4・27 写真は真実を写さない
4・27 写真は真実を写さない
雨が近づくと、詩を書きたくなる。今日は雨が降りそうな空だった。それで夕方に詩を書いた。夜、タバコを買う為に外に出た。ちょうど雨が降り出していた。
私だち少年らは、おたがひに女の子のやうな深い情愛をかんじ合って、かく詩や俳句の対象はいつもそれらの友に於て選んだ。美しい少年の友だちらは、ある時は、詩のことを話したりして、熱い握手や接吻をしたり、蒼い日暮の飽くことをしらない散歩をしたりしてゐた。
(室生犀星『叙情小曲集』自序)
もう二年程も前の春の日、柾木はある少年と出かけた。青梅の梅祭りに行こうと言って、二人連れ立って出かけた。その道の途中に、河原があった。東京の見物人で混む道を外れ、彼等は河原へ降りていった。
河原には、彼等の他に誰もいなかった。柾木は二人だけの場所を見つけ、少年もまたそのことを言った。柾木は少年に水切りを教えた。柾木が対岸まで石を届かせるのを、少年は楽しそうに見ていた。少し角度と回転をつけるんだ、そう柾木に教えられると、少年はすぐにそれを覚えた。それから少年は石を拾っては、夢中で水面に石を放った。
柾木は少年のその姿を、持ってきたカメラで何枚も撮った。少年を写す写真は何故か、モノクロが実によく似合った。
日が傾いた頃、梅園に入った。帰っていく見物人たちとすれ違い、人もまばらな丘に登った。柾木は梅を見る少年の横顔を、モノクロでカメラにおさめていった。
その日の数枚の写真を柾木は、二年後のいまも時おり眺める。その姿は、もはや失われた少年の姿だった。それは今となってはもはや、彼の思い出によって美化された、ひとつの追憶の姿だった。
あの梅園の梅の木がすべて、病気で切り倒されて無くなったことを、柾木は最近になって知った。(了)




