冒険者ギルド
米があった。
美味い不味いは別にしても、存在した、という事そのものが本当に嬉しい。
もしかしたらもう二度と食えないかもしれない、なんて事も考えていたから、その嬉しさはひとしおだ。
まぁ、味噌と醤油がなかったのは残念だが、小麦も大麦も、米もあるんだから大豆もきっとあるだろう。
もしかしたら、その米の産地に、もしくはその近くにあるのかもしれない。
そう考えると学校などほっぽって米産地に走りたい気分なのだが・・・、農学科という言葉に踊らされた数日前の自分を殴りたい。
今更どうしようもないが。
だが、米産地に走るのは色々と調べてからでも遅くない。
それ以上にとても気になる事を見つけてしまったから、というのも理由の一つ。
ピンキンスに案内され、塩胡椒と魚醤を譲ってもらった後に肉と野菜を見せて貰った。
肉は多少の腸詰肉と塩漬け肉、干し肉を分けてもらったまでは良かったんだが、その次に見せて貰った野菜が問題だった。
トマト、キャベツ、ジャガイモ、トウモロコシ、ナス、アスパラ、ニンニク、きゅうり、玉ねぎ、ズッキーニ、ほうれん草、かぼちゃ等々。
保存魔法があるせいか、季節に左右されない多種多様な野菜が沢山あったのだが・・・、一様に不味かった。
口にしたの生でも食べれるものに限った話だが、俺が生前に食っていた物とでは雲泥の差があった。
いや、不味いって程ではない。
なんというか、味もクセも薄く、ニンニクなどは匂いも薄かった。
干し肉なんかは普通に美味かったのに、野菜ばかりが美味しくないとはこれいかに。
なんとなくだが、この理由を調べるには農学科はうってつけな気がする。なんて思ったりもしている。
まぁ、なんにしても食料は手に入った。
思いがけず鍋や調理器具も分けて貰った。
これでやっと先に進める。
ピンキンスに国王さんへ礼を伝えて貰うよう言葉を残して城を降り、そして森を抜けた頃には日が傾いてきていた。
ここで本来ならどこかに宿をとって、仕事を探すなり朝からの出立に備えるなり、といったところなんだが・・・。
さて。
「フーカ、これから冒険者ギルドとかいう所に行って、今からの護衛の仕事なんかあったりするだろうか?」
「今から、というのであればまずないでしょう。といいますか、余程の急ぎでもない限りこれから出発、という事はないでしょう」
「だよなぁ」
普通に考えて出発なら朝だよな。
「それに護衛というのは基本、専属契約されているものが殆どです。新規に雇う場合には色々と審査される上、契約をしなければいけませんので、目的に叶うものとなると中々に難しいでしょう。それに・・・」
まだあんのか。
「私達は飛び級組ですから、冒険者としての実績がありません。仕事としては優遇される面も多いですが、銀級ともなりますと報酬とそれなりの額になりますし、多くは選べないかと」
よく分からんが色々とあるんだな。
「じゃ、銀級である事を生かしつつ、効率よく稼ぐとしたら何だ?」
「討伐依頼か素材収集依頼、後は狩猟による素材売却でしょうか?」
ふむ。
「基本は荒事か」
「強さがものを言うの世界ですからね」
元の世界じゃ考えられん事をしようとしてるな、俺。
いや、今更か。
「それじゃとりあえず、ギルドを覗いてみようか」
「え⁉︎」
「ん?」
フーカが驚いてる?
なんか変な事、言ったかな?
「どうかしたか?」
一瞬迷った素ぶりが見えた。だがすぐに気を取り戻したのか、胸を張ってこちらをジッと見てきた。
「いえ、なんでもありません。全ては主人に従うのが従者の務めです」
・・・絶対なんかあるな。
何か見落としが?それとも忘れている事?でもそれは間違いとかそういうものじゃないんだろう。間違いなら必ず言ってくる・・・はず?
とすれば・・・面倒事?今ギルドに向かえば高い確率でそれに行き合うって事なんだろうか。
・・・サッパリわからん。
もうすぐ日が暮れる、泊まる選択肢を選べない以上迷ってる時間はない。
ギルドって所がどんな所なのかも見てみたいし、そこに集る冒険者ってのも見てみたい。それに長旅になるんだからついでに稼げるネタもあったら増やしておきたい。
結論は出てるな。
まぁきっとアレだ。面倒事が起きるのなら、多分何をしていても起きるだろうし、どこにいても起きるだろう。
早いか遅いかの違いなら、先にやってしまおう。
よし、行くか。
「冒険者ギルドに行くぞ。案内頼む」
「はい」
俺の言葉に何も言わずに従い、先導して歩くフーカは今どんな気分なんだろうか?
俺はいい主人ではないだろうから気に病むなぁ。
大きな通りから一つ折れ、二つ折れた所で道を歩く人の質が変わった事に気付いた。
一般人、というよりは商売人か職人といった風態の人が増え、三つ折れた所でほんのり血の匂いを纏わせている輩が増えた。
明らかに暴力を生業にしているといった雰囲気。
と、言えば聞こえが悪いが、事実その通りの人達なんだろう。
魔物とか盗賊相手に命を秤にかけて金を稼いでる連中なんだし。
ただ想像以上に雰囲気が剣呑で物騒な感じだ。
そして、大通りでは不躾ながらもコソコソとした視線だったのが、ここの入ってからはあからさまな露骨な視線へと変わった。
殺気すら感じる。
なるほど、フーカが気にしたのはコレか。
麦酒を飲んでいた時の話と、冒険者という者の存在を足せばこうなるのは目に見えているわな。
あぁ、鴨になって葱背負って歩いてる気分だ。
言い訳させてもらえるなら、この世界の実際の冒険者と俺の想像上の冒険者が、いかにかけ離れているか熱く語りたい。
今の所、疑惑の視線を向けてくるばかりで、実際に手を出してくる様子がないのは幸いだろう。
災いの前触れかもしれないが。
さぁ、とっとと用を済ませてこの街から出て行こう。
なんて考えていたら鼻歌が聞こえた。しかも後ろから。
そっと振り返れば上機嫌のビリィさんがいた。
口元が硬く締まっている様にも見えるが、僅かに口角が上がってる。
感情を押し殺してる?
いや違う。そしてなんとなく分かる。これ多分、素だ。そしてスキップで踊り出しそうなほど機嫌がいい。
・・・戦闘狂かなんかだろうか。なんでそんなに機嫌が良いのか分からん。
程なくしてギルドに着いた。
開け放たれた両開きの扉、その中からガヤガヤとした人が騒ぐ音と声が聞こえる。
帰りてぇ。
いや、帰る所なんてなかったか。
フーカに「ありがとう」と一言残して扉をくぐる。
あれほど騒がしかった喧騒が、俺が室内に足を踏み入れた瞬間、シンと静まった。
値踏みする様な視線と共に、ボソボソとした声が聞こえる。
入った時の歩調をそのまま緩める事なく、歩き続ける。
今室内は俺の足音と、それに合わせて軋む床の音。そしてビリィの鼻歌だけが響いてる。
超帰りてぇ。
ビリィ置いて帰りてぇ。
足を止めたら負けな気がする。このまま突っ切ってしまおう。
さて、ここからどうするか。
このまま真っ直ぐ壁まで歩き、そのままめり込んで消えてしまいたい気分ではあるが、残念ながら真正面にあるのは細かい張り紙のされた掲示板だった。
依頼が張り出されるタイプのようだ。俺個人としては受付の人に相談しながら仕事を探すタイプを期待してたんだが・・・、残念だ。非常に残念だ。
そのまま歩調を変えない様に掲示板の前まで歩き、足を止めてザッと目を通す。
討伐依頼、採取依頼、新規護衛の募集から、討伐同行者募集、それに荷物持ちの依頼もあった。
そして見ていて気付いた。
俺、内容を理解出来ても土地勘がないから判断できない。
とりあえず南に行きたいんだが、どれが南なのか・・・。
仕方ない。
自分から均衡を破りたくないんだが・・・、テレパシーなんか出来ないし、話し合いをしない事には帰れない。
「フーカ」
「はい」
普通に声が出せたと思うが、帰ってきた言葉も普通のいつも通りの声だった。
フーカを見たが特にいつもと変わった様子がない。
もしかして、気にしてるのは俺だけ?
ビリィは・・・、まだ鼻歌ってるからいいか。ちょっとだけ殴りたい。
「フーカ、この中で目的に沿う依頼はあるか?」
「旅の途中にこなす・・・というのであれば、コレくらいでしょうか」
フーカの指差した先の張り紙を見た。
依頼主・クルニカ村 村長ケングッガ
依頼・最近、村付近にて目撃の相次いでいる火炎飛熊の討伐
報酬・ピトラス貨2
備考・対象の討伐に成功した場合、その獲物の所有権は討伐者にあるものとする
火炎?飛?熊?
熊なのに空飛んで火を吐くのだろうか?
さすが異世界。
それとピトラス貨とはなんだろうか?村から支払われるお金が高額とは思わないが・・・、価値が全くわからんのも困りものだ。
とりあえずここで貨幣価値の話をするのはやめておいた方がいいだろうな。ここにいる連中はみんな獣耳だし、コソコソと話しててもバレそうだ。
「フーカ、火炎飛熊って強いのか?」
「ジン様であれば手こずるなどあり得ない話ですが・・・、見つけるのが困難な相手なのです」
「ほう」
「かなり縄張り意識が強く、一度現れた場所にほぼ確実にまた現れるのですが、縄張りとする範囲が広く次にまたいつ現れるのか分からない。というのが難点なのです。ジン様はかなり広範囲の気配察知が出来ると聞いています。察知さえ出来たなら容易な依頼であるかと」
なるほど。
確かに広範囲の気配は探れるけれども。
「流石に見た事もないヤツの気配は探せないな。普通にやったら何日くらいで見つけられるものなんだ?」
それに何回もやると頭が痛くなるから、出来ればあまりやりたくない。
「やり方にもよりますが、早くて二日。長くかかれば一月かかる事もあるかと」
ふむ。
「今回は見送りだな。行くか」
「はい」
さぁ、行こう。とっとと行こう。
回れ右して何事もなかった様に颯爽と立ち去ろう。
来た時と同じテンポで足音を刻み、ギルドを出た。
視線は変わらないが、何かちょっかいをかけて来そうな様子はない。
よかった。絶対に絡まれるかと思ってた。
ギルドを出て、二歩三歩と歩いた所でギルド内にも喧騒が戻って来たようだ。
まだあまり離れないうちから口々に騒ぎ立てているので、内容はほぼほぼ聞こえているが荒事に発展しそうな雰囲気でもない。
さ、今の内、今の内。さて、町から出るに来た道を戻った方がいいのか、違う道の抜けた方がいいか。
フーカに聞こうかと振り向いた所で、腕を掴まれた。
掴んだのはフーカだった。
「ジン様、少々よろしくない方がおります。見つかる前に早く立ち去りましょう」
なぬ?
視界を飛ばして周囲を見るが、よろしい方とよろしくない方の見分けが付かない。
「ビリィ」
「なんだ」
この中で一番偉そうで、先頭歩いて率いていて不自然じゃないのはビリィだ。こいつに先頭を歩かせるのが一番いい気がする。
「前歩いて街の外まで案内してく」
「ヤダ」
即答⁉︎
「いや、街の外まで」
「断る」
何故に⁉︎
「ジンの右隣、もしくは右斜め後ろが私の居場所だ。それ以外を歩くつもりはない」
お散歩⁉︎
首輪付けて紐で引っ張るぞコノヤロウ!
仕方ない。
「フーカ」
「ジン様、申し訳ありません。遅かった様です」
なぬ?
見れば俺らの周囲を囲む様に、ゆらゆらと黒っぽい影の様なモノが立ち昇っていた。
何これ?




