
甘ったるい香料の様な匂いの奥に、何か腐った様なすえた臭いがする。
こいつ肝臓や腎臓辺りやってるな。しかもここまでハッキリ症状が出ていたら末期もいいところだ。もう長くないだろう。
「使いにやった阿呆を出し抜いて、俺の屋敷で暴れたそうだな?」
気だるそうな、気の無い声だ。目だけが異様に光を湛えてる。
「少し違うな。暴れたのは門番のデカいのであって俺じゃない」
黒い熊人の口元が歪んだ。
いや、これは笑ったのか?
「くっくっくっ」
あ、やっぱり笑ってる。
「人族の癖にいいクソ度胸した奴だ。面白え褒めてやる」
褒められちゃった。
「ウチの若えのがイカサマだって騒いでたが・・・、そういう訳でもなさそうだ。ウチの若えのが何したか知らねぇが迷惑かけたな」
そう言って黒い熊人が軽く頭を下げた。
「それで・・・どうやって当てたんだ?ただ運が良かったってだけじゃねぇだろ」
こっちが何かいう前に、綺麗に間を外して畳み掛ける様に言ってくる。
やられた。
頭を下げられた上に、こうも言葉を継がせずに押し込まれたら何も出来ん。
完全にこいつのレールに乗せられた。
「運だよ。便利屋から情報は仕入れた。闘士の顔は見た。後は勘、それだけだ」
「ほぅ、運と勘だけで・・・か」
黒い熊人がテーブルの上にあるガラス瓶に手を伸ばし、赤黒いビー玉程の大きさの塊を二、三粒取り出し、口に入れた。
バリッバリッバリッ
何を食ったらそんな音がするんだ?飴・・・じゃないよな。薬?なのか?
黒い熊人はバリバリと何かを食いながらテーブルにあるグラスを手に取り、一気にあおった。
「おい、人族」
イラッ。
「なんの為に名前を聞いたんだお前。聞いたんなら名前で呼べ!名前で!そんでお前は誰だ⁉︎名前を聞いたんなら名乗れ‼︎」
「くっくっく」
笑われた。
「それはすまんかったな人族のジン。俺の名はホルトル・ガ・イレグェン。この屋敷に住んでるグランカラン好きのクソ親父だ。よろしくな」
そう言うとホルトルは立ち上がり、慇懃に一礼して見せた。
厚い肉に覆われてる巨体だが、その動作に鈍重さは見えない。
むしろその動作一つ見せるだけで少しスリムに見え・・・、あれ?本当に細くなってる?いやまさか・・・。
「俺はジン。ついこの前に冒険者になったばかりの人族だよ。よろしくな」
んん?顔の肉のたるみが減ってる??
顔の色は黒いままだが、わずかに血色もよくなってる気がする。
さっきの赤黒い塊のおかげか?いや、効くのが早すぎだろう⁉︎
そんで劇的に効果が出過ぎじゃないのか??見る間に体格変わってるじゃん。
「それじゃ冒険者のジン。お前の勘と強運を俺にもう一度見せちゃくれねぇか?」
「見せる?」
「おおよ、ここにはリングも闘士もいる。幾らでも試合が組めるぞ?」
「アホか、ここにいるの全部お前の身内だろ。試合もクソもあるか」
「なら、お前の連れを試合に出せばいい」
ホルトルの顔を見た。
その表情に侮蔑や嘲笑の色はない。こいつ、本気で言ってんのか?
「女だが、中々にやる様だ。何、別に素手で殴り合えと言うんじゃねぇ。好きな武器を持ち出しても構わんぞ?なんならジン、お前が出るか?」
本気だ、こいつ。
便利屋は大の格闘好きとか言ってたが、こいつは闘争に関わる全てが好きなんだ。面倒なのに絡んじまった。
「俺が出たら勝負にならん。全部一分以内に俺が勝つからな」
「ほぅ」
ホルトルの目が細くなった。
「大した自信だな」
実際、見た限りで一番強いのはリングでズズなんとかをボコボコにしてるヤツだろう。それでも金級冒険者のキンパイさんよりは弱い。
あれ?アイツの名前キンパイで合ってたっけかな?まぁいいか。
ただ、ファサマントはどうだろうな。もしかしたらキンパイさんより強いかもしれない。
「冗談って訳でもねぇんだな。面白ぇそれなら」
「ジン様」
フーカが割って入ってきた?こんな時に横槍を入れるとか珍しい。
「なんだ?」
「ジン様。その役目、私にやらせてください」
「へ?」
思わず間抜けな声が出た。
「ほぅ」
関心しないでくれ。
「ジン様。是非私に」
おいおい。
そんな超真剣な眼差しで見られても困る。なんでそんなに戦いたいんだ?
「娘、名前はなんだ」
「はい、フーカ・・・と申します」
「フーカ、得物は何だ?」
「コレです」
そう言ったフーカが右の手の平を上に向けて差し出し、光の玉を出して見せた。
「くっくっくっ、やはり芙狐族か。面白い、面白いな。良い試合が組めるぞ」
俺は面白くねぇよ。
フーカを見る。
いつになく真剣な目だ。この目を見るのは二度目・・・、いや、三度目か。
一度目は贄から解放したいと言った時、二度目は従者になると聞かなかった時・・・かな。
駄目、とは言えねぇか。
「お前の連れの意思は硬い様だが?どうすんだ?ジン」
うるせぇよ。
フーカの目を見る。
なんか照れくさかったので頭を撫でた。
「フーカ、許可する。ぶっ飛ばして来い」
「はい!ジン様の従者に恥じぬ戦いを」
そう言ってフーカは深く頭を下げた。
はぁ、俺は農家になりたくて旅してるはずなんだが・・・なんでこんな事になってるんだろうか。
まぁ、全部俺のせいなんだが。
「くっくっくっ良い従者じゃねぇか。最高の舞台を用意してやろう」
イラッとしてホルトルを見た。
・・・誰だよ、こいつ。
最初に見ただらしなく肉を垂らした黒い熊人の面影が全くない。
はち切れんばかりの筋肉に覆われた巨人に迫らんばかりの大男が居た。
ファサマントもデカいがそれ以上にデカい。
こいつを巨人だと言われても普通に信じるな。




