潜入
薄暗い石造りの地下室。
おそらく魔法で灯されているのだろうランプで仄かに照らされている。
ゴテゴテに装飾された木の淵の付いたソファー。
見栄えはなんか良い感じに見えるが、今ひとつ。そしてクッションか固くて座り心地が悪い。
目の前にあるテーブルもまたふにゃふにゃとした縁取りのされた木の淵に囲われた大理石っぽい物で出来てる。
テーブルの上には三段になってる銀の皿。その銀の皿もまたふにゃふにゃの装飾が・・・。
なんだろう簡単に言うと趣味が悪い。
中世風というのだろうか、なんちゃら様式みたいなものに詳しくはないが、別に嫌いという事はなかったはず。
銀製品だって持ってた訳じゃないが、別段嫌いという事はなかった。
多分、絶対的に趣味が合わないんだろうなぁ・・・、この部屋の人と。
そんな事を考えながら、三段の銀皿の一番下にあるパンを一つ手に取り、食った。
固い、パサパサしてる。味はあるが・・・、この粒々してるのはライ麦?いや、ライ麦パンはそもそも固いか。
なんというか、美味しくない。
そう考えると支給されたパンもそんなに悪いものじゃなかったのかもしらん。
あれも美味くはなかったが、これと大差ない気がする。
そういえば、新しい電子レンジに買い替えた時、なんか凄い機能が増えてて、ついつい面白そうでパンとか焼いてたっけかな・・・。
ロールパン作ってるはずなのに、何回やってもふっくら焼けなくて諦めたっけか・・・。
もそもそ。
「貴方が動じない性格なのは存じてるつもりだが、そこまで堂々としていると、なにやら感じ入るものがあるな」
いつの間にやら後ろに立っていた姫犬が呆れた感じに言ってやがる。
「気にすんな、開き直っただけだ」
そう、開き直っただけ。
姫犬もそうだが、万知の書もそうだ。お前らの言葉が足りないせいでえらい事になった。
俺に身を捧げたフーカとかいう芙狐族の狐耳娘。その芙狐族というのは獣人族の中でも突出して魔力が強いらしく、その中でも特に族長やそれに名を連ねる連中は頭抜けているそうだ。
そしてその族長の子である頭抜けて魔力の強い娘が身を捧げる、というのはそれだけで儀式的というか、強制的に契約が成ってしまうのだそうだ。
つまり、口約束と言えど了承していまえば契約が結ばれてしまうって事。
ならば拒否すればいいとも思うが、拒否すれば拒否したで、それ相応のペナルティーを双方が受けてしまうという難儀なものなのだそうだ。
ただ、これを回避する事も出来る。
それが第三者による契約の代理受諾だ。第三者を噛ませる事でペナルティーの拡散というか、曖昧に出来るらしい。
というか、契約の効力が絶大なこの世界では割とポピュラーな手法であるみたいだ。
あの時、姫犬は俺を助ける為に横から口を出したって事になるが・・・、そんなん異世界人の俺が知ってる訳がない。
つーか、そんな危険度の高ぇ連中の情報を寄越さねぇ意味が分からねぇ。
姫犬としては俺の最終的な判断する為に、あえて黙ってたらしいが・・・、阿呆な真似をしたもんだ。
そんな訳で、狐耳娘の身を預かる事になってしまった。
あぁ、平和に生きたい。
俺、これが終わったら畑でも買って静かに暮らすんだ。
はぁ・・・。
身を預かったのはいいが、それでめでたしめでたしチャンチャン。
と、なってくれないのが困り者。
そのせいでさらに深刻な問題を抱える羽目になってしまったのが、頭が痛くなるタネだったする。
この契約。履行出来なければペナルティーを受けるのは、まぁ当然として。履行し契約が成立した場合、この狐耳は正式に俺の所有物になる。
まぁただの所有物だっていうならやり様が色々あるのだが、この場合は生贄っていうか供物というか・・・。
まぁ、その贄となったお陰で強制力はべらぼうに上がったものの、成立した場合の縛りもまたべらぼうに上がる訳で・・・。
つまり、贄は契約者に対し絶対服従であり、契約者の死は同時に贄の死にも直結してしまう状態になってるらしい。
なら俺が死ぬ前に解放すれば・・・、とも考えたのだが、俺の物である以上、俺が必要としない=死。となる。
馬鹿げてるとは思うが、それほど重い契約なのだそうだ。
万知の書に解除の方法はないか考えてみたが、反応がない。
方法がないから反応がないのか、また反抗的になってるだけなのかわからんから始末が悪い。
八方塞がりだよ、ホントに。
そんな訳でどんなお偉いお貴族様か知らねぇけども、そもそもこっちの常識なんてさっぱり分からん俺としては、開き直らんとやってられん訳だ。
パンを齧りながら右後ろを、前を向いたまま見る。
ショートカットの髪から狐耳を生やしたフーカがいる。緑とも茶とも見える服に革の胸当て、小手、脛当てを身に付けてる。
動きやすさを重視した装備なんだろうな。
背は150㎝程の小柄細身、顔は目鼻立ちの整った美人さん。
ただ顔色が悪い。正気のない目をしてぎゅっと口を結び、なんかに耐える様にじっとしてる。
自分の今後に悲嘆しながらもじっと堪えてますって顔かね?
はぁ。
あの森での騒動から隠し通路を通ってこの屋敷に入り、今に至るまで一言も喋ってない。
まぁ、姫犬との事情説明というか、常識のすり合わせに忙しくて話しかける暇もなかったんだが・・・。
後でこいつともちゃんと話さんといかんなぁ。
なんとも沈痛というか緊張感漂うというか、重苦しい空気の支配する中、もそもそとパンを一つ平らげた所で気配が一つ近付いて来た。
この屋敷はその大貴族の屋敷であるらしく、無駄に広いのだが、内部の人数は驚く程に少ない。
そして、この部屋は地下でもさらに隠された部屋であるようで、内からも外からもいくつかの仕掛けを解かなければ辿り着けないようになっている。
まぁ、本来は緊急用の逃走路として使われるものなんだろうから当然といえば当然なんだが、そんな場所に来れる者は限られるだろう。
家主か側近中の側近か。
カタン、コトン、カタカタカタと仕掛けを外していると思しき音がした後に戸が開いた。
姿を現したのは背広に似ていてかつ、金色い装飾のゴテゴテした服を着た上背のある筋肉質な男だった。
短く刈り込まれた茶色い髪に白い物が混じっていて、顔の皺が深い。
この服はお貴族様の服なんだろうか?ガタイがいいから軍服にも見える。
いい体格してるのもあって妙に歳が分かりにくい奴だ。
入って来たおっさん・・・どっちかってっと爺か。
その爺が何か言おうと口を開きかけて、驚いた表情のまま固まった。
通常、定時連絡にこの部屋を使う際は、一人か二人しか入らない。という約束だったらしいから、大人数で押しかけたのに驚いたかな?
いや、変に視線が泳いでるが、俺が一番気になるらしい。
犬耳と狐耳の中に人耳が混じってるのに驚いた?
・・・そんな感じでもないな。
「儂は・・・儂の名はオスヴァルド・ノア・フレデリクと言う。貴殿の名を聞いても構わないか?」
俺をガン見したまま爺が、やや怯え気味に言った。
・・・怯える理由はなんだ?
フレデリクってアレだよな。確か姫犬から聞いた公爵の名前。
んで、状況に困惑しながらも真っ先に俺に名前を聞いて来たって事はアレだよな。
「俺は・・・、ギュスターブ・フォン・コペルニクス。
と偽名を使って雲隠れしたなんちゃって英雄だよ」
さて、どういう反応が返ってくるかね。




