旅支度
カラりとした好天の下、目の前を無数の人らが歩いて行く。
人と言っても、その殆どに何かしらの獣耳と尻尾が生えている訳だが・・・。
まぁ、獣人という奴だ。
そんでもって、普通の人耳に尻尾なしの人種の数はかなり少ない。
そんな亜人と言ってもいいような不思議な連中ばかりが流れる人の川を眺めていると、ここは本当に異世界なんだなぁ・・・、なんて不思議な感覚に落ちる。
ここは犬狼族の国、ティルニスス王国の王都グラルテラ。
その大通りの一角にある、酒場の外に置かれたテーブル席の片隅に座り、俺は麦酒を片手に獣耳の流れをのんびりと見ていた。
手に持つ木製のジョッキを傾け、のどに流し込む。
うん。
微妙。
ほんのりと冷えた麦酒は喉を潤すには丁度いいが、いかんせんうまくない。
ビールによくあるキレはなく、ほんのりとした苦味と舌にまとわりつく様な変な甘さがある。
そして何よりもアルコール度数が低い。1%もないのではなかろうか?
こりゃビールってよりほんの少しアルコールの入ったジュースだな。
ふと店の方を見れば小学校一、二年生くらいの大きさの柴耳柴尻尾の男の子女の子三人組が硬貨を払い、ジョッキで貰った麦酒を回し飲みしていた。
麦酒と言ってはいるが、認識としては麦ジュースなんじゃなかろうか。
そんな風に周囲を見渡しているとテーブルの向かいに座る狐耳の少女と目があった。
淡いふっくらとした短い狐色の髪。鼻筋は高く、顎のラインがしゅっとしていて口が小さい。丸く大きな目と顔全体に残るあどけなさが年齢以上の幼さを助長している。
可愛いく可憐な少女。いや、美少女と言っても差し支えないか。
服は濃い緑の膝辺りまである裾の長い長袖に拵のしっかりし革の手甲、ズボンはぴったりとした黒い物を履き、足も脚絆の様なものでしっかりと作られている。
これから旅しますよって感じがありありと見える。
名前はフーカ。芙狐族という狐人族の娘。そして俺の従者だ。
なにも俺みたいな根無し草の従者にならんでもと、思わずにいられない。
俺はぼんやりとフーカを眺めながらもう一口、麦酒を傾けた。
「どうかされましたか?」
俺の目を気にしたのか、フーカの小さな口が開いた。
「いやな?どうもさっきからチラチラと不躾な視線を感じてなぁ・・・」
なんとなく街の雰囲気を感じたくて外で飲んでるのだが、さっきから通りかかる獣人達から妙な視線を向けられている感じがする。
その視線の理由にこの狐耳娘に一端があるのかな?とぼんやり考えていた。
「それは・・・、戦争が終わったばかりですからね。そんな時に人族が堂々としていたら視線も集めるでしょう」
なるほど、俺が原因か。その上、人族と因縁浅からぬ芙狐族の娘が一緒にいるとあらば、なおさらかもしらん。
この都市に来たばっかりなんだが、変なのに絡まれる前にとっととこの国から出た方が良さそうだなぁ。
宿に泊まる金もないからどっちにしろのんびりしてる暇はないんだが・・・。
頼めば少々の金くらい都合してくれそうな奴はいっぱい居たが、これから遠く離れた国に行き、折を見て姿を眩まそうとしている身としては、誰にも貸しも借りも作りたくない。
だが現状ゼロからのスタートどころか、これから準備を整えなきゃいかんマイナススタート。
今飲んでいる麦酒の代金も目の前にいるフーカから借りて買った物だ。
なんともヒモしてるようで気持ちがよろしくないのだが、なにせこの世界は俺にとって異世界にそのもの。
目に付いた物を食ってみたいという衝動に駆られても仕方がないってもんだ。
・・・稼げたら一番に何かしら返してやらんとな。
初任給で両親にプレゼントを贈る新社会人の気分とはこんな感じだろうか?
・・・んなわきゃないか。
ジョッキに残った麦酒を一気に煽り、テーブルの上にトンと置いた。
「もう一杯、飲まれますか?」
その言葉遣い、背中がむず痒くなるんでやめて欲しいんだが、当人が聞いてくれない。
「いや、いいよ。ありがとう」
もうちょっと対等な話し方をしてくれたなら奢られてもいいんだがなぁ。そんな下から言われると奢られるにしても奢られづらい。
「麦酒とは言いましても酒精は限りなく弱いですからね。酒精の比較的に強い果実酒もありますが、飲まれますか?」
ワインみたいな物だろうか?
それはそれで飲んではみたいが、また今度だな。
「興味はあるが飲んでる暇はなさそうだ。来たぞ」
視界の端に見覚えのある犬耳が映った。
まだ人混みの中に紛れていて耳しか見えないが、俺があの耳を見間違うわけがない。たぶん。
徐々に人混みから姿をあらわす犬耳娘。
濃い茶色のややだふっとしたスボンに白い半袖シャツという服装をしている。
足回りこそしっかりとした脚絆の様なものを付けているが、上半身はさっぱりしたもの。とても旅に出ようって姿じゃない。
手に一抱えほどの荷物を持っているが、その中に色々と入ってるんだろうか?
それでも既に預かっているフーカの荷物と比べると半分程しかない様に見える。
程なく俺を見つけたビリィがにっこりと微笑み、こちらに駆けてきた。
「おまたせ」
そう言いながらビリィが俺に荷物を渡す。
渡された荷物はそのまま、俺の収納の中にしまい込んだ。
「何回見ても不思議な能力だな。便利な事この上ない」
俺の手からスッと消えた荷物を見て、ビリィがほぅと呟いた。
旅をするに当たり、俺の八つある収納の内、一つずつを二人に貸す約束をしている。
制限はあるものの、こんな便利な能力を俺一人で使うのはなんとも勿体ない話だしな。
「それから、丁度間に合ったようで、頼んでいた物も手に入ったよ」
ビリィはそう言うとスボンのポケットからチャリチャリと音を立てて物を取り出し、テーブルの上へと置いた。
銀色に輝く細長く四角い金属の板だった。端に穴が開けられ、革紐が通されている。それが三つ。
その一つを手にとって見る。
割と厚く重い。その片面に文字が刻まれていた。
名:ジン 年齢:16 所属:なし 00800100128465
これは・・・。
「認識票?」
でも、ドッグタグにしては一枚しかないな。分割も無理そうだし。っていうか俺、十六歳なのか?
「まぁ、認識票といえば認識票だな。そいつは冒険者ギルドが出してる身分証・・・みたいなものだよ」
ほぅ。
よく見ると何かしかの魔法も掛かっている様に見える。
この世界の人間じゃない俺としては身分証が貰えるというのはありがたい事なんだが・・・、こんな簡単に手に入る物なんだろうか?
「銀級ですか?」
銀級?
俺と同じく認識票を手にしているフーカがビリィに聞いている。
「そう、銀級だ。飛び級で成れる最高位のランク、だそうだ。まぁ、ジンの実力で言えばもっと上のクラスでもおかしくはないんだが、私の知名度ではここまでが限界だったようだ」
限界て、最高位なんだから限界も何もなかろうに。
「その、銀級ってのはどの位のランクなんだ?」
「普通の冒険者が引退までに成れる一番上、ってとこらしい」
普通ってなんだよ、ガバガバだな。
「冒険者ランクは下から、銅、鉄、銀、金、魔鋼、そして最高位の神銀、と聞いています。神銀級はいわゆる英雄とか超越者と呼ばれる存在と言われていますね。銀級は、まぁ中間と言ったところでしょうか」
なるほど、フーカの解説は分かりやすい。
だが、冒険者のぼの字も知らんのにいきなり銀級とか言われても困るな。
「普通に最初のランクからじゃダメだったのか?」
俺の言葉に、意外そうにビリィが目を見開いた。
「ランクが高い方が報酬は良いのだが・・・。そうか、こっちの世界を良く知らないジンとしてはその方が良いという考え方もあったか・・・。とはいえ一から冒険者に、というのは今のジンの年齢からすると大変だろう。銅級の資格が貰えるまででも結構時間がかかるはずだし・・・、何より私は銅級からははじめられないからな」
はじめられない?
「ジン様、冒険者という言葉に夢を抱き憧れる若者というのは少なくないのです。その様な血の気が多いだけの若者にむやみに死なれない様にと、ギルドは思いの外神経を払っているのですよ。それに私はともかくとしても、名の知られているティルフス様が銅級からというのは、他の冒険者の方々へあまりいい影響を与えませんからね」
・・・むぅ。
確かビリィはティルフス王女の時に襲爪姫と呼ばれる程に武名を馳せたらしいものな。
俺の犬が違う世界で武名を轟かせていたとは不思議な感じだ。
まぁ、二足歩行で人語を話してる時点で犬じゃないんだが・・・、なんとなくティルフスと呼び難い。まぁ、本人もティルフスと呼ばれたくないみたいだから、それはそれでいいのか?
「まぁそれはいいとしてビリィ、お前歳いくつだ?」
「十八」
・・・俺の歳を八十二に出来なかったのは仕方ないにしても、表向きは年上か・・・。
ふと、フーカを見た。見た目で言えば俺と同じか下に見えるが・・・。
「私も十八です」
・・・。
「だったら俺も十八でよかないか⁉︎」
「そういえば、そうだったかも?とはいえ、もう修正出来ないし、まぁいいじゃないか」
納得いかねぇ。
「それはそれとして、だな。父上から伝言を預かってる」
国王さんから?
「なんだ?」
「貴重で希少なコップを頂戴した礼をしたい。聞けば独力にてイラルカヤ国まで旅をするとの事、そこで必要な物資を我が城より自由に持っていく事を許可する。存分に支度を整えるとよい。だそうだ」
渡りに船とはこの事か。こっちの事情をよく分かってる。
断る理由はないわな。
「有り難く頂戴する。と、伝えておいてくれ」
「分かった」
旅をするのに多少無茶は覚悟してたんだが、なんとかなりそうだ。




