爺と酒
国王さんが、「ふむ」と、なにやら感慨深げに考え込んだ。
・・・。
会話が切れた。
しかし、手持ち無沙汰だな、間が持たん。
またジワジワと威圧されてきてるし・・・こういう時はアレだな。アレに頼ろう。
「まずは、アレだな。茶と学校を紹介して貰った礼でもしておこうか」
どこからともなくと通い徳利を取り出し、テーブル上にドンと置いた。続けて黒織部の湯呑み茶碗を二つ置いた。
汲出茶碗もいいが、今は黒織部な気分だ。
絵付けがかわいい。
この酒器は神兄ちゃんの餞別に入っていたものだ。
神兄ちゃんからの餞別。
それは収納ボックスだった。
1m四方の空間が八つ、俺の中に内蔵されていた。これで兄ちゃんと同じ様にどこからともなくと物を出し、物をしまえる様になっていた。
ありがとう兄ちゃん、すげぇ便利だよ。
そんでもってその空間の一つに、俺の酒器諸々が詰め込まれていた。しかも、中身の酒を干しても、翌日には元に戻っているというスグレモノである。
正直、そこまでしてくれなくても良かったのに、とも思うが、本当にうれしい。兄ちゃん本当にありがとう。すげぇうれしいよ。
「酒は飲めるか?」
一応、聞いておかなきゃな。
徳利を開ける前に逆さに振りながら、国王さんに聞いた。
日本酒は放っておくと、上と下で中身の味が変わってしまう。なので飲む前に一度、逆さまにする必要があるのだが・・・、この酒は普通の酒じゃないから、もしかしたら必要ない、かもしれない。
「酒は飲めますが・・・、どこから出しました?」
「細かい事は気にするな。それより他所じゃ絶対に飲めない異世界の酒だ。ま、飲みな」
湯呑みにトコトコと注ぎ、一つを国王さんの前に置き、一つを手に取った。
ピシリとした王の目から、好奇心の強い子供の様な目に変わった。本質はこっちなんだろうな、多分。
国王さんが湯呑みを手に取り眺めてる。
「変わった器ですね。中身がぷつぷつと音を立ててますが、何でしょうか?」
「それ、発泡してんだよ」
「はっぽう?」
そこから説明しなきゃなんねぇのか。まぁ、王が酒造工程なんか知るわきゃねぇか。
「腐敗と発酵の違いって知ってるか?」
「ふはいは腐敗ですよね、腐る事。発酵はお酒を作る時や、茶を作る時の工程にあると聞いた事がありますね」
「その腐敗と発酵は同じものだ」
「同じ?」
「そ、同じ。人の為にならないのが腐敗。人の為になるのが発酵。目に見えないほど、小さな生き物が糖を食べてアルコールを出す。それで出来るのが酒だ」
「ほほぅ・・・。それとこのぷつぷつとしているのにどんな関係が?」
よく分からんって顔してるな。まぁ、そりゃそうだよな。
「普通は味が変わらない様に、出荷する前に火入れをして発酵を止めるんだが、これは火入れをしてないそのままの酒、生酒ってヤツだ。そのぷつぷつしてるのは酒がまだ生きてる証拠なんだよ」
ズズッ
空気と共に酒を啜って見せる。
あっ、うめぇ!
俺が酒を啜ったのを見て、国王さんも酒を口に含んだ。
耳がピクンと跳ねた。
「これは⁉︎」
はっはっはっ、美味いだろ美味いだろ。
「仄かに甘く、口当たりが良く、このぷつぷつとした感じも面白い。何より口の中に広がる香りがいい!」
はっはっはっ、そうだろそうだろ。
国王さん、二口目で酒を干しちゃった。
けど、それじゃいかん。
「次に飲む時に、ズズッっと空気と一緒に含んで、鼻から空気を出してみな」
干された国王さんの湯呑みに酒をトコトコと注ぐ。
「ズズッと、ですか?」
「そ、ズズッと」
国王さんか湯呑みを口に当て、ズズッと含んだ。
耳がピクンと跳ねた。
「ん⁉︎」
鼻から口に溜まった空気を吐き出し、目を丸くしてる。
「これは!また、違いますね」
「これが正しい酒の飲み方、って訳じゃねぇけどな」
本来の酒ってのは香りが強い。空気を混ぜてやると本当に口の中いっぱいに香りが広がる。だけども、本当に美味い酒を飲むと、それまで美味いと思ってた酒が飲めなる時がある。そうなったらごめんな。
ん?
国王さんが湯呑みをジッと見たまま、動きを止めた。
「このお酒、私の国で作りませんか?」
国王さんが視線を俺に移して言った。
「無理だ」
「そこをなんとか・・・」
気持ちは分かるけどな。
「いや、言い方が悪かった。不可能だ。多分、似た物すら作れない」
「そうですか・・・」
美味い酒を作るにはまず米がいる。
この世界にも米はあるかもしれないが、酒造好適米、いわゆる酒米がないとこの甘さが出ない。
もし、良い酒米が見つかったとしても菌がない。
酒を作るのは菌だ。ここに生きた菌の入ってる酒があるが、ここから酒母を取り出す方法なんて俺は知らない。
そしてトドメに蔵の作りを知らない。
蔵を見せてもらった事もあるし、酒造工程も知ってるが、生半可な知識で作れるほど甘いものじゃない。
それこそ人生を賭けたら似た物なら作れるかも知れないが、そもそも俺にその気がない。
「残念です」
そう言って国王さん、湯呑みの酒を干した。
まぁ、そんなにガッカリしなさんな。今くらいは好きなだけ飲め。
「こんな美味しいお酒、飲んだ事がない」
そう言ってもらえると嬉しいね。
「ですが、気を付けた方がいいですよ?」
「ん?」
何をだ?
「このお酒は戦争の火種になるかも知れない」
「あぁ・・・」
考えてなかったな。そうか、そんな可能性もあるのか。
戦争はヤだな。気を付けよう。
「あっ、ですが」
ん?なんか国王さんが慌ててる。
「時々で構いませんので、また飲ませて下さいね」
「ぶふっ」
思わず笑っちまった。
「そうだな、戦争を起こされちゃかなわんし、またその機会があったらな」
「お願いしますよ」
国王さんの湯呑みに酒を注ぎ、自分の湯呑みにも酒を注ぐ。
トクトクトク
いい音。
酒を満たした湯呑みを持ち、一緒に飲む。
ズズッ
あぁ、美味いなぁ。
また、こうしてのんびりといい気持ちで酒が飲めるとは思わなんだ。
ん?
国王さんも気付いたのか、片耳がピクリと動いた。
バンッ
「父上いつまで話してるのですか。テュグリナが・・・」
乱暴に戸を開けてビリィが入ってきた。
相変わらずノックしないヤツだな。
「これ、ティルフス。ノッ」
「お酒の匂い!ジンお酒飲んでる‼︎」
諌めに入った国王さんの言葉を遮ってビリィが突進してきた。
「ふぁーいいにおいー。ねっジン。もう犬じゃないし、私も飲んでいいよね?」
テーブルに噛り付き、バタバタと尻尾を振りながら食い入る様に大徳利を見るビリィ。
前の姫のこいつをあまり知らんからアレだが、今のこの姿は国王さんにはどう見えるのか。
飲んでもいいのかの確認も含めて、国王さんを見る。
苦笑いしてた。
俺の視線に気付いた国王さんは心底困ったという表情をしていた。
それはどっちの意味だろうか。
「先程、私と話していたティルフスとはまるで別人の様だね。いや、子供の頃のティルを見ている様だなぁ」
「父上やめてください。そんな事より格好してお酒の匂いさせて行ったらテュグリナが怒るりますよ?」
手に湯呑みを持ったまま、執事の国王さんの動きがピタリと止まった。
まだ仕事が残ってたのか、それはいかんな。
「馬鹿を言ってはいけない。こんな甘い匂いのするお酒があるものか。それにこれもまた仕事だよ?怒られる事などあるものか」
なんか、目に見えて焦ってるな。凄い言い訳くさい。
そのテュグリナという人がよほど苦手とみえる。
「仕事?話はまだ終わってないのですか?」
そういえばそういう話だったか。
「話は・・・そうだね。終わったと言えば終わった・・・のかな?」
俺に聞かれても困るが・・・。
「ビリィのお父さんだ。色々としたい話もあるだろう?親睦を深める必要もあるんじゃないか・・・な?」
「親睦?別に必要ないでしょ。父上は思わず転がってきた使えそうな駒を逃したくないだけ、ジンがお父さんの駒になるなんてありえないですから必要ありません」
駒て。
まぁ、ハッキリ言えばそうなんだろうが、だからと言っそこまでぶった切らなくてもいいだろうに。
「いや、この国の王女として学校に行くんだろ?俺はその従者として行くんだろ?」
果たすべき義理はあると思うのだが。
「ジン、この人と腹の探り合いしちゃダメだ。曲がりなりにも三百氏族の長だよ?どこでどんな手を回すか知れたものじゃないんだから、名前だけ借りて後はスパッと切っておいた方がいい」
なるほど、実の娘の言葉だと思うと変な説得力があるな。
正直、国王というものも姫というものもよく分からん。それ以上に異世界だしな。まぁ、実の父にそう言うだけの何かが色々とあったんだろうな。国王さんも渋い顔してるし。
そこに口を出す気はないが、とはいえだな。
「お前が切りたいのは勝手だが、俺にそのつもりはない」
ズズッ
酒を口に含みながら、ビリィの顔を見て言った。
「ただ、忠告としては聞いておく」
収納から赤い釉薬の掛かったぐい呑を取り出し、ビリィの前に置いた。
「ジン、これ・・・」
大徳利を逆さに振り、ビリィの前に置いたぐい呑にトコトコと注ぐ。
「一杯だけだからな」
「いいの?」
ん?
あぁ、そういえば俺がコレで酒を飲んでる時にビリィがちょっかい出して、怒ったことがあったな。覚えてたのか。
「いいよ」
「ほんと!ありがとう!」
にこっと笑ってビリィがぐい呑を手に取って、口元に近付けた。
「ふぁー、ほんといい匂い」
ちゅっと一口含んだ。
「んー!おいっしいー!」
それは良かった。
それを見ていた国王さんが椅子から立ち上がった。
「お返しは確かに受け取りました。お酒、美味しかったですよ」
国王さん、そう言って深々と頭を下げた。
「王様がそんな簡単に頭を下げるなよ」
「いえ、これは父としてですから」
「そうか」
国王さんが飲んでた黒織部の湯呑み茶碗を手に取った。
綺麗に干されてた。
それを短剣をしまい終えていた国王さんにポイッと投げた。
「っと、これは?」
危なげなく空中で受け取った国王さんが、手にした湯呑みをまじまじと見ながら言った。
「やるよ。酒は作れないけど、飲みたくなったらそれ持って遊びに来ればいい」
「ありがとうございます」
国王さんはまた頭を下げると湯呑みを手に持ったまま、ワゴンを押して出ていった。
礼儀正しく威圧感のある面白い人だったなぁ。
「ジン」
「ん?」
「忠告は聞くって言ってなかった?」
ビリィがチビリチビリと酒を飲みながら睨んでた。
「ん?」
「なんであんな大事なの渡したの?」
「ん?あぁ、俺は単にこっちの世界で初めて出来た飲み友達に、また一緒に酒が飲みたいなぁ、ってしただけだよ」
特に深い意味はない。
「ふぅん?そう」
お前、なんか目が座ってきてない?
あれ?もしかして苦笑いしてたのも、ビリィが念を押してきたのも・・・、こいつ酒癖が悪い?
コンコン
ノックの音が聞こえた。
「どうぞ」
「失礼しま・・・甘っ!なんですか?この甘い匂い」
入ってきたフーカが驚いている。
そんなに匂いがするのか。飲んでるとその辺はよく分からんからな。
「何を飲んでるんですか?・・・ティルフス様?」
フーカをちらりと見ただけでビリィは返事もせず、またチビリチビリと酒を飲み出した。
こいつ、もしかしてもう酔ってる?
「酒だよ、フーカ。お前は飲めるか?」
「お酒?この甘い匂いはお酒のものですか・・・。お酒は飲んだ事がないので・・・」
「飲んでみるか?」
フーカの前にビリィに渡した物と同じ赤い釉薬の垂れたぐい呑を置いた。
一応飲めるかどうかだけでも試しておいた方がいいだろう。
と思う。
「いいのですか?」
興味はあるようだ。
ぐい呑に酒を注ぐ。
「のぅ主人殿、儂も一杯飲んでもよいかのぅ」
ふと見ればゴスロリ少女状態のマオがテーブルの端から顔を覗かせていた。
「子供に飲ませる酒はねぇぞ」
マオの前に鼠志野の汲出茶碗を置いた。
「分かっておるわぇ、しかし、変わった器を幾つも持っておるのぅ」
そりゃ趣味だからな。ただこんな多人数で飲むなんて考えてなかったからなぁ。みんな一個か対で買った二個のがいくつかあるだけだ。
キャバ嬢になったマオを確認して、鼠志野にも酒を注いだ。
やれやれ、今日の分はもうそろそろ無くなりそうな・・・。
ひっ
ん?
しゃっくり?
声の方を見たなら空のぐい呑を手に、顔を真っ赤にしているフーカが居た。
ひっ
もう飲んじゃったのか。
っていうか酔うの早くない?目の焦点が合ってないんだが。
「ジン!」
声の方を見ると、目の焦点の合ってないビリィと目が合った。
「ジンに言いたい事がある」
「お、おう」
「気が付く度に女が増えてるのはどういう事だ?」
そんな事を言われてもだな。
「折角またジンと二人で遊べると思ったのに・・・、アユちゃんなら兎も角!狡い女狐によく分からん森フリまで付いてくるとかどういう事だ!」
孫ならいいのか、ってこいつ大虎かよ。もう二度と飲ませちゃダメだな。
「ジン!説明しろ!」
出来るかよ。俺が聞きてぇよ。
「そうら!そうらー!」
フーカ⁉︎
「駄犬一匹れもウザいろりデカい脂肪をふら下げたのがもう一人居りゅとか聞いてらいれす!ジン様おかわりくらりゃい」
お前も虎かよ⁉︎
もう飲ませないよ⁉︎
「いや、旨そうとは思ったったが、ほんとに旨いのぅ。割と長く生きとるが、こんな旨い酒は初めて飲んだわぇ。もう一杯くりゃれ」
自由か!
「森フリが!魔王か何か知らんがお前に飲ませる酒などないわ!」
「そうらそうら!ちょっとその脂肪分けれよ!あ、ジン様、少しらけれ構いまえんろれお酒ろ少し分けれくらりゃい」
何上戸だ?こいつ。
「ほっほっほっ、主人殿と一心同体な儂が羨ましいかぇ?」
煽んなや!
「ぐぬぬ、う、羨ましくなんかないわ!異世界からジンと一緒に居る私が何を羨むと言うか」
「そうらそうら!あたりらけそらいられてるひゃんじがあるろら、あらりりもら、らり・・・」
あ、フーカが落ちた。
虎っていうか、虎の威を借る狐みたいになってたな。
・・・。
まぁ、いいや。
「ジンからも言ってや・・・れ?」
ビリィの額に人差し指を置き、万知さんに頼んでおいた睡眠の魔法を展開、発動してやった。
酔っ払ってたせいかよく効くな。
よく寝てる。魔法便利。
「主人殿はモテモテじゃのぅ」
うるせぇよ。
とりあえず片付けるか。
ぐっすり寝てるビリィを抱き上げる。
やらかいな、こう見ると女だと思うが・・・酒臭ぇ。
ビリィを隣の寝室に放り込み、次にうなされてるフーカを抱き上げる。
軽い、そして酒臭い。フーカをビリィの隣に寝かせる。
明日、どんな顔で起きるのやら。
戻ってきたらマオが手酌で酒を飲んでいた。
「お疲れ様じゃ」
じゃ、じゃねぇよ。
キャバ嬢が大徳利片手に茶碗で酒を飲んでる絵とかちょっと引くぞ。
「しかし、本当に戦争になりそうな酒じゃのう。癖になりそうじゃわぇ」
かっぱかっぱ干してんじゃねぇよ。
「あー・・・旨い!」
「うるせぇよ」
マオの手から大徳利を取り上げ、自分の湯呑みに酒を注ぐ。
一杯分は残ってたか。良かった。
空になった大徳利にコルク栓をして収納にしまっておく。
「主人殿、もう一杯欲しいんじゃが」
「やかましい、飲み過ぎだ」
ズズッ
「ぬぅ、ケチくさいのう。どうじゃ?今なら小煩い犬も狐もおらんし」
ズズッ
湯呑みを傾けたまま、真顔でマオの顔を見る。
「冗談じゃよ」
通じたか。最後まで言ってたら本当に捨てるとこだったわ。
「仕方なし、明日まで我慢するかのぅ」
マオが汲出茶碗に残っていた酒をちびりと飲んだ。
「飲まねぇよ」
「なんじゃと?では」
「しばらく酒は飲まん。戦争になっても困るしな」
ズズッ
「なんじゃと!」
これが危険だってのはよく分かった。色んな意味で。
「酒・・・」
空になった茶碗を恨めしそうに見てるマオ。
しかし、こいつらと旅に出て、学校か・・・。
六国離れてるとか言ってたが、どの位距離があるのか分からんな。
やれやれ、前途多難な気しかしない。
「主人殿。顔がニヤけておるぞ?」
うるさいよ。
これにて第一章に当たる英雄編は終了となります。
読んでくださった方、ありがとうございました。




