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華龍Story  作者: ryo
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第56章

56.

俺のいた国では、一緒に湯に浸かる事が裸の付き合いとしてとても重要、人と人とのコミュニケーションの基本中の基本だ。

しかし、温泉に手拭いを持ち込むのは許しがたい重罪だ、邪道、あるいは暴挙と言っても良い。

大体、ここで乾いた手拭いを使ってしまったら、後で体を拭くときに手拭いが足りない。

そう、説得する事、数分。

ソフィアとシャーリーに二人して睨まれたものだが、今はゆったりと湯に浸かる俺の左右の定位置に収まっている。蒸し暑い風呂場に服を着たまま入ってきた様なもので、軽鎧を着ている事が耐えられなくなったシャーリーが先に折れた。おそるおそるお湯に浸かったシャーリーの顔が和んだのを見て、なんだかんだと実は怖がりのソフィアも意を決して湯船に身を浸している。ひょっとすると、最後の『温泉に浸かる事は、美容に良い』という後押しが効いたのかもしれない。

少なくとも俺は、嘘は言っていない、と思う。


「うー、何か体も顔も火照って、くらくらです・・・」

ソフィアより先に湯船に浸かったせいか、早くもシャーリーがのぼせてしまった様だ。まぁ、お子様には、ちょっと熱かったかもしれない。コーヒー牛乳があれば、買ってあげたのだが。もしも手に入ったならば、腰に片手を当て一気に飲み干すところまで、指導してあげたのに。ちょっと、残念ではある。


「その岩の上に座って、少し体を冷やしているといい」

俺に言われて、そそくさと岩場に這い上がる。風邪を引かれても困ると思い、シャーリーは髪を濡らさぬ様にポニーテールにする様に薦めてあるので、可愛い両の耳も露わになっている。別にそれ以外の意図があって、ポニーテールを薦めた訳ではない。

どう見てもお子様体型で足だけお湯に浸したまま、ぐでんと岩の上で仰向けに横たわるシャーリーだが、微妙にハシタナイ気も。


「お湯に浸かるというのは、何か不思議な気分ね・・・」

最初はシャーリーも入るというので仕方なく、という風だったソフィアも、入ってみれば、満更でもなかったらしい。何時の間にか俺の左肩に頭を載せて、ゆったりとくつろいでいる。良いですね、温泉。でも、そう密着されると一層、先ほどの薬の効果が。今夜の『チェインメイルは脱いではダメ』という俺の遠大な計画が、既に破綻し掛けている。今は速やかに、頭を切り替えなければいけない。


「そうだな、俺のいた国は向こうの世界の中でも、とても水が豊かな国でね。そこに住む人々は、こうして一日の疲れを風呂に入って癒すのさ。大体一家にひとつ、小さくとも、お湯を沸かすための湯船がある。皆で一緒に入れる大きさの湯船は、温泉とか銭湯とか言ってね。普通の家庭に大きな風呂は造れないけれど、細長い地勢で真ん中に山脈が連なっているんで、ここみたいにお湯がわき出る温泉も沢山あったんだよ」

祖父と祖母の住む田舎にも、村役場が運営する協同の温泉場があった。祖父に連れられて、街のおじさんたちに交じって長々と湯船に浸かったものだ。風呂から上がると、いつも祖父が俺にコーヒー牛乳を買ってくれて、それが子供心に楽しみだった。


「ふーん、フィルの住んでいたところは、何か不思議なところなのね・・・。いつか、わたしも・・・」

ソフィアが言葉を途切らせ、俺の肩越しに『迷宮』の入口の方を睨んでいる。アーモンド形の藍色の瞳を見開き、途中で言葉を飲み込んだ形の良い唇は湯船のせいか、いつも以上にその紅を強め鮮やかに色めいている。

ソフィアが睨み付ける、その先。

視界を閉ざす湯船から立ち上る湯気を通して、ひたひたと足音が聞こえる。


「おや、こへんな所に人間がいるとは、驚きたんや」

湯気の向こうに、緑色のワンピースを着た女がいた。癖のない金色の髪を、肩口くらいに切り揃えている。

慌てたシャーリーが、ざぶん、と湯船に飛び込むと俺の右腕にしがみつく。

「ちーとばかし、おほなましまんねんよ」

女は俺たちに背中を向けると、ワンピースの背中の結び目を解いた。シャラっと音をたててて女の足元に、緑のワンピースが華の様に洞窟の床へと広がった。

女の薄い褐色の肌を細い首から背中に掛けて、銀色に輝く鱗が覆っている。


「俺はフィレンツェ、こっちはソフィア、そっちがシャーリーと言う。あんたはマーマンなのか?」

女は両手で軽く身を隠して、正面から湯船に入ってきた。

怪しくないかと言えば思いっきり怪しいが、邪悪な感じは感じられない。

それだけでなく、先に湯船に浸かる俺たちに対しても何ら遠慮が感じられない。


「そへんでっせー。わいは水の妖精やけどアンタ、海の生まれどす。わいの名前はエレインと言いまんねんわ。ちびっと西の海に用事があって。かて、体が乾いてしゃあへんさかい、丁度ええ所に暖かいな水を見つけたさかい、浸かりにきたんや」

俺たちの正面で湯に浸かり、艶然とほほ笑むその姿は、どことなくヴィヴィアンに似ていた。


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