第57章
「あなた、ここに来たことがあるみたいだけれど、どうやってあのクマを倒したの?」
やはりというか、当然というか。ソフィアは俺たちの正面で湯船に身を浸すエレインと名乗る女を手放しに信じてはいない様だ。もしこの『迷宮』の温泉の存在を知っていて、ここを訪れるのが初めてではないのであれば、俺たちが苦労して倒したあの電気ヒグマを如何やって躱したのか、という事が問題となる。
「『魔物』が求めるのは人の命だけ。あいつらは『精霊』には興味があらしまへん。ところで、わいはあんはん方に興味がおまんねん。あんはん方は、如何やら西の方に向かっとる様どす。わいも西の海に帰りたいのや。一緒に連れて行って貰えまへんか?」
前半の答えは、ふーん、としか言いようがない。確かに、ヴィヴィアンは『氷の騎士』たちを使役していた。それ自体も、如何してそんな事が出来るのかが謎ではあるが。
そして問題は、後半の申し入れの部分だ。もちろん、俺たちがエレインを信じられないのと同じ様に、会ったばかりのエレインが俺たちを信じられる要素などありはしない。よくぞ『精霊』とはいえ、ただ一人で俺たちの前で堂々と湯に浸かれるものだ。まして、同行を申し出るなんて事が、あり得るのだろうか?ある意味その度胸というか、その結論に至った思考回路に感心せざる得ないが、かと言って、ここでエレインの申し出を受けてしまって良いものだろうか?
「如何して俺たちが、西に向かっていると分かる?」
堂々と俺たちに素肌を晒すエレインが邪悪な存在とも、あるいは俺たちを騙そうとしているとも思えないが、間違いなく隠している事はある。
それが知りたい。
実は俺より100歳ぐらい年上です、とか。
まぁ、俺も自分で自覚はなかったのだが、年上の守備範囲は広いらしいので問題ないが。
「ヴィヴィアンから聞きたんや。わいはヴィヴィアンとは遠い親戚なんえ」
そうか、そうくるか。
これは一応、自分から打ち明けた事にはなるのだろうが。一つ目の秘密はそれか。
エレインの金髪はヴィヴィアンより大分短く、この岩風呂に入る前からずぶ濡れという訳でもなかったが、確かにヴィヴィアンに良く似ている。別れ際に俺に口づけたその唇、同じとも同じではないとも言えないが。
「わたしは、ファーブニルとは、またいとこなの。・・・あなた『深海の乙女』ね?」
だが、ヴィヴィアンの名前はソフィアにとっては禁句だったかもしれない。二人の間で否が応でも、緊張感が高まる。
『ふぇ・・・』高まり過ぎた緊張のせい、というより再びのぼせたシャーリーが俺の腕を解放すると、そそくさと岩の上に身をよじ登らせた。
そのまま岩の上で、こちらにおしりを向けたまま突っ伏している。
緊張感ないですねシャーリーさん、ある意味才能なのかもしれない。
「昔、わいのおばーさんが『古の悪竜』と戦ったと聞きたんや。かて、わいとあんはんが過去のしがらみに拘ることはへんと思うにゃけど、如何でっしゃろ?」
おお、ソフィアのまたいとこを、悪竜と言い切りました!
だが、ちょっと待て、ここでソフィアにドラゴンへ戻られると、俺に被害が及ぶ事は必至だ。ここは俺も、しりを向けて突っ伏すシャーリーを連れて、一旦逃亡を図るべきか?まるで風呂屋の火事で、焼け出される客みたいだ。
「・・・そうね、確かに昔の事を言っても仕方ないわ。でも、わたしはヴィヴィアンの『呪歌』で眠らされたわ。だから、わたしにとっては昔の事、ではないわ」
まずい、周囲は熱いのに、何故か鳥肌が。
もはや一触即発、これはシャーリーを持ってしてもこの緊張は揺るがないかも。
ここはひとつ二人だけで、正々堂々とレスリングとかで決着をつけてくれないかな?
俺は審判に徹する、という事で。
「そへんどすえか。それはきっと、あんはんが素敵な殿方をお連れになっとったさかい、へんねししたにゃと思うで。どへんか、ヴィヴィアンを許してあげておくれやす」
えっ?
エレインがソフィアに頭を下げる。
だが。
そこで振りますか!?
何故か、結果的に、あるいは当然の帰結として、ソフィアさんが間近から、物凄く俺を睨んでますけど。
怖くて横を向いて確認とか、とても出来ないですけど。
心なしか、俺の左腕に爪が食い込んで痛い気が。
「それで、あなたは、嫉妬しないと言えるのかしら?」
湯船に浸かっているのに、何か冷たい汗が。
何時の間にか復活したシャーリーが自分だけ岩の上の安全な位置から、自分に注目を集めぬ様に顔だけこちらに向けている。興味津々な感じ。
(隠してはいないけど)頭隠して、しり隠さず、的な。
後で、おしおきだな。
俺が生きていれば、だけど。
「わいならきっと、『呪歌』で眠らせるなんて遠回しな事はしへんと思うで」
エレインが再び、妖艶な笑みを浮かべる。
何故か、ソフィアも俺の横で凄絶な笑みを浮かべている気がするが、やはり諸般の事情により目視確認は出来かねる。
いいです、確認しなくて。俺の身の安全が保障されるなら。
「いい度胸ね。良いわ。わたしたちと一緒に、行きましょう」
えっ!?
そこで、認めるんですか、ソフィアさん?
何か男前ですね!
しかも、俺には一言相談とか、ないんでしょうか・・・?
今更反対はしないが、折角だから、もう一つだけ。
「一つだけ、聞いて良いか?西の海に行きたいと言ったが、あんたの本当の目的は何だ?」
俺の問いに、ここに来て初めて、エレインの顔に戸惑いが浮かぶ。
俺の知りたい、おそらく二つ目の秘密。
「・・・それは、その答えは旅の終わりまで、待って頂けまへんか?」
あの時、ヴィヴィアンは俺に『この城は、訪れた者の望みを叶える場所』だと言った。
それは何時如何なる時も、ヴィヴィアン自身の望みではない。
代わりには、なり得ないのかもしれないが、もしエレインが望むのなら一度位は、それを叶えてあげたい。
「・・・良いだろう」
エレインを見て答える。
ソフィアとシャーリーが俺を見ている。
そして、エレインは俺を見て僅かにほほ笑んだ。
「おおきに」
何故か、その微笑はとても寂しげに見えた。




