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魔石と銀貨

 観覧台近くの奥にある小屋。

 まぁ、形としては小屋だが屋根があるばかりの簡素な木造の建物だ。

 地面と同じ赤茶けた建物が立ち並ぶ中で、この木造の小屋は広場の端にあるといえど、視界に入ると非常に目立つ。


 木の柱を組み合わせただけの、むき出しの壁の奥では小柄な熊人が数人、何か仕事をしている様だった。


 小屋に近付くと小柄な熊人の一人と目が合った。


「台か?もう人が入れる余裕なんかないが、行くか?銀貨八枚だ」


 思ったより高いな。


「いや、棒を貸してくれ」


「棒?あんたが?乗れんのか?」


「乗ったことはないが乗れると思う」


 小柄な熊人がやれやれといった風に頭を振り、眉間に皺を寄せて息を吐いた。

 同じ小柄な熊人でもこいつは可愛くないな。


「人族って奴はみんなそう言うんだよ。コカしたら他のお客さんに迷惑が掛かるんだ。乗ったことのねぇ奴にゃ貸せねぇよ」


 まぁ、言ってる事は分かるが、試しもしない内から門前払いはいただけない。


「やってみなきゃわからんだろう。失敗したら返金なしで没収なんだろ?一回貸してくれ」


「やめとけ、そう言って借りてってマトモに使えた人族はいねぇんだ。他のお客さんに迷惑が掛かる分、俺らの信用問題にも関わってくるんだ。貸さねぇよ」


「じゃ、迷惑が掛からない所で一回試させろ。それならいいだろ」


「こんな人が多い所で試せる所なんかねぇよ」


「裏にあんだろ」


 こいつの言い分は、はたから聞いてたら確かに正しい。俺はゴネてる迷惑な客だろうが、この小屋の裏手の貸し出し用の棒が立て掛けてある横に、少し開けた場所があり、ポツリと立っている棒があるのが俺には見えている。


 多分練習用か、本当に乗れるか試す為の物の筈だ。


「・・・なんで知ってんのか知らねぇが・・・、いいぜ分かった、試させてやる。その代わり失敗したら銀貨千枚だ。自信があるなら問題ねぇだろ」


 うん、ぶん殴りたい。

 ふっかけるにしても随分な額だ。手持ちの銀貨は百枚ちょっとしかねぇのに千枚なんて・・・あるな。

 魔石があった。


「まず銀貨千枚出しな。出せねぇなら試させてやらねぇ」


 魔石の三つもあれば銀貨千枚分くらいの価値はあるだろうが、一方的に分の悪い賭けに乗せられるのは面白くない。


「いいぞ、銀貨千枚だな?」


 適当に引っ張り出した魔石を三つ、見せてやる。


「お前、それ魔石か!本物だろうな?」


「本物だとも、俺が失敗したらこれをお前にくれてやろう。その代わり、俺がちゃんと棒に乗れたらお前が銀貨千枚払え」


「んだと⁉︎てめぇ!」


「人族はみんな失敗するんだろ?だったらいいじゃねぇか。何か問題でもあんのか?」


 人にだけリスクを負(お)わせて、高みの見物なんざ許さねぇよ。ふっかけた分のリスクはお前も負(お)え。


 苦虫を噛み潰したような顔をしながらも俺の手にある魔石から目が離せないようだ。

 降りるなら今しかないってのに何でこんなハイリスクハイリターンに迷うんだ?


 ・・・。


 あれ、もしかして魔石の価値って俺が思ってるより高い?

 もしかしてハイリスク超ハイリターンになってたりする?


「分かった。乗ってやる」


 乗ってきたー⁉︎


 苦りきった顔がさらに脂汗でビッチョリになってる。


「じゃお前も銀貨千枚出しな」


「・・・分かってる」


 のそりとした、緩慢な動きで小屋の奥から重そうな袋を持ってきた。

 それ、本当にお前の金なんだろうな。


「か、確認しろ」


 ズシリと重みのある袋を受け取る。


 ジャカッジャカッジャカッ


 両手に持ち、金の袋を振りながら一瞬、収納にしまい、瞬時に取り出す。


「確かに銀貨千枚だ」


 銀貨の袋を返す。

 本当にこんなのやってもいいのか?


 周囲にはこちらの気にしてチラチラと見る熊人もいるが、咎める様な感じはない。

 仕方ない俺に拒否権がない以上、やるしかないか。


「それじゃ契約だ」


 地面に手を置き、賭けの内容を魔力を持って刻(きざ)む。

 もちろん書いているのは万知さんだ。


「俺が棒に乗れたら賭け金の総取り、俺が棒に乗れなかったらお前の総取り。それでいいな?」


「お、お前、秘術士(ひじゅつし)か⁉︎」


 秘術?

 ・・・なんだそれ?


「お前の言う、『乗る』とはどういう状態だ?」


「の、乗るってのは・・・、立つ。そうだ、棒の上に台が付いてる。それに立たなきゃ乗ったとは言わねぇ」


「分かった」


 地を走る青い光が契約内容を刻み進め、文字を残す。

 最後に四角く囲った契約書の前後左右に丸い円と、それを囲む文字が刻まれた。


 準備が整ってしまった。


「その円に金を置きな」


 左の円を指差して言った。

 反対側の円にさっき見せた魔石を置く。


「後はお前の方にある円に手を置いて、『受諾』と言えば契約成立だ。引くなら今しかないぞ?」


「受諾」


 間髪入れずに受諾しやがった。


「ふっかけて置いて引くのはマリウラ族の恥だ。勝負したからには必ず勝つ!」


 どうしようもねぇ一族だなおい⁉︎


 仕方ない。


「承諾」


 俺の側にある円に手を置き、契約を成立させた。


 契約書が淡い光を湛(たた)え、銀貨の袋と魔石を巻き込んで消えた。


「おい、消えたぞ⁉︎」


「慌てるな。勝った方の懐に自然と入る。そういう契約だろ?」


 もしかして、内容も確認せずに承諾したのか?


「お、おぅ、そうだったな」


 極度に緊張しているのか、見れば細かくカタカタと震えている。そんな緊張する勝負なんかしなきゃいいのに。時には恥を被る事も必要だろうに。

 賭けに引き込んだのは俺だが、さすがにちと心が痛む。


「こっち来な」


 震える手で手招きされ、小屋の裏に案内された。


 カタカタと震える身体で目一杯大きく肩肘を張り、いからせて歩く小柄の熊人は、そのままポツンと刺してある棒を引き抜くと置き場にしまい、端に置いてある棒を持って来た。


「ほら、やってみろ」


 俺に棒を手渡した時には震えは止まっていた。


 腹を括(くく)ったのか、はたまた何か細工でもしたか?


「その棒に変な細工とかするんじゃねぇぞ」


 契約内容に棒に細工しちゃいけないなんて条文はないんだが・・・、まぁいい。


 預かった棒の長さは四メートル程、片方の端五十センチ程が金属製で尖ってて、もう片方の端が手の平程の台になっている。


 ふむ、こうなってるのね。


 っていうかコレ、曲がってない?

 真ん中を持ってクルクルと回すと歪んでいるのが分かる。

 しかも、棒と金属のつなぎ目にヒビが入ってる。


 やり口がセコいな。

 不良品渡しておいて細工するなとは。


 顔を見るとニヤついていた。

 さっきまで震えてた奴が、また随分なヤラシイ顔をしてんな。

 心を痛めた俺が馬鹿だったわ。


「早くしろよ、こちとら忙しいんだよ」


 OK分かった。やってやるクソ野郎。


 不良品の棒を持って、さっき棒が刺さっていた所まで歩く。


 真っ直ぐに刺したならちゃんと立てないだろう。わずかに斜めに刺し、天辺とのバランスが取れている様に調整。


 問題は普通に登ったらまず間違いなく折れる事、登らなくても天辺の台に立てばおそらく数秒と持たずにやっぱり折れるって事。


 ならどうするか。


 一気に飛び上がり、水面の上に立つ様に優しく立てばいい。


 やれるよな?マオ。

 具足になっている魔王鎧をコツンと叩くと、仄かに光った。


 よし、やるか。


 目標、三メートル五十センチ上方、経十五センチ程の台座。


 膝を曲げ、手を大きく下に振りかぶる。


「ふんっ」


 呼気を一つ。手の振り上げに合わせてトンッと軽く跳ねる。

 目の前を通過し、真下に降って来た台座に軽く足を掛けた。

 ミシリとした軋(きし)む音がしたのと同時に、ふわりと少し身体が軽くなった感覚あった。


 無事に着地出来たな。


 ふと顔を上げたなら、さっきまでと大分違う世界が広がっていた。


 おおおおぉ、いい眺め。少し遠いが人だかりの中心にリングが見える。


 あれは八角形?

 木の杭にロープを回しただけのような粗末なリング。

 一応周囲から見えやすい様に一段高くなってるが・・・、場末感が半端ないな。


 そのリングの中でデカい熊人が二人、素手にロープを巻いただけの様なバンテージを付けて殴り合ってる。


 巨大な形(なり)に似合わない機敏な動きで、長い腕を振り回し殴り合う様は壮観だ。

 凄まじい。


 これは見てる方も白熱するわ。


 しかし、ここからだと見え難いな・・・。

 棒から降りようとして、自分が何をしてたのか思い出した。


 呆然と俺を見上げる小柄な熊人と目が合った。


 賭け・・・してたんだったな。


「賭けは俺の勝ちだな」


 不良品渡してまで負けたんだ。文句はないだろ。


 棒から降りた俺に小柄な熊人が激しく睨む。


「テメェ・・・分かっててふっかけたのか!」


 逆に文句が大有りだったか。


「馬鹿野郎、見るのも乗るのも初めてだ。っつか、こんな不良品を渡しといて、よく文句が言えたな」


 軽く蹴りを入れた棒がメリメリと音を立てて倒れた。


 それを見ていた熊人がガックリとうな垂れた。

 それと同時に俺の収納に銀貨千枚が入って来た。


 嬉しくない金だ。

 賭けでパッと使っちまおう。


「おい、棒は借りてくぞ。借り賃は幾らだ?」


 置き場に立てかけてある棒を適当に手に取った。

 すると紐の付いた小さな木の板が降って来た。


 なんぞ?


 木の板にはなにやらよく分からん文様が焼印されてる。棒をよく見れば板と同じ焼印があった。


 他の棒にも焼印があったが、形が違う。

 これは、アレか。勝手に他の人が使ったり、間違ったりしない様にする為の印か。

 なるほど。


 うな垂れた熊人を振り返ったが、放心状態のままだ。返事をする気力もないか。


「・・・」


 ん?

 今なんか言ったか?


「借り賃は、銀貨千枚だ」


 人を殺しそうなんか目だな。怖い怖い。


「そうか」


 爽やかな清々しい笑みを浮かべ、軽い足取りで熊人に近付き、その顔に回し蹴りを入れた。


 イラっとしたせいか、思ったより力が入ってしまったかな。

 一回転して頭から地面に突き刺さったが・・・生きてるな。気を失ってるだけみたいだ。

 頑丈そうでなによりだ。


 小屋に戻ると、こっそりと様子を伺っていた小柄な熊人の一人と目が合った。


「借り賃は幾らだ?」


「銀貨二枚になります」


 少し怯えているが、咎める気はないみたいだ。

 用意しておいた銀貨十枚をそのまま渡した。


「あいつは・・・生きてますか?」


「借り賃に銀貨千枚ふっかけてきたから蹴飛ばしただけだ。生きてるよ」


 あぁ、と納得した風な言葉を溢(こぼ)し目を細くして気絶した熊人を見ている。

 その視線が哀れみなのか、侮蔑なのかは分からんが、もう俺にゃ関係ないからどうでもいいか。


 さっさと小屋を出て、観戦しよう。


 そうで思って小屋を出た所で見覚えのある顔を見つけた。

 いや、正確には待たれていたのかな?


「いやぁ、兄さんやりますねぇ」


 便利屋のグイトだ。


「あの賭け狂いの馬鹿に捕まった時はどうしようかと思いましたが、いやはや真正面から叩き潰すとは・・・」


 賭け狂いか・・・なんか納得だわ。


「見てたんなら助けろよ。そうしたら馬鹿な犠牲者も出たなかっただろうに」


「いやぁ、あっしもそう思ったんですけどね。兄さんが魔石なんか出すから・・・、そんなん見せられちゃあいつはもう引っ込みつかなかったでしょうからね。どっちにしてもどうにもならなかったんですよ」


 あ、やっぱり魔石の価値を読み違えてたっぽいな。


「それでお前は何してるんだ?」


 グイトの背中にさっきまで背負ってた箱はなく、代わりというべきか、観覧用の棒を持っていた。


「いえね、あの箱を背負ってたらあっしも請け師と間違われちまいやすし、それに兄さんに付いてた方が今日は稼げると思いやして・・・ね」


 正直な奴だ。

 けど、そんな照れ臭そうに言われて楽しい言葉でもないのに、しょうがないなぁ、と思ってしまう変な魅力がこいつにはある。


「いいよ、それじゃ一緒に見ようか。色々と教えてくれるんだろ?」


「へい、勿論です。賭けるに困らない情報は持ってるつもりです。なんだって聞いてくだせぇ」


 初めて観るものに解説付きとはありがたい。


「それじゃまずは観るのに丁度いい場所でも教えてくれ」


「へい、丁度良く見えやすい穴場が空いてるんですよ。こっち来てください」


「それはいい、頼むよ」


 スッと銀貨を持った手を差し出すと、全く違和感のない自然な動作で受ける手を出してくる。

 付け届けるのに一切の違和感を持たせないその呼吸の取り方は見事だ。

 お金を渡してる俺が妙な気持ち良さを感じる。


「ところで、グイトはマリウラ族か?」


「へい、そうですが・・・どうかしやしたか?」


「いや、さっきの賭け狂いさんがな。ふっかけて引くのはマリウラ族の恥。とか言ってたんだが・・・本当か?」


「あぁ・・・、確かに昔はそういう風潮もありやしたが、今でも言ってる奴ぁ稀ですよ」


 なるほど。

 本当にただの馬鹿だったのか。心を痛める必要がなくて良かったわ。

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