4・26 郷愁病の原点の部屋
4・26 郷愁病の原点の部屋
郷愁病がひどくなった。僕の郷愁は、すべて祖父の部屋から始まる。もうそこになくなってしまった、いつも夕暮れだった、祖父の部屋。あの家は、日本間ばかりの家だった。その中に、一部屋だけあった洋装の部屋。いつもレコードの音が聞こえた気がした、思い出の中の夕暮れの部屋。
僕はその部屋でレコードを聴いたことがない。僕が物心ついたころには、祖父は痴呆で病院で寝たきりだった。レコードは壊れていて回ることもなく、針はなくなってツマミは錆びていた。
壊れたレコードの機械と埃を被った小さなシャンデリアのある祖父の部屋は、かつての僕にとっては浪漫と憧憬の宝庫だった。ゼンマイを巻けばコチコチ音はするけど、針が錆びて動かなくなった懐中時計とか、片方レンズの外れた祖父の昔の眼鏡とか、脂と埃で詰まって使えない鼈甲柄の煙管とか、埃でくすんだ蛍石とか。とかく祖父の部屋は一少年の心を鷲掴みにした。僕の原点はあの部屋に違いない。古札や古銭とか、まだソ連が記されている所々紙の剥がれた地球儀とか、何に使うのかよく分からない金属と糸で出来たなにかとか。子供用のとは違う冷たい金属製の鋭利な製図用コンパスとか、母が中学時代に作ったらしい、罅の入った手の彫刻とか、古い小さな香水壜の入ったオルゴールとか。挙げればキリが無いけれど、今の僕が求めているものは、すべてあの祖父の部屋にあった。
だがそれも、もう今はなくなってしまった。退職した伯父が都会から帰ってきて、彼はシャンデリアを蛍光灯に取り替えた。部屋にあったもの達は捨てられた。僕はあの部屋には戻れない。
戻れないことで、思い出は加速する。失われることで、帰れない過去はきらびやかに輝きだし、鮮やかな色彩を帯びて現在に帰る。あの夕暮れの部屋はきっと、失われてしまわねばならなかったのだ。祖父はもはやこの世にはいない。今年は十周忌の節目の年だった。もはや誰も、この世に彼のことを語る者はいない。今は冷たい位牌ひとつが、この世に残された祖父の痕跡だ。僕の祖父の思い出はあの部屋であり、その思い出の中に祖父はいない。
そうして不在のまま思い起こされること。顔が思い出されないまま、周辺の景色の断片だけが残されること。だがそれは、鮮烈な人間の思い出それよりも、美しく鮮やかな記憶を残す。思い出すには、断片のほうがいい。
そうしてひとつの断片の形で、思い出され語られること。そうして語られる者になること。そうしてある人を語り思い出す、最後の一人として思い出を、ひとり抱えて生きていくこと。そうして時々思い出しては、誰にも向けずにさみしく書きつけること。
それが、生きている者にできるただひとつの供養、というものではないのかと今は思う。(了)




