爺と狐
「よろしかったのですか?」
慌ただしくビリィが駆け抜けて行った後、妙な静けさが残った。なにか取り残された感があるのは何故だろう。そんな中、近くの椅子に座りなおしているフーカが少し不思議そうな表情で言った。
「なにがだ?」
「学校に行く、というのは悪い案ではありませんが・・・根本的な解決にも対策にもなっていません。貴族の名を使って行くのですからその方面からの圧力もかかりましょう。
ジン様であればもっと選択肢があると思うのですが・・・」
ふむ、湧き上がる農学科への興味につい即答してしまったが・・・、確かにそうだ。
けどまぁ、多分アレだ。あいつの悪い笑顔は何か企んでる系だ。それも自分のエゴの為のもの。
多分だが、あいつは俺と学校に行きたいのだと思う。
歩が学校で悲しい事だったり、楽しい事があるといつも、聞いてビリィさん!と遊びに来てた。
ビリィにしても学校に興味を持っていたとしても不思議じゃない。
ただ、それだけじゃない気がするんだよなぁ・・・。何を企んでるのか。飼い犬・・・ではもうないが、ビリィに試されるというのなら、それはそれで楽しそうだ。
ふと、こちらをジッと見ているフーカの視線に気付いた。
心底不思議そうな顔をしてるのは何故だ?
「ジン様は時折、優しいお爺様のような顔をなさいますね」
いや、実際に爺なのは知ってるだろう。
「ジン様は生き返られて以来、ティルフス様と妙に親しくなり過ぎている感があります。何かあったのですか?肉体関係とか」
随分と直球で攻めてくるな。
ティルフスは姫犬の名前だ。ティルフス・マリグルフスス。最近聞いた。
「いえ、責めている訳ではありません。あの駄犬の事です。一時の感情のままに押し倒すくらいの事はしかねません。ですが、野良犬に噛まれたと思って素知らぬ振りをしてもいいのですよ?」
お前、あいつをどんな風に見てんだ。
それと顔が近い、お前も美形なんだからあんまり近寄るな。ドキドキするだろう。
近くに寄って来たフーカの顔を押し返しておく。
ビリィの事は誰にも話してないからな・・・。まぁ、こいつには言っておいていいだろう。
「勘違いするなフーカ。あいつは俺の犬なだけだ」
「・・・雌犬という事ですか?押し倒されたのではなく手篭めにしたと?しかも調教済み?」
こいつの性格がよく分からなくなって来た。
「フーカ。俺が異世界人だって事は知ってるな?」
「はい、存じております」
「俺は異世界で犬を飼っていた。名前はビリィ。俺がそこそこ爺の時に、まぁ死ぬまで面倒みてやれるかな?と思って飼ってたんだが・・・不覚にも先に俺がポックリと逝っちまった。異世界に残してきた俺の未練だ」
「はい、存じております」
ん?姫犬に聞いた?いや違うな。そうかこいつ盗み聞きしてたんだったな。
「俺がこっちの世界で死にかけた時、それを助けたのがビリィだ」
「はい?」
「俺が死んだ後、俺の後を追い、この世界までやって来た。そして・・・あいつの中に入り、同化した。だからあれは俺の犬なんだよ」
訳がわからない。そんな風に眉間に皺を寄せて考えているフーカが、はっと顔を上げた。
「あの時!あの時、人が変わった様に泣いて名前を呼んでいたのはそういう事だったのですね。
・・・では、今のティルフス様はティルフス様ではないのですか?」
もっともな疑問だ。
「その辺は俺もよく分からないんだが、両方の記憶を共有してるみたいだな。犬と姫と二回分の人生を送ってる様な感じなんじゃないか?」
「なるほど得心がいきました。あの襲爪姫と呼ばれた狂犬が、ああも容易く人に懐くとは・・・、不思議に思っていたのです」
しゅうそうき?それ前にも聞いたな。しかし、狂犬とは・・・イメージがないんだが。
「襲爪姫ってなんだ?」
「爪とはグルスス族が愛用する刃の厚い短剣の事です」
あぁ、黒甲冑を殴り飛ばしてたあの短剣か。
「グルスス族であるティルフス様が、この爪を持ち襲撃戦を得意とした事から付いた二つ名ですが・・・、この国の兵士で襲爪姫の名を知らない者はまず居ないでしょう。森や山でティルフス様の部隊に遭遇した相手は必ず一人を残して全滅した、と聞いています」
エグいな。
「それとティルフス様は一度敵と見なした者には、同族であろうとも容赦しない事でも有名です。ティルフス様の爪の餌食になった者は数知れず・・・ただ、老人子供には優しいという話もありまして、国民からの評判は悪くなかったりもします」
狂犬ねぇ、まぁ色々とあったんだろうな。
「ティルフス様が異様に懐いている理由は分かりました。ではジン様が学校という選択肢を選んだ理由はなんでしょうか?」
いや、ホント農学科に興味があるだけなんだが・・・。
「もしかしてフーカ、行きたくない?」
ふと思った。
「そのような事はありません。従者たる者、主人の行く場所に着いて行くだけ、私如きの私情を差しはさむなどありえません」
凛とした態度と口調だった。けど、少し目が泳いだ。
フーカの顔をジッと見つめてみる。
「行きたくない?」
「そんな事はありません」
ふむ、分からんな。カマ掛けるか。
「そんなに嫌なら仕方がない。違う方法を考えよう」
「ジン様、私如きの為に選択を狭める様な真似をしてはいけません。ジン様が成したい事を成さればいいのです。私はそれに着いて行くだけなのですから」
こいつの忠誠心はどこからくるんだろう?
後、顔が近い。
「行きたいの?学校に」
「行きたく、行きた・・・いです」
やっぱり行きたくないのか。
「まぁ、異世界から来た我が主人殿にはそこの狐娘の悩みなど分からんじゃろうて」
出たな、問題その3
フーカの背後に真っ黒フリフリの服を着た、ふわふわクルクル髪の少女が腕を組み、無い胸を反らして立っている。
まさかこのタイミングで出てくるとは思わなかった。
「だ、誰、どちらさまでしょうか」
フーカが目を白黒させて俺とゴスババァを交互に見てる。
そりゃ音もなく突然に、派手な少女が現れるんだから驚くよな。
「儂か?儂は其奴の鎧で奴隷じゃよ」
違う。と言いたい所だが、実際に奴隷みたいなものなので何とも言い難い。
「えっ⁉︎」
目を見開いてこっちを見てくるフーカの視線が痛い。
「ジン様は既にこんな可愛い子を肉奴隷にしていたのですか⁉︎」
「肉を付けるな」
可愛い・・・のか。フーカにはそう見えるのか。そうか。
俺には・・・、まぁいいか。
「耳年増な子じゃのう」
耳年増とは違うと思う。
「それでまおー、異世界から来た俺には分からんってのはどういう事だ?」
「まお?マオちゃんですか?」
「そやつは芙狐族じゃろ?主人殿はこの狐娘を見て何を思う?」
芙狐族と言われたフーカが身を固くしてまおーを見て、俺に視線を移した。
「何って・・・何?美人とは思うが、それが何だ?」
ゴスババァがなんかニヤニヤしながらフーカを見てる。なんだろうこいつが一番ムカつくな。
「主人殿、芙狐族が獣人族以外の世界で非常に需要が高いのじゃが・・・、何故か分かるか?」
獣人族以外で?需要がある?
んー・・・。
「分からん」
「奴隷、です」
答えたのはフーカだ。
ひどく緊張しているのか、浅い呼吸を繰り返してる。
しかし、何故に奴隷なのか。
美人は美人だし、綺麗なのが多いとも聞いたが、それだけ・・・か?うーん?
「分からんって顔をしとるの」
ゴスババァに頷いて見せた。
「美人が多い、魔力が高い、そして情の深い一族でもある。主人殿も一時はそうなったであろう?」
っあ!
「昔に流行った事があったのよ。通常より強固で道具も必要としない芙狐族の契約。しかも見目麗しいとなれば必然じゃろ?獣人族以外の種族がこぞって芙狐族を襲い、無理矢理に脅し、隷属契約を結ばせ、売り飛ばす。後はどういう道を辿るか分かるであろう」
なるほど。なるほど。なるほど。
最初の頃やたらと暗い顔してたのは、そういう扱いを想像しての事か。
なんでかんでも性に結びつけるのも一族の経験って事か。
学校とか行ったら、そりゃ色んな目で見られるだろうなぁ。
「一時は芙狐族の奴隷を連れる事がステータスの象徴とまでなったのじゃが、道具を使わずに行える強力な契約が、そんなほいほいと都合よく重ねられる訳がなかろう?契約を甘く見た阿呆共によって悲劇が起こった訳じゃ」
あぁ、ちょっと分かってきた。
「芙狐族の数は然程多くはない。じゃが高まる需要に呼応してより複雑に契約が重ねられて行った訳じゃな。やがて無理を重ねた契約はほんの少しづつ綻び、徐々に契約全てに及び、連鎖崩壊を起こした。契約に関係した全ての人の死という結果を残しての」
うわぁ・・・。
「本来は被害者である芙狐族の名が恐怖と共に世界に知れ渡った訳じゃな。まぁ、もう五百年も昔の話じゃが、その後の大戦の引き金になった事もあって今でも知る者は多いじゃろ」
なるほどなぁ。けど、だな。
「フーカ」
「ひ、ひゃい!」
緊張し過ぎだろ。
「お前は学校で注目を集めるのが嫌なのか?」
「いえ、嫌ではない、とは言いませんが、そういう事ではありません」
「んじゃ、なんだ?」
「いえ、その・・・。私は従者として、学校であろうともジン様のお側を離れる気はありません。ですので・・・、ジン様が芙狐族を連れて歩いく事で、不必要な憶測の的になる可能性があるかと・・・」
そこまで俺の為か。
こいつの忠誠心は、本当に一体どこから来ているのだろうか。
まおーを見ると、まおーも目を丸くしていた。お前からしても予想の斜め上をいってたんだな。
「んじゃ学校以外にしたい理由ってのは・・・」
「学校であれば種族を偽ることはできませんが、その他であれば隠すだけなら容易ですから」
なるほどねぇ。で、あるならやっぱり学校に行くべきだよなぁ。
「んじゃ、学校行きに決定だな」
「よろしいのですか?」
よろしいもよろしくないも・・・。
「旅をするにしろ、他の何かをするにしろ、お前を隠すつもりがないから同じだ。むしろ俺の為だと言うなら胸を張って堂々としてろ」
目を丸くして聞いていたフーカが、俺の前で膝を折り手を突いて頭を下げた。
「分かりました。ジン様の従者の名に恥じぬ様、肝に命じます」
うーん、なんか違う気がする。
頭を下げるフーカの後ろに、ニヤニヤして見てるゴスババァがいる。
「ふぇっふぇっ良いものを見せてもらったのう」
うーん。この鎧はいらない気がする。捨ててってもいいかなぁ。
「あの、この方は・・・?」
まぁ、フーカが気になるのは当然だよな。見た目は子供、喋りはジジイ、その上に知識が豊富となれば、気にならない方がおかしいが。
「魔王」
「いえ、名前ではなく」
「いや、名前じゃなく魔王」
「マオウ?そういえばジン様の鎧は、魔王の鎧でしたね」
「確かに魔王の鎧だが、そいつは魔王本人だよ」
「じゃよ」
「え⁉︎」
フーカが俺とゴスババァを交互に見回してる。
なんかさっきから同じ光景を何度も見てる気がするな。
「あの全世界を恐怖に陥れたと云われる悪名高き屍の魔王ギルガ・イルラですか⁉︎」
ゴスババァってそんな名前だったんだ。
「いかにも」
あっ
バンッ
と言う間に、豪快に戸を開けてビリィが帰って来た。
「ジンただいまー。許可もらって来た・・・よ?」
仕事が早いなおい。ってか、早すぎないか?
見知らぬゴスババァに驚いたのか、ビリィはゴスババァに視線を止めたまま固まった。
「お前、森のフリフリ少女か⁉︎何故ここにいる⁉︎」
どんなネーミングだよ。
「酷い言われようじゃな」
ビリィの顔が勢いよく俺に向いた。
「ジン、嘘ついたの⁉︎」
何この修羅場みたいな感じ。やめて。




