姫犬と犬
ウルグスルナ王国の侵略戦争は、王城の半壊と共に唐突に幕を降ろす事となった。
原因は戦線の膠着状態に業を煮やした国王クルガ八世による英雄召喚の失敗。
英雄とは名ばかりの厄災を召喚し、 制御しきれぬままに王城は半壊。
それにより国王クルガ八世と王子アルフ三世は死亡。王女アンネマリーも意識不明の重体となった。
英雄として召喚された厄災ギュスターブもまた、不完全だった召喚により肉体崩壊を起こし消滅。王都は一時大混乱におちいる事になった。
この事態にいち早く気付き、行動を起こしたのがフレデリク公爵であった。秘密裏に戦線の収束を計り、戦争終結へと策を巡らせていたフレデリク公爵は、早急に軍を率いて王都へと帰還、混乱を治めると同時に全面降伏を宣言した。
これにより勇者ウルグスルナの建国より300年の歴史を持つウルグスルナ王国は解体。
フレデリク公国と名を変え、犬狼族の国、ティルニスス王国の属国となる事で早期終結したのだった。
ちゃんちゃん。
というのを表向きの話とする為に、現在あちこちで調整されているらしい。
フレデリクの爺さんがうれしい悲鳴を上げているらしいが頑張ってもらおう。
「ジンー・・・」
ぐぉっ、くっ苦しい。
戦争がおさまって欲しい方向に進んでいるのはいいのだが、俺については問題が山積みになっちまった。
問題の一つが俺の膝の上で寝ながら抱きつき、締めてくるこの姫犬。もといビリィ。
こっちの世界に帰ってからずっと離れない。
一応風呂、トイレと寝る時は居ないのだが、それ以外の時はそばから離れないし、暇があれば常に俺の膝の上にいる。
甘えん坊な所がなかった訳じゃないが、ここまでじゃなかったんだがなぁ・・・。
何ヶ月も入院しててずっと放ってたから、その反動なのかもしれない。
だが、今のこいつは犬じゃなく姫だ。一応。
こいつには色々と立場がある筈なんだが・・・大丈夫なんかな?
こんな事になってたら犬耳ズがうるさくなりそうなものなのだが、彼らにも色々と事情があるらしく、何か言ってくる事はない。
というか、そもそも犬耳ズは護衛である以前に、旦那候補なのだそうな。
彼らは結構な偉い貴族だそうで?現国王の娘である姫犬を娶れたなら、次期国王へと近くなるとかなんとか。
こいつの国では一番力のあると認められた者から国王が選ばれるそうで、国王の娘を嫁に出来れば自分の力を示す機会がどーちゃらこーちゃららしい。
まぁなんかよくわからんが、一番強い奴が王になるってのは犬っぽいな。
まぁそんな訳で、この戦争で姫犬の下に付き、一番戦功を上げた者が・・・とかいう話だったのを、俺が横から搔っ攫っちまった訳だ。
基本、犬狼族では強い男に女が懐くのは極当たり前な事で、今の姫犬の態度も別におかしい風には見えないのだそうだ。
実際に強さを示し功績も上げた以上、犬耳ズが言える事は何もないらしい。
負け犬の遠吠えは恥なんだろう。
あと、種族によっても色々あるが、犬狼族の中では他種族婚はよくある話なので気にする者は少ないらしい。
やれやれだ。
俺の犬だから面倒を見るのであって、次期国王候補とかに祭り上げられるとか絶対にヤなんだが・・・。
ん?
ビリィの耳が動いた。
何かを確かめる様にピコピコとせわしなく動いてる。ってことは。
背中をそらせて頭を後ろに避難させる。
ガバッ
勢いよくビリィが起き上がった。
初日はこの動きについて行けず後頭部で顔面を殴られたんだよな。
そのままの勢いで立ち上がったビリィが、服を払い近くの椅子に澄まし顔で座った。
おい、顔にズボンの型とヨダレの跡が付いてるぞ。でも教えてやらない。
コンコン
「どうぞ」
ノックの音に返事する。誰なのか聞かなくても分かってる。ビリィがここまで過剰に反応する奴は一人しかいない。
「ジン様失礼します」
と、入って来たのは問題その2のフーカだ。
フーカは俺に向けて頭を下げるとビリィをちらりと見た。
ゆっくりとした動作で口元を手で隠し、プッと笑った。
「またジン様の膝の上で寝ていたのですか?駄犬。せめて涎の跡くらい拭いたらどうです?」
「なっ⁉︎」
慌てて口元を拭うビリィ。
今のこいつは姫犬なのかビリィなのかよく分からないんだが、このへんのドジな所が同じ過ぎて、違和感がなくて困る。
「女狐が!駄犬とはなんだ駄犬とは‼︎」
「あら?働きもせずに主人にくっ付いて離れない犬を駄犬と言うのですよ?知りませんでしたか?」
駄犬にそんな定義があったとは、それは俺も知らんかった。
「ふんっ、媚びへつらい機嫌取りに必死な女狐に言われたくないわ。第一、もう契約はなくなっているはずだが、貴様はいつまでジンに付きまとう気だ?」
「私は真の主人をジン様と見定めただけの事、契約の有無など些細な事です。主人と見定めた方の為に骨身を惜しまず働く事は従者として当然の事では?」
「何が骨身か、骨と皮しかない狐が」
「だーれーがっ!骨と皮ですか!デカいだけのチチをぶら下げた駄犬が偉そうにしないで下さい!」
ホント仲良いよなお前ら、何回このやりとりやったら気が済むのか。
なんかもうほのぼのするわー。
しかし、なぜフーカが俺の従者になりたいのかがよく分からん。
英雄だったって言っても期間限定の話だ。
事態が落ち着けば何処か静かな所で畑でも作ってのんびり過ごすだけ、従者とかいらん。
と、言ったのだが、構いません従者にして下さい。の一点張り。
この頑固な狐耳をどう扱っていいのか分からんのよな。
とりあえず、今は俺が軟禁状態なもんだから、あちこちに進展とか聞いて回ってもらってる。
ギュスターブ・フォン・コペルニクスは一応死んだ事にはなってるんだが・・・。
俺の容姿が十六歳程で固定されちゃってるんだよな。髪も金髪から黒髪になってるし、顔もギュスターブの頃より昔の俺に近い。
もう誰こいつ?って感じなんだが、なぜこうなったのか。
兄ちゃん、俺の言った、このままでいいよ、ってどう解釈したんだ・・・。
ちゃんと話をしとくべきだった。
そんな俺の扱いもあちこちでちょっと困ってるらしい。
「第一、前々から腕力一辺倒のグルスス族とは話しが合わないと思っていたのです!」
グルスス族?
あぁ、犬狼族の中でも色々とあるのね。人間だって住んでる地域がちょっと違うだけで何族がー何族がー言うものな。
「はんっ!ちょっと魔力が強いだけの芙狐族がなんだってのさ」
売り言葉に買い言葉、まぁ個人と個人で言いあってる分には構わんが、一族とか持ち出すと収拾がつかなくなるからその辺の話題はやめてもらおうかな。
「頭の中まで筋肉に支配されてるグルスス族に一度格の違いというものを見せておかなければとは常々思っていたのです」
脳筋って言葉はなさそうだ。よかった。
「面白い。小手先の技が力の真髄にどこまで迫れるのか見てやってもいいぞ?」
「言いましたね?」
フーカの目が細くなった。おい、殺気が出てるぞ。
「格の違いを見せるというのには同感だ」
喧嘩を買うなや駄犬。
やれやれ。
パンッ
思いっ切り手を叩いて大きな音を出す。
犬のビリィが問題を起こしたり、パニックになった時によくやってた事だが。
二人がピタリと止まってこっちを見た。
なぜかフーカにも効果があるんだよな。
「座れ」
大人しく二人ともその場に座った。
正座しろとは言ってないんだが・・・まぁいいか。
「それで、なにか分かった事は?」
フーカがピンと耳を立てて姿勢を正した。
「黒い近衛の正体が分かりました。ミイラ化が進んでいた為、おそらくという文字が頭に付きますが、元国王クルガ八世と王子アルフ三世に間違いないと、後ジン様がおっしゃられていた通り、魔ダニと呼ばれる小さな虫が発見されたそうです」
「姫さんは?」
「意識を取り戻したそうで、今、色々と話を聞いているそうです」
そうか、意識を取り戻したか。
勇者の魂と魔ダニを封印した時に倒れたままだった姫さん。万知さんは大丈夫と言っていたが、そこだけは気掛かりだったんだよ。
「姫さんの処遇について何か話してたか?」
「それなんですが、いくつかの意見で割れているそうです」
ふむふむ。
「今出ている案が、処刑案、婚約案、隔離案なのですが、処刑はアンネマリー王女が操られていたという事実を伏せていたい事情もあり、生き残った王女を殺しては国民が暴動を起こす可能性も考慮され、ほぼ採用される事はないでしょう。
次に婚約案ですが、現在適当な人物がおりませんので、保留となりそうです。
最後に隔離案なのですが・・・」
ん?妥当な所と思うが、言い淀んだ?
「隔離中にジン様と結ばれる大冒険活劇の構想で協議が盛り上がってます」
「なんで⁉︎」
「ギュスターブ様が死亡されたというのは表向きの事実をですが、ジン様がアンネマリー様を助け、戦争を回避したというのもまた、周知の事実です。そのジン様を放置しておくのは惜しいという事と、いつかまた王国とへと戻す時の為に、王女様を守る騎士の英雄譚があれば事を運びやすいだろうと」
創作してどうする。
「その話、どこまで具体的だった?」
「現時点では妄想の域は出ていませんでしたが、フレデリク公爵様が一番ノリノリで構想に加わっていました」
あの爺ぃ⁉︎
フレデリクが音頭をとってるとなると現実味を帯びてくるかもしれん。不味いな。
待てよ?
「どうかしましたか?」
「なぁフーカ」
「なんでしょう?」
「俺はここに留まってる必要はあるのか?」
「まぁ・・・急に居なくなられては、フレデリク様は困るでしょうね」
ふむ、出来るなら迷惑は掛けたくないが・・・。変な創作劇には、もっと巻き込まれたくない。
「ジンは前みたいに畑を作りたいんだろう?」
「そうだ」
急に入ってきたな。お前の存在を忘れかけてたよ。まぁビリィにも関係のある話しだしな。
「で、後を濁さずにフレデリクから離れ、アンネマリーの婚約者候補から外れたいと、そういう事だよな」
よかった。ちゃんと話は聞いてたんだな。
「そうだな」
「なら、いい案がある」
なんてにこやかないい笑顔をするんだビリィ。
なんかすでに裏がありそうな気がしてきた。
「学校にいけばいいのさ」
学校?・・・学校⁇
なぜここで学校が出てくる?つか、お前、俺が何歳かよく知ってんだろ。
「理由を聞いていいか?」
「フレデリクが一番困るのは、今、急に姿を消され、消息が掴めなくなる事だ。遠くの学校に入れば居場所は把握出来るから困らせる事はないし、遠い分干渉され難い状況を作れる」
「ふむ」
一理あるように聞こえる。
けど今からまた学校かぁ・・・。
「ジンは知らないと思うが多種族間の交流と技術や技能の交換研究の場として国際連盟が運営する大学校が色んな所にあるんだよ」
「ほぅ」
急に話の規模がデカくなったな。
「その中でも私が目を付けたのが第六大学校。ここから六国離れた遠い場所というだけでなく、この学校にはジンが求めるものがあるんだよ」
こいつ、いつそんなの調べてたんだろう。
俺が起きてる時はずっと一緒だったし・・・寝てる時か?だからよく寝てたのか。
ってか、俺の求めるものって何だ?
「なんとそこにはな・・・」
もったいつけてくるな、そのドヤ顔がムカつくぞ。
「農学科があるんだ」
「行く」
それを先に言えや、こんちくしょう。そんなもん行くに決まってんだろ。
いやぁこの世界、化学肥料とか農薬とか無さそうだし、この世界の農業のノウハウをどこで学ぼうか迷ってたんだよな。そんな学校なら最先端が学べるかも・・・。
ヤバいワクワクしてきた。
「その学校に通うのに資格とか試験とかあるのか?」
「貴族枠と一般枠があるが、基本貴族であれば自由に学校を選択できる。貴族は従者として一名、一緒に入学させれるから、ジンはフリーパスだ」
ふむ、あと問題があるとすれば・・・。
「費用はいくらかかる?」
「貴族はタダだ。まぁ生活費は掛かるがジンと私と女狐がいれば生活費なら困る事はないだろう」
困らない??
「援助は受けないぞ?」
「あぁ、そうか。ジンの世界じゃ魔物魔獣の類は居ないんだったな・・・、この世界には討伐や護衛の仕事を斡旋する冒険者ギルドがあるんだよ。
まぁ、討伐って言ってもアーティファクト級の一撃を跳ね返すジンが苦戦するような依頼なんてそうそうないけどな」
なるほど、冒険者ねぇ。
稼ぎ口に当てがあるならそれでいいか。
「よし、分かった、それで行こう。準備は任せて大丈夫か?」
「任された」
そう言ってビリィは立ち上がり、勢いよく部屋を出て行った。
どこまでも慌ただしい奴だ。




