第61章
61.
フィレンツェの目の前の岩の壁には、その柄を残して刀身をめり込ませた剣があった。ただ、剣と呼んで良いのかは微妙で、何故ならば柄も刀身も一体のクリスタルの様なガラス質で出来ていて、まるでその見えぬ刃先の方から光が溢れだしている様に輝いている。溶岩流の川の向こう岸からも見えた輝きは、その柄の部分に宿る輝きだった。
妖しい輝きを放つ、ガラスの剣。
誰が何の為にこの『知られざる迷宮』の奥底、灼熱の溶岩流の川を渡った先の壁に、この剣を突き立てたのだろう?
これが元いた世界のガラスと同じ材質ならば、とても固い岩を穿つ事は出来ないだろう。岩をも穿つ硬度があるとすればダイヤモンドなのかもしれないが、元いた世界の技術では自然のダイヤモンドを剣の形に加工する事はとても出来えないだろうし、人工ダイヤであればこれほどの大きさに成形する事は出来ないだろう。つまり、元いた世界の技術では造り出せない剣。
俺の『同田貫』と同じく、ドワーフやエルフが鍛えた代物なのだろうか?
「これは『氷の剣』どすな」
俺の横に並んだエレインが、岩を穿つガラス質の剣の柄に触れながら言った。
如何やら『氷の剣』という代物らしいがガラスではなく、その名の通り溶けない氷ででも出来ているのだろうか?俺には元いた世界には存在しない怪しくも技術的にはその製法等、俺が考えも出来ない程に驚くべき代物なのだが、如何やらエレインには馴染みの物であるらしい。貴重ではあるのかもしれないが、エレインには普通に理解の範囲ではある様だ。
「エレインには、これが何だか分かるのか?」
思わず聞いてしまう。ついでに製法とか材質とかも聞いてみたいが、やっぱり『「魔法」でつくります』とか言われるんだろうか?
言うんだろうな・・・。
「へー、わてら『水の精霊』が使う『氷の魔法』で造られた短剣の様どす。『氷の剣』は『魔力』で強化されていまっしゃろから、この様に岩を貫く事も出来るでっしゃろが、ただ、何で光っとるのかが分かりまへん。『氷の剣』は普通は麻呂では光りまへん」
ふーん、やっぱり。
『魔法』は凄いよな。『「魔法」でつくりました』と言われたら、こちらはそこで思考停止するしかない。だって、それ以上分からないのだから。
それはそれとして。
見るからに怪しい訳だが、やっぱりこの『氷の剣』を引き抜くと、何か起きるんだよな?
フィレンツェは右手を『氷の剣』の柄に触れるが、柄はスベスベとした感触だ。だが、別に氷だからと言って冷たい訳ではなかった。少なくとも触れた途端に手が凍る訳ではない。右手にゆっくりと力を込める。
「引き抜いてみるから、何か起きたら何時でも逃げられる様にしといてね」
エレインを見てそう伝えると、エレインが無言で頷いた。
左手を柄の横の岩に沿えて、右手に更に力を込める。
『氷の剣』がゆっくりと、岩から引き抜かれていく。引き抜かれていくにつれ、柄と同じ材質の光り輝く刀身が姿を現すが、光の方は徐々に弱まっている様だ。多分、光源はこの『氷の剣』ではなく、『氷の剣』の刃先が貫いていた岩の奥にあったのかもしれない。刃渡り30センチ程の反りの無い小刀が姿を露わし、完全に引き抜くと、光はやはり『氷の剣』の刺さっていた岩の穴から漏れ出してくる。
ズンっ、と不意に周囲を包み込むような振動が起こり、『氷の剣』が刺さっていた岩の壁が崩れた。
目の前に直径50センチ位の穴が開き、岩の窪みに光を発している片手に載る位の小さな箱が置かれている。
「今度は『宝箱』でっせー。『迷宮』で時折見つかる事があるんや」
如何やら『氷の剣』は、この『宝箱』の場所を示す為に残されていたらしい。光輝くマーカーみたいな物だ。少なくともここに辿り着いた者にこの『宝箱』を開けさせる事が目的なのだろう。そう言ってエレインが無造作にその『宝箱』を手に取ると、10センチ程度の立法体が金色に輝いている。
い、良いのか!?
そんなに簡単に手にとって、罠とかないのか?これがこの世界の常識なんでしょうか?
エレインが手に取ると、フッと輝きを放っていたはずの金属質の箱が消え、中から何かの鍵の様な物が出てきて、エレインの手の平に残された。
「これは何ぞの『鍵』の様どすな」
エレインがそう呟くのと、『迷宮』の奥底から何か地鳴りの様な音が聞こえて来たのはほぼ同時だった。如何やらこの『宝箱』のトラップは、『宝箱』自体から『魔物』が出てくるとかではなく、もっと酷いものだったらしい。
「火山活動が活発化してる。逃げるぞ!エレインは自分で溶岩流を超えられるな!?」
俺はエレインの手を取ると、目の前を流れる溶岩流の川岸へと駆け寄った。
『迷宮』には『宝箱』がある。
そして、『宝箱』にはトラップがある。
残念だが如何やら、この手の元いた世界の常識は、この異世界でも通じるらしい。




