歯
大穴の空いた壁から、キンパイが顔を出して叫んでる。死んだとか言ってるが・・・。
「誰が?」
あれ?もしかして中で怪我した人でもいたか?そりゃいかん。
「テメェがだ!」
何?
急いで視界を飛ばして穴の中を覗き込んだが怪我人はいない様だ。よかったよかった。
ん?俺が死んだのか?
さっきのは避けたハズだが・・・。
おっと。
穴から飛び出したキンパイが黒い剣をさらに黒くして振りかぶってきた。
なんかする気だな。
さらに一歩下がり、剣の間合いから外して見せるがキンパイは構わずに剣を振るう。
当たり前の様に空を切る剣が黒い軌跡を残し、一拍おいて黒い軌跡が棘となり弾けた。
顔へ飛ぶ棘を右腕をもって外受けに払って弾き、身体に飛ぶ棘を左腕をもって内受けに払い弾く。
「驚かせんなよ、俺はまだ生きてるが?」
「黙れ!今すぐ殺してやる!」
やれやれ。
「それよりお前、お前が踏み潰した人参さんと農家さんに謝れ」
「あ゛⁉︎」
「あ!じゃねぇよ。食い物を粗末にすんなっつってんだろ。謝れ。じゃねぇと」
グシャ
あ゛⁉︎
「じゃねぇとなんだ?言ってみな」
・・・。
「お前、足からメシ食うんだな。器用な事だ」
頭からスーっと血が引く感じがする。
「あ?」
「じゃ、その歯はいらねぇな」
手がワナワナと震える。止まらん。
「おい、何言ってんだ?」
「全部抜いてやろう」
小手からパキパキと音が鳴ってる。
俺の感情に引きずられいるのか、小手が刺々しく歪に変形してた。
まぁいいか。とりあえず前歯を貰いに行こう。
「おもしれぇ、やってみやがれ!」
左足を前に右足を後ろに置き、腰を落とす。
よし、足がしっかりと地を噛んだ。
右の拳を引いて右肩に添え、左手を前に突き出し、キンパイの顔に向ける。
これは、これからお前の顔を右ストレートで打ち抜きますよ。のポーズだ。
つまりはさっきと同じ攻撃をするよと教えてやってるのと同じ。
俺の意図を察したのか、キンパイも剣を上段に構えて、迎撃の体制を取った。
キンパイの剣が上段に掲げられたまま、黒く膨らんでいる。
カウンターを入れる気か?
おもしれぇ。
キリキリと身体のバネを絞る。
準備は出来た。
後はどのタイミングで突っ込むか。
キンパイの呼吸を読み取る。
深くゆっくりとした呼吸だ。さっきまで頭の悪いチンピラのような言葉に似た何かを吐いてた奴と同一人物とはとても思えない。
今、頬を血が流れ伝っているのも気づいていないんだろう。
空気が、張り詰める。
俺らを囲む見物人も息を飲んでいるのが分かる。
そろそろ行くか。
「あっ!」
空気をぶち壊したのは素っ頓狂な声だった。
まさかこの空気の中、俺ら以外に声を出す奴が居るとは思わなかった。
ビリィの声だとすぐに分かったが、ギリギリまで引き絞った身体のバネは一瞬でタガが外れ、キンパイに突進していた。
くそっ横から均衡を破られたせいで身体のバランスが狂った。
が、仕切り直しは無理だ。このまま行くしかない。
気を外されたのはキンパイも同じ様で、体バランスを崩したまま、弾かれた様に剣を振り下ろしている。
タイミングは計らずもバッチリだ。
バギィ
形容し難い音がした。
俺の拳とキンパイの剣が正面からぶつかり合い、俺の拳が剣が纏う黒い塊を打ち抜いた。
だが、顔を狙った拳はやや下にずれ、キンパイの胸を穿った。
地面に叩きつけられる形で吹き飛んだキンパイは、地を転がり壁に叩きつけられていた。
未だ剣を離していないのには感心する。
しかし・・・何だ。
ある意味、決着が付いたと言えるが、このやるせない感じはなんだろう。
「思い出した!お前イッ君だな!」
ぶち壊しにも程がある。
イックンて誰よ?
緊迫した空気にヒビを入れたばかりか、崩壊させたビリィがそんな事は関係ないとばかりに、壁に寄りかかって血を吐いているキンパイに歩み寄った。
「お前、エルネフスロラの弟だな?腹違いの」
えるね?また新しい名前が出たな。誰?
「あんた奴隷じゃねぇのか?ってか、兄貴は子爵だ。気軽に呼び捨てにしていい相手じゃねぇぞ」
「ティルフス様が何を思い出そうとしていたのか謎でしたが、そういう事だったのですね」
いつの間にかフーカが横に立ってた。
「エルネフなんとかって誰だ?知ってんのか?」
「ジン様もご存知の方ですよ。話をされた事があるのかまでは存じませんが」
何?
「エルネフスロラ様、パピエン様、イルアルカラ様。ティルフス様の嫁ぎ先候補として帯同されていた方々の名前です。その中でエルネフスロラ様は一番有力視されていた方ですね」
あぁ、護衛の犬耳ズの一人か。パピエンは知ってるが、残り二人。狼耳と柴耳がいたが・・・じゃ、こいつは狼耳の弟か? 体格と耳は似てなくもない。
「やんちゃだが可愛い弟とは聞いていたが・・・、ウチのジンと真正面からやり合うのは流石にやんちゃが過ぎるな」
そう言ってカラカラと笑うビリィ。
こいつ、もしかしてワザと横槍を入れた?
「あんた・・・なにもんだよ」
「さてなぁ、気になるなら自慢のお兄さんにでも聞くがいいさ」
あぁ、人参さんの仇を取り損ねた。
地面に取り残された最後の一本の人参さんを手に取り土を払う。
踏み潰された人参が目に入った。
・・・。
いや、約束は約束だし、歯はもらっておくべきだな。
「ビリィ、用は済んだか?」
人参片手にビリィの横に立ち、キンパイを見た。
「ん、いいよ」
クルリと後ろを向き、ビリィが下がった。
止めるかと思ったんだが・・・、横槍は偶然か?
「んじゃ、約束どお」
「殺せ」
あん?
「これ以上の生き恥が晒せるか。殺せ」
「アホか、お前を殺す理由が俺にはねぇ。死にたかったら勝手に死ね。約束通り歯は貰うぞ」
口の中に手を突っ込んで犬歯を摘んだ。
「だ、駄目です!」
横合いから腕に飛びついて来る兎耳がいた。
「あがががが!」
犬歯を掴んだままだったからダイレクトに衝撃が歯に伝わったみたいだ。
痛そ。
「も、元はと言えば私が人参を、は、払った事が原因です!責めは私にもあります」
ふむ確かに。
左手に持った人参を彼女の目の前に差し出した。
「謝んなさい」
「あ、はい。食べ物を粗末に扱ってしまい、すみませんでした」
「はい、いいよ」
右手に摘んだ犬歯に力を込める。
「ま、待ってください!か、彼も許して下さい」
ふむ。
「謝るか?」
キンパイの目を見る。
目が迷ってる。俺と兎耳のギルド職員?を交互に見て・・・、頷いた。
そっと、犬歯から手を離した。
「わ、悪かった」
本当に謝ったよコイツ。この兎耳によほどの借りでもあるのかな?
まぁ、いいや。
「もう食い物を粗末にすんなよ」
自分で言っててこう・・・締まらないセリフだなぁ。
俺、何してんだろ。




