第63章
63.
幸いにして『迷宮』の奥底から流れ出した溶岩流は森を貫く渓流に達することなく、洞窟の入り口を塞ぐ土壁の内側でその流れを止めた。これでこの『知られざる迷宮』は他の冒険者たちに知られる事もないままに、『魔泉』を失い枯れ果ててしまったと言って良いだろう。それが良かったのか如何かは俺には分からないが、この渓流に溶岩流が流れ込み周囲を水蒸気爆発で吹き飛ばし、火山性の流出物が美しい森の渓流を死の川に変えてしまうのを防げたならば、それはそれで満足ではあった。もちろん、俺のやった事は精々何ヵ月か、あるいは何年かの事態の先延ばしであるだけかもしれないが。たとえ短くともその平和な日々には、何らかの意味があるはずだと、そう思う。
エレインから渡された『鍵』と、ソフィアから『同田貫』と一緒に返された『氷の剣』を手に考える。今はまだ何の説明も得てはいないこの『鍵』が閉ざし守る物が何なのかと。あるいは、あのまま『迷宮』の奥底にあったのだろう『魔泉』に到達する事が出来ていれば、そこにその『鍵』を使うべき本当の『宝箱』があったのかもしれないが。何れにせよ、そのあったかもしれない『宝箱』も、あるいは俺の手にする『鍵』の説明も、失われてしまった。
だが、仮にあの突発的な火山活動が本当に『鍵』の入った『宝箱』のトラップだったとするならば、やはり『鍵』と『鍵』が開くべく真の『宝箱』は別の場所にあると考えるべきだと思う。そうでなくては、真の『宝箱』が失われる確率が高すぎる。
否、ひょっとして誰かの恥ずかしい過去を示す何かが入っていて、本人以外の誰かが『鍵』を取ると、真の『宝箱』ごと侵入者を焼き尽くすトラップだったとか。きっと、あやしいサイトから入手した写真とかだな、それ。ふと、元いた世界の自分の部屋のパソコンの見られたくないディレクトリの存在が気になったが(正しくお宝ですね)、後の祭りではある。思い出さなきゃ良かった・・・。
「では皆はんは『虚無の狼の迷宮』に向かっとるちゅうわけやね」
疲れはしたが、お腹も空いたので、本日四度目の食事となった。俺たちの帰りを大人しく待っていた葦毛たちとジルとジバには、予想外なのか予想通りなのか嬉しい展開となったはずだ。今日の夜食は毎度代わり映えはしないが鹿っぽい肉を焼いた焼肉と、シャーリーが採ってきた森のキノコのスープ。どちらも食欲をそそる香りを周囲に放っている。今回の食事から食い扶持が約一名増えた訳だが、最初の二人程は食べないだろう、きっと、見た目からして、と希望的な予測をしてはいる。この想定がもし間違っていたら、俺としてはかなりショックを受ける気がする。
「それはそうなんだがな。これだけまだ目的地の手前だというのに『魔物』を見てしまうと、もう良いかなという気もしないではない」
焚火を囲んでいつも通りに俺の左にはソフィア、右にシャーリー、温泉と同様ではあるが正面にエレインが座っている。エレインとシャーリーの間でジルとジバがじゃれあっているが、ジルとジバはエレインにはさっさと懐いている様だ。やはり同じ『精霊』だからだろうか?焚火の炎越しにエレインを見ると、思わず温泉で見た光景が頭を過る。湯船の水面下で光が屈折し且つ揺らいではいたが、確かにあの大きさは・・・。
「じゃあ、リシタに引き返すの?」
横からソフィアが問いかけてくる。俺の約二倍の分量をよそったはずなのだが、既にぺろりと平らげて暇そうだ。暇に任せて、俺の腕にしな垂れかかってくる。まだこちらは食べているのですが、ソフィアさん?
流石元ドラゴン、侮れない。
本来、『魔物』という物をもっと見てみたいと思い、『迷宮』を目指した訳ではあるが。多少、食傷ぎみではある。大体、毎回、鹿肉って、飽きないのかねキミたち。飽きてないみたいではあるが。不満がないならそれで良いけどね、作る方としてはね。
「いや、俺はもっとこの世界を見てみたい。だから、まぁ、まずはこのまま『虚無の狼の迷宮』を目指してみようと思う。『虚無の狼の迷宮』にも街があるのだろう?後の事はその街についてから考えたいと思うが、それで良いかな?ただ、途中でこの森林地帯を抜ける前に、何処かエルフの村に立ち寄ってみたいと思うのだが。簡単に分かるとは思わないが、『エルフの王』と『エルフ王家』の事を調べてみたいと思ってね」
ソフィアの反対側に座るシャーリーの耳が、ピクリと動いた。
こちらも俺の二倍の量をよそったはずのシャーリーがゆっくりと、だが着実に皿の上の鹿肉を噛んでいる。ゆっくりだが、あの量を確実に食べきる事は実証済だ。
リシタを旅立ってから幾つかの謎を抱え込んだ訳だが、今回の『鍵』も気にはなるものの他に何の情報もないのでは、おそらくこれ以上の探究は不可能だろう。それよりも、シャーリーの出生に関わる事でもあり、この森林地帯を抜けるとエルフと出会う確立も減る事は明らかだし、やはりシャーリーの母を描いたらしい肖像画の謎を追う方が望ましいと思う。
「わたしは構わないわ。きっと、『虚無の狼の迷宮』の街でも、美味しいごはんがわたしを待っていると思うの。でも、ドーナ以外のエルフの村は、その存在する場所を明かしていないわ。シャルには分かるのかしら?」
そうか、ソフィアがそう言うならば、そうなのだろう。エルシャナがおしゃべりなだけで、普通のエルフは余り人間とは関わらないらしい。エルフの住む場所は何れの村々も、この森の街道からも外れた場所にあるらしい。盲滅法に道もない森の中を探し回っても、自分たちが道に迷うだけだろう。
「ごめんなさい、私が知っているエルフの住む村はドーナだけなんです」
可愛そうに、シャーリーがシュンとしてしまった。皿を持つ俺の左手は何時の間にかソフィアにロックされているので一旦右手に持つフォークを皿に置いてから、空いた右手でシャーリーの頭をなでる。ついでに耳もツツっとなでると、真っ赤になったシャーリーがジト目で睨んできたので、続きは我慢する事にしよう。
まぁ、シャーリーの落ち込んだ気分は、一瞬で払拭されたらしい。もちろん、俺はその為になでた訳であり、けしてセクハラではない、多分。
「このねきのエルフの住む場所どすか?どすえら、わいが案内できまっけど」
おお、さすが『水の精霊』頼りになるね!
一応、念の為、万が一にも、その可能性はないと思いつつ、他の二人同様に俺の二倍をよそったはずのエレインの皿が、何時の間にか空になっていた。頼りにはなるが、やはり、そうなのか?それとも、俺が間違っているのだろうか・・・。
「そうか、それは助かるよ。エレインがいてくれて助かったな。では、食器を片づけたら寝るとしようか?」
内心の失望を現さない様に努めながら、如何にか、それだけは口にした。
自分の皿の残りをかき込んで、内心で溜息をついて立ち上がる。
だが、この時はまだ、この後に起こる混乱を俺は知る由もなかった・・・。




