状況
「ここはあっしが持ってる隠れ家の一つです。ここなら多少騒いでも大丈夫ですんで、安心してください」
隠れ家て。
グイトに連れられて入り組んだ路地を階段をとしばらく歩き、そこかしこに点在するドアの一つを開けて建物に入った。
しかし、ただでさえ街並みも色もみんな一緒で見分けが付かないのに、小路地の先は細かい階段があちらこちらに姿を現し、更に一層と迷路具合が酷くなる。
多分もうここに来る事はないと思うが、もう一度行けと言われても多分無理だ。
案内されるままに人の気配のない建物の中を歩き、部屋に入る。
「何も無い部屋で恥ずかしいんですが」
どこか照れ臭そうに話すグイト。
確かにまぁ、見事に何もない部屋だ。生活感のせの字もない。
「人を招くなんて考えてもいませんでしたんで、水も出せませんが、勘弁してくだせぇ」
とりあえず、小脇に抱えていた奴を部屋の隅に置いておく。
とんっ、と優しく置いたつもりだが、埃が立った。
全然手が入ってないんだなぁ。
「兄さんは・・・なんでそいつを連れて来たんで?」
「保険・・・かな?」
「保険ですか?」
「まぁ、まず俺の話しを聞いてくれ。こいつをどうするかはその後だ」
「わかりやした。聞きやしょう」
一つ咳払いして話しはじめる。
「まず、便利屋と別れた後、宿に入ったんだがな。宿の部屋で飯を食おうとしたら眠り薬が入ってたんだよ」
「眠り薬・・・ですか?どうして分かったんで?」
「企業秘密。まぁ多少心当たりがあるにしても、いきなり薬を仕込まれるってのは穏やかじゃない。それにちと何かされるにしても手が早過ぎる。それで一番心当たりのありそうな博打で一緒になってたお前を探してた訳だ」
博打絡みじゃなかったとしても情報は拾えるだろうしな。
「えっと、どこの宿を取ってたんで?」
はて?なんて所だったか。
「フーカ」
「豪腕土熊という宿です」
すげぇ名前だったんだな。
「随分と・・・マッチョな宿を選びましやしたね」
マッチョ?
「料理の美味しいそれなりに良い宿をと聞いて回りましたら、大体の方に勧められましたので」
「あぁ・・・それなら確かに、あっしもそこをお勧めしやすねぇ。量と質ではピカイチですし、部屋も多く備えてやす。ただ・・・」
「なんだ?」
「興行師の上役が仕切ってる宿ですよ」
ほう。
「この街の顔役の一人でして名前はホルトル。こいつは大の格闘好きでして、あの会場にも居たはずですから・・・」
「返金は結構な騒ぎになったからなぁ・・・俺はその時にはもう知られてたか」
「でしょうねぇ」
「しかし、後を付けられてた覚えはないぞ?」
「そりゃそうでしょうよ。冒険者なんて何を生業にしてるか分からん奴を真っ正直に尾行なんてしやしませんよ。それにこの辺じゃ冒険者の人族なんて珍しいですからね。探すだけなら手間なんてかかりゃしませんって」
「なるほど」
そう言われてみれば、耳も尻尾もない奴はあまり見かけなかった気がする。
見かけても商人っぽいのばっかりだったかな?
「それで俺はなんで目を付けられたと思う?」
「そりゃ・・・アレでしょう。イカサマとかじゃないですかい?」
「あぁ・・・勝ち過ぎたからか?」
「ぼいっと出て来て賭けた試合全部で大勝ちですからね。異常を通り越して異様でしたでしょうねぇ」
やっぱりそうなるか。
あとこいつが襲われてた理由だが、真っ直ぐそのままに考えるならイカサマの主犯か共犯と思われたって所が筋だろう。
だが、こいつは俺を殺そうとした。
殺気もなかったし、実際動く前にビリィに潰されたから確かではないが、おそらく間違いない。
理由は分からんがこいつには別に狙われる理由もあったと見るべきだな。
そして、それは俺を殺してでも知られたくない事だったと。
怖や怖や。
ここから先は藪蛇だな。
「あとは眠り薬を指示したヤツが、そのホルモンだと裏が取れればいいんだが・・・こいつは使えるかな?」
小さい寝息を立てて身動き一つしない監視役の熊人を見る。
便利屋の監視役がどれだけ事情を知ってるかは疑問だが・・・試す価値はあるか。
「知ってる可能性はあると思いやすよ。そいつはケルムつって監視役と言うよりは指示役的な役割を持ってるはずです」
「ほう、適当に捕まえたが当たりを引いたか」
「何かしら知ってるとは思いやすが、おとなしく教えてくれるとは思えやせんぜ?」
「まぁ、そこは試してみよう」
眠っているケルム君の身体を起こし、壁に背中を預けさせる。脚を胡座をかく様に組ませて、手を膝に置く。
こんな感じでいいかな?万知さん。
あとは額に付けられている睡眠の魔法に触れる。
まだちゃんと魔法は効いてるな。
この魔法の上から万知さんが新しい魔法を乗せる。
ちゃんと効けばかなり怖い魔法だが・・・。
額に青白い文様が浮かび、ケルム君がパチリと目を開いた。
「おぅ久しぶりだなケルム。俺の事覚えてるか?」
起きるのが分かってても、寝てるヤツが急に目を開けるとビビるな。
さて、上手くいったかな?
「ん?おぉ、久しぶりだな。元気してたか?」
目は開いてるが、焦点が今ひとつはっきりしてない。どこかぼんやりとした目だ。
上手くいったようだ。
「おぅ、お陰様でな」
この魔法は寝ている奴に夢を見せる魔法だ。しかも見ている夢の設定を自由に作れるというスグレモノ。
上手く刷り込みができているなら、ケルム君には俺が無二の親友に見えている筈だ。
「お陰様たぁ随分の殊勝な言い分だな。おめぇも丸くなったもんだな?」
親しげなのは分かるが、キャラ設定が分からん。俺はどんなヤツになってるんだろうか?
「うるせぇよ。それでお前、なんか随分と忙しそうじゃねぇか。何かあったんか?」
「おお、それよ。聞いてくれよ」
目を輝かせて大事を話そうとしてる所を見ると心が痛む。まぁ、許してくれ。
「闘技の賭場が新参の冒険者に荒らされたってな、ウチの親分が怒っちまってよぉ。それに便利屋のグイトが絡んでるってんで、こちとら大わらわよ。
まぁ、グイトのヤツぁ前々から怪しいとは思ってたんだが、中々に尻尾を掴ませねぇヤツでなぁ。しかもいつの間にかウチの下っ端どもに顔を効かせて来てやがってて、どうしたもんかって時にこの騒ぎだよ。全く面倒ったらありゃしねぇ」
「それじゃ何か?その冒険者はグイトのヤツに言いように使われてるってのか?」
「いやぁ、これは俺の当て推量だがな。あの人族はグイトに呼ばれて荒らしに来たヤツじゃねぇかと思ってんだよ。考えてみろよ新銀の人族の若造冒険者がいきなり棒にのって立ち見なんか出来るわけがねぇ。サマの仕掛けは分からねぇが何かやったに違いねぇ。しかしグイトの野郎、賭場なんざ荒らして何するつもりなんだか」
怪しいってだけであの人数で襲ったのか・・・。その世界って本当に乱暴だなぁ。
「それで冒険者の方はどうしたんだ?」
「タイークに任せたからな、何をどうやってんのかは知らねぇ。あの馬鹿、最近下手打ったばっかりだかんなぁ・・・。ちったぁマトモに仕事するとぁ思うんだが・・・、これでまたあの馬鹿がヘマったら俺の仕事がまた増えちまう。そうなったら野郎、どうしてやっかなぁ」
その心のこもったため息が痛い。中間管理職が苦労するのはどこの世界も同じか。
「そういやぁおめぇ・・・誰だっけか?」
ケルム君が目を細めて首を傾げてる。
おっといかん。効果が切れてきたな。
「俺を忘れるたぁつれねぇなぁ。まぁ、そんだけ疲れてるってこった。今のとこはゆっくり休め」
額に手を当ててやる。
「いや、お前、ひとぞ・・・く?」
寝たな。
ちょっと危なかった。
「兄さん?なにやったんです?」
「夢とお話しする魔法だよ。便利屋はイカサマの主犯と思われてたみたいだな」
「話した事は覚えてるんですかい?」
「便利屋、昨日見た夢は覚えてるか?」
「えぇ、まぁ、多少は」
「そんな感じになる」
らしい。
「それはまた・・・恐ろしい魔法ですねぇ」
それは俺も思う。
「それじゃ裏も取れた事だし、そのホルモンのトコに行くか」
ケルム君はどうするかな・・・、道端にでも捨てとくか。
「いや、兄さん。裏が分かったとしても、証拠がないですぜ?シラを切られたらどうするんで?」
「どうもしねぇよ。ただお話しして気に入らなかったら一発ぶん殴るだけだ」
「ぶん殴るてそんな・・・、それに兄さん、兄さんらは宿から抜け出してきたんでしょう?今頃、あちこちで探されてるんじゃないんですかい?そんなノコノコと・・・」
「あぁ、それなら大丈夫だ。部屋を一つ封印して来たからな。朝まで解けないからそれまではバレないはずだ」
「封印・・・ですかい?」
「おぅ。飯は眠り薬の入った汁物以外は全部食ったし、汁は残さず片付けてある。後は部屋を完全防音で封印したら、部屋の中で寝こけてるとしか思わんだろうと思ってな」
美人を二人も連れて、いい部屋とって、一つの部屋にみんなで閉じこもってたりなんかしたりしたらする事は一つだ。
って普通は思う。と、思う。
「く、食ったんですかい⁉︎眠り薬と一緒に出された物を?」
「食った。まぁ確かに美味かった。ただ肉が多すぎて飽きたけどな」
野菜食いたい。
「それなら・・・まぁ」
グイトがチラリとフーカとビリィの顔を見て、言葉を飲み込んだ。グイトも色々と想像したようだ。
「その封印ってヤツは外から簡単に開けられないので?」
「簡単というか、宿を丸ごと吹き飛ばしてもそこだけ時間が止まったみたいに動かないって代物だ。夜が明けるまで俺も入れねぇよ」
馬鹿みたいに強固に仕上げた代わりに、部屋の中は文様まみれに刻まれたけどな。
まぁ、飯にオイタした代償と思ってもらおう。
「さ、便利屋。ホンモンとかいうヤツの家を教えてくれ。それとも便利屋も一緒に行くか?」
「いやぁ、あっしぁ遠慮しておきやす」
「そうか」
一人で・・・もしくは仲間とか集めてなんかする気かな?まぁ、俺の知ったこっちゃないが。
「道案内は出来やせんが、代わりにコレを持ってって下だせぇ」
そう言ってグイトが服の内側から紙を取り出して広げた。
地図かな?
「これはあっしが作ってる案内用の地図なんでやすがね」
自作か、便利屋って本当に色々やるんだなぁ。
広げられた地図には飯屋、宿屋から武器防具屋、土産物屋みたいなのまで細々と書き込んである。
観光案内図みたいだな。
「あっしらがいるのがこの辺になりやす。ホルトルの屋敷は・・・、この辺りになりやすね」
地図には裏道や穴場と書かれた場所もあるが、書かれていない空白地帯も多い。
グイトはペンを取り出すと迷いなく走らせ、今いる場所とは反対側にある空白地帯にサラサラと道を書いていき、丸をした。
「多少ズレはあるでしょうが、一際広い敷地に一際デカい門番が立ってやすから、すぐに分かるでしょう」
どれだけ熟知してたらこんなスラスラと書けるんだ?
グイトは地図を手早くたたみ、差し出して来た。
「ありがとう。まぁ、迷ったらその辺のヤツに聞くよ」
地図を受け取った。
「聞くんですかい?」
「聞くさ。別にやましい事をする訳じゃないんだから」
地図をフーカに渡し、ケルム君を担ぐ。
「それじゃ便利屋。世話になったな」
空いてる手に銀貨を持ち、グイトの前に差し出した。
「・・・へい、頂戴いたしやす」
少し戸惑った様に見えたが、いつも通りの笑顔を浮かべて銀貨を受け取った。
それでいい。俺らはただの便利屋と客なんだから。
「じゃ、またな」
「へい、兄さんもお気をつけて」
「おう」
さて、何が出るかな?何が出るかな?




