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執事と王

 トントン


 フーカが部屋を出て、どの位経ったか。

 ぼんやりとしていた所にノックの音が聞こえた。


「どーぞ」


 言ってから気付いたが、一国の王を相手にこの返事はどうなんだろう。

 とは思ったが、あいつらに聞いても参考にならなかっただろうし、まぁ仕方ないか。


 カチャリと音を立てて戸が開き、大柄な男が入ってきた。

 燕尾服っぽいピシッとした服に白い手袋をした壮年の男。白髪の混じった茶色い髪は短く刈り込まれ、そこからレトリーバーに似た、髪と同じ色の耳が垂れている。

 格好はいかにも執事といった感じだが、深い皺と鋭い眼光がどうにも・・・、執事ってよりは殺し屋って感じのおっさんだな。


「失礼致します」


 深々と頭を下げているが、身のこなしに隙がない。

 どうにも胡散臭(うさんくさ)いな。視界を飛ばして執事のおっさんを観察してみる。


 ・・・。

 寸鉄(すんてつ)とかだったら分からんかっただろうが・・・、短剣持ってんなこいつ。ビリィが持ってた爪とかいうのに似てる短剣を背中にしまってる。

 本当に殺しにきた?


「国王様がいらっしゃるまでお世話を仕りましたエラルと申します。何かありましたら何なりと遠慮なくお申し付け下さい」


 そう言ってエラルと名乗ったおっさんは再び頭を下げた。が、頭を下げられているのに威圧されてる感じがするってのはどういう訳だろうか。


 ゆっくりと上がった口元には笑みが浮かんでいんだが・・・、目が悪いのか?睨(にら)んでる様にしか見えない。

 こいつが本当に執事だってんなら、今すぐにでも転職を勧めたい。


 さて、何なりととは言われたが、何をどう言っていいのか分からん。

 放置しとくか。


 ・・・。


 ジッとこっち見てんな。


 待ってんのかな?


 ・・・・・・。


「ジン様、何かお召し上がりになりますか?」


 沈黙に耐えられなくなったのか、おっさんが口を開いた。


「あぁ、そうだな。何か飲み物をお願いするよ」


 沈黙が辛いのは俺も同じなので適当に頼んでみる。


「かしこまりました」


 心なしか嬉しそうだ。

 おっさんはクルリと背を向け、戸を開けた。外に色々と用意していたらしい。


 ・・・。

 燕尾というには少し短い服の端から短剣の柄が見えてた。


 ・・・うん、アレだ。

 少なくとも本当の殺し屋ならこんなドジはすまい。それが分かっただけでも収穫と思おう。


 ティーセットらしき物が乗ったワゴンを押して、おっさんが戻ってきた。


 背中の短剣が見えてたなんて気付いてないんだろうな。俺も気付かなかった事にしとこう。


 ワゴンを置き、戸を閉めたおっさんは茶っ葉を取り出しポットに入れ、湯を注いだ。


 なんだろう。淀(よど)みない動きではあるが、どこかぎこちない。

 こいつやっぱり執事じゃねぇな。殺し屋でも執事でもなけりゃこいつは一体なんなのか。


 おっさんが百合の形に似た可愛らしい白いカップに茶を注いでいる。

 よく見ればティーポットは蕾(つぼみ)の形をしていた。洒落てるな。


 おっさんが百合のティーカップを俺の前に静かに置いた。

 カップの中の液体は緑色だ。


 緑茶?


 ティーカップで緑茶というのは不思議な感じがするが・・・。そっと手に持ち匂いを嗅いでみる。


 甘くて良い匂いだ。

 毒が入ってるって事はないよな。


 ちょいと一口。


 ズズッ


 ほんのり甘く、後からわずかな渋みがくる。これは・・・。


「おいしい」


 緑茶ってより紅茶の方が近いかな?初めての味だが普通に美味しい。

 ちらりとおっさんを見ると嬉しそうなんだが・・・。やはり目が怖い。そんな睨まれると話し掛け辛いのだが。


「ありがとうございます」


 おっさんがまた頭を下げている中、二口三口と茶をすする。

 茶は美味しいんだが、その威圧感どうにかならねぇのかな。居心地が悪い。


 しかし、王様はいつ来んのか。


「ジン様はティルフス様と共に第六学校に行かれるとか・・・」


 さり気ない口調。を装ってはいるが、緊張を隠しきれてないぞ、おっさん。


「そういう事になってるな」


「ジン様はティルフス様をどうなさるおつもりなのでしょうか?」


 どう?


「どうも何もない。ただ死ぬまで一緒にいるんじゃないか?」


 ズズッ


 この茶、本当に美味いな。


「死ぬまで、ですか」


「あんたビリィの話は聞いたのか?」


「はい、ですがにわかには信じ難(がた)い話です」


 だろうな。俺も孫がいきなり男連れて、「私、前世でこの人の飼ってた犬だったの。だからこの人について行く事にします」なんて言われたら速攻で病院に連れてく。


 ただ状況が状況だ。

 異世界人である俺がここに存在して、力を示しちまった事実がある以上、納得せざるを得ない。

 といった所なんだろう。


「まぁ、俺の犬である以前に、あんたのトコの姫だ。そこら辺は難しい所なんだろうが、アレが姫として生きるというならそれを止めるつもりもない」


 多少寂しいけどな。


 ズズッズズズッ


 あぁ、美味しかった。

 空になったカップをそっと置いた。


「もう一杯いかがですか?」


「もらうよ、ありがとう」


 おっさんがそっとカップを持っていった。


「ティルフスが姫として生き、貴方がその側に居る。という選択肢は無いのですか?」


 様(さま)が抜けたな。近親者か?


「ない。俺は王族にも貴族にも英雄にも興味がない。というか、そんなものになりたくない。実際、この世界でどんな事をして生きて行くのか、今の所見当もつかんが、少なくとも土と水と太陽の光の下で働いて生きていきたいね」


 土の匂いも、木の匂いもしない所で生きていける自信がないってのもあるけどな。


「不思議な方ですね。その姿を見る限りでは血気盛んな若者の様ですし、元々はお爺さんと伺っていますが、そのどちらの感じも受けない。貴方は何者なのでしょうか?」


 そりゃどういう意味か。

 っていうか、それを言うならだ。


「チグハグなのはお互い様だろう。短剣を隠し持っちゃいるかと思えば、隠してる様子もねぇし。執事っぽい服を着ちゃいるが、慣れた感じもねぇ。あんたこそ何者(なにもん)だよ」


 おっさんが目を丸くした。

 自分が怪しいと思われてるとは思っていなかったようだ。


「これは失礼しました。そう言われたなら確かに私も十分に怪しいですね」


 そう言って苦笑いをした。

 相変わらず眼つきは悪いが、威圧感はなくなったかな。


「この服装は趣味なのですが・・・、やはりまだまだ本職には及ばないのですねぇ」


 趣味⁉︎趣味ってなんだよ⁉︎


「短剣は・・・、申し訳ない。立場上、単身で会うというにはなかなかに身軽にはいきませんので、ご容赦下さい」


 おっさんはそんな事を言いながら短剣を鞘ごと外し、テーブルの上に二本置いた。


 趣味で、立場上?

 するってっとアレか、こいつは・・・。


「申し遅れました。ティルニスス王国の国王をやってますフィルティマ・エラル・ティルニススです」


 そんな事を言いながら国王は俺の前に二杯目の茶を置いた。

 国王ってカミングアウトして尚、その口調なのか。


「ジンだ。よろしくな国王さん。執事の真似をやめたんなら座りなよ」


 国王さん、少し笑みを浮かべて向かいの席に「それでは、失礼します」と座った。


 ズズッ


 執事が趣味の国王さんか。

 なんかちょった分かった気がするな。


 椅子に座りパシリと背を正し、難しい顔でこちらを睨(にら)み、ジワジワと威圧してくる。

 普通の椅子に座っているはずだが、椅子がなんだか玉座に見えてくる。

 これが王の風格というやつかな?


 ・・・。


 ズズッ


 何も言ってこない国王さんを観察しながら茶を啜(すす)る。


 威圧感だけが徐々に増して来た。


 このまま時間だけが経つとどうなるか、ちょっと気になるが・・・やめとくか。


「あんた、国王とかになりたくなかったクチか?」


「・・・分かります?」


「なんとなくな」


 威圧感が薄れた。

 やっぱりアレか、この国王さん緊張すると自然と威圧しちゃうんだね。

 やりたくない国王になっちゃったせいで威圧するクセ付いたのか、威圧するクセあったから祭り上げられたのかは分からんが。


「はぁ、やはり王とか向いてないのでしょうか・・・。どうしても注目されたりすると緊張してしまいまして、戦ってる時なんかは大丈夫なんですけどね」


 この人、天然モノか。

 しかも、この人強い。この世界に来てから行き合った誰よりも強いんじゃなかろうか。


「少なくとも執事よりは国王に向いてると思うよ」


「あぁ、それも何故かよく言われます」


 気の優しい土佐犬みたいな人だな。


「それで、国王さんとしては俺をどうしたいんだ?」


「そうですね。私としては娘の事もありますし、今はともかくとしても、いずれは私の国に・・・。という思いもありますが、フレデリクさんの方でも国王に祭り上げたい様ですし・・・、どうします?」


 逆に聞かれちゃったよ。


「俺に聞かなくても、娘から散々と言われてないか?」


「農業・・・ですか?」


「そう」


 やっぱり言ってたか。

 どんな風に言ってたのかすげぇ気になるわ。


「ですが、貴方は野に放つには強過ぎます。せめて私の国でというならば、出来る限りは融通(ゆうずう)をしますが・・・」


「ないな。国王さんとこの国に居たら、絶対にフレデリクの爺さんが黙ってないだろ。担ぎ上げられるのはゴメンだな」


「貴方が他国に渡るのを黙って容認するとでも?この国からすら、出られないかもしれませんよ?」


「そうだなぁ、その時は・・・」


「その時は?」


「逃げる」


「逃げ、ですか」


「逃げる。全力で、地の果てまででも。下手に殺して恨みを買いたくないしな」


「他の果てまでも、追われるかもしれませんよ?」


「その時は・・・畑の肥やしにするかな?」


 地の果てまで来て、肥やしになる根性があるならいくらでもしてやろう。


 ズズッ


 茶が空になったか。


「うまかったよ」


 カチャリとカップを置く音だけがやたらと響く様に感じる。

 

 ジッと俺の顔を見ていた国王さんが、諦めた様にため息を吐(つ)いた。


「仕方ありませんね。貴方は無理に鎖で繋ごうとするより、恩を売って置く方が良さそうだ」


 やっぱり国王向きだな、この人。

 立場が違ったなら友達になりたかったね。


「おぅ、利用した分の恩はしっかり覚えておくよ。しっかり利用されてくれ」


「ふふっ」


 ん?


「ふぁっはっはっはっはっはっ」


 喋り方と違い笑い方は豪快だな。


「いや、羨(うらや)ましい。私も貴方の様に自由生きられたらと思ってしまいましたよ」


「異世界人だからな、しがらみが少ないんだよ。俺も最初からこの世界に生まれてたら、こんな事は言ってないし、やってないとも思うよ」


 実際、異世界人っていうのが一番大きいと思うけどな。

 この世界がどんな感じなのか、凄い気になってる自分がいるわ。

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