第60章
60.
『迷宮』の奥底には『宝箱』があると言うのは、元いた世界のファンタジー系のオンラインゲームに於ける常識だった。その事自体には、非常に夢がある事ではある。ゲームだしね。
それがこの世界の常識として何処まで成り立つかと言われると、かなり微妙な気がする。仮に『宝箱』があったらあったで、『誰が置いたのだろう?』となる。答えるとするならば『魔物が置いています』とか。
それはそれとして、仮に『迷宮』の奥底には『宝箱』があったとしたなら、冒険者たる者、たとえリスクが在ろうとも『宝箱』の取得に全力を尽くす事が常識と言える。おそらく、冒険者の間でしか通じない常識だと思われるが。
「ソフィ。ソフィの矢の羽根の部分にロープを巻いて、あの対岸にある岩を掠める様に放てるか?シャーリーは洞窟の左手の壁ぎりぎりに寄って、『風の魔法』で矢が岩を超える瞬間で矢の羽根を弾けるかい?」
ソフィアを振り返って、藍色の瞳を見つめながら問う。
何故かソフィアが紅くなっているが、そんな場合ではない。
そういうのは、夜にしようね?
もしこの灼熱の溶岩流の川を渡ると言うならば、幾つか方法がない訳でもない。まず思いつくのは、ソフィアの矢を使ってロープを渡す事だ。向こう岸に矢が刺さる程度に柔らかい場所があれば、何の問題もないのだが。後はこちら側のロープの一端を如何に高い位置に保つかを考えれば良い。
だが、残念な事に溶岩流のこちら側も対岸も、岩場だけで手ごろな木でも生えている訳でもない。矢が刺さる場所がないとなれば、洞窟の中でロープを対岸に固定するならば、たとえば前方の対岸に突き出た岩にロープを巻く事が出来れば何とかなりそうだ。
「わたしの方はやれば何とかなりそうだけど、飛んでいる矢の羽根の部分に『風の魔法』を当てるっていうのは、ちょっと無理があると思うわよ?」
ソフィアは頬を紅く染めながらも、しっかりと答える。
思わず抱きしめるか、頭をなでるかどちらにしようかと迷ったが、やはりそういうのは夜にしよう。
それはそれとして。
それはそうだな。いくらシャーリーが『合法ロリ』だからといって(・・・関係ないか)『風の魔法』の射撃精度がずば抜けて高いという訳でもない。
「ごめんなさい・・・」
シュンとしたシャーリーが下を向いて落ち込んでいるので、とりあえず頭を撫ぜておく。
やはり思い立ったら(撫でたくなったら)直ぐ撫でておかないとね。
だがこの手が使えないと言うならば、残る選択肢は、多くない。
まずは出来るだけ、後ろに下がる。
『同田貫』を『迷宮』の地面に置く。
再び振り返って、走る!
「ちょっ!?ちょっと、フィル!!」
慌てて叫ぶソフィアの横を駆け抜けて、溶岩流の流れの岸ぎりぎりで踏み切る!
溶岩流の真上で出来るだけ両足を前方して、学生時代以来の走り幅跳びを決める。
何か懐かしい気もするが、あれこれ思い出すのは何か走馬灯の様な気もするし、過去の想い出を振り払って着地する。
ふぅ、如何にか足が黒焦げになったりする事なく、対岸に折り立つ事が出来た。
対岸に残してきたソフィアがいろいろと非難の声を上げているが、まずは壁にめり込んだ光の確認からだ。
「何だろうな?」
『迷宮』自体は更に奥へと続いているが、奥を透かして見ても暗闇の中に境界が消えているだけで、何かが見える訳でもない。一方で右手の壁には丁度、俺の目の高さぐらいに小さな光がひとつ、輝いているのが見える。別に『迷宮』で『宝箱』を見つけたという訳でもないが、少なくとも何らか意味のある物がそこにあるらしい。
思わず、独り言の様に呟きが漏れた。
「何でっしゃろね?」
隣で誰かが応える。
え?
俺の呟きに同調した声のした方を見ると、何時の間にかエレインが横にいた。
俺以外に誰かが走る足音など、聞こえなかったのだが。
思わず狐につままれた気分だ。
如何やら人魚も、人を化かす事があるらしい。




