第58章
58.
『落としどころ』を探るというのは、別に日本人独特の文化とは言えないだろうが、妥協点を考慮に入れた話し合いは『和を以て貴しとなす』国民性に由来する気はする。全てに白黒をつける事を良しとしない考え方は、おそらくは多神教的な視点に基づく考え方なのだろう。
過酷ではあるが多様性を持つこの世界に於いても、同様な考え方が広く根付いている様に思われる。それは、この世界に於ける『精霊』やドラゴン、あるいは『魔物』という、容易には人類を単純に捕食のヒエラルキーの最上位にしてくれなかった者たちによって、培われたのではないだろうか。 故にその多様性を、俺は無意識のうちに気に入ってはいる。
異世界であっても文化的な特性が似ているというのは寧ろ、元いた世界で価値観の全く異なる文化圏に放り込まれるよりは、住みやすいと言う事なのかもしれない。
「もう、そろそろ、エレインは上がったら如何かしら?こんなところで無理をしても、意味はないわよ?」
そう言うソフィアが俺の左腕を、がっちりと抱え込んでいる。幸いにして、今は爪が食い込んだりはしていない。さっきは痛かったんですけど、ソフィアさん?
代わりに左腕に当たる柔らかな膨らみの感触が凄く気になるが、俺の顔や体が火照っているのは、今は残念ながら明らかに別の理由からだ。
エレインが申し出た俺たちの旅への同行は、取りあえずは、俺たちがエレインの同行を認める事で決着がついた。その事については、俺は最後には気前よく同行を認めたソフィアに、感謝してもいる。おそらく俺の心の中には何処かに、俺がつれなくしてしまったヴィヴィアンへの気後れがあるのかもしれない。
「いえいえ、わいは熱い『ちゃいちゃい』に入るのが好きなんえ。ソフィアこそ、顔が真っ赤でっせぇ。しんぼは体にようへんでっせぇ」
澄ました顔で答えるエレインとて十分に顔は真っ赤だし、俺たちの正面で湯船に身を浸し、湯船の水面から上は滝のように汗を流しているのが見て取れる。肩までの長さで切り揃えられたストレートの金髪は、何時の間にか水分を吸って僅かに波打ち、その毛先を湯船に触れさせている。『深海の乙女』とて、普段から深海の活火山の近くで暮らしているという訳でもあるまいに。俺に見える限りの状況を見ても、二人とも明らかに限界が近いはずなのだが。
「そうね、今日の夕食は先ほど食べたけれど、お夜食に煮魚も良いかもしれないわね」
中々ダークな物言いですね、ソフィアさん?
ていうか、やはりここにきても食べ物ですか?
この状況で食欲なんか、これっぽっちも湧かないですが。しかし、それはひょっとして、女体盛りみたいな。・・・いや、多分ソフィアの場合は純粋に?食べる方ですね。人魚の肉みたいな。確かに風呂に浸かると体力を消耗する分、腹も減るからな。それは理解できるところではある。ああ、俺も冷たく冷えたビールが飲みたい、今になって初めて、冷たいビールのないこの世界に来てしまった事を、猛烈に後悔しているかも。
「炎を戻すドラゴンも、まさか麻呂がお釜さんで煮らはるとは思ってへなんだみたい」
おお、言いますね、エレインさん?
二の腕を覆う鱗が、まるで刺青か何かの様に見える気がした。日本では、銭湯で断られそうですけどね。
それはそれとして。
因みにボリューム感でいうと水面下で今一つはっきりしないものの、腕を組んで寄せられている分を勘案してもソフィアと同等以上と推測される。少なくとも、シャーリーの比ではない。・・・ごめん、シャーリー。やはり、ロリはロリとして生きるべきなんだね。
「あ、あの、そろそろお湯から出て、『迷宮』の探索を続けた方が良いと思うのですが。このままでは日が暮れてしまいますし、置いてきたジルとジバも心配ですし」
と、そのシャーリーが岩場の上の安全地帯から申し出てきた。
おお、一人逃亡を図った罪で今夜はおしおきと考えていたが、やはりシャーリーは良い子だね。パパは信じていたよ?これは、今夜はたくさん可愛がってあげなければ。
・・・結局、同じか?
「そ、そうね、やっぱりジルとジバを放っておくのは良くないわね。わたしは、本当はもう少し浸かっていたいけれど、シャルがそう言うなら仕方ないから、そろそろ出ようかしらね。エレインはまだまだ入っていたいみたいだから、そのままで良いわよ」
そこまで言うと、呆気なく俺の左腕を解放したソフィアが、そそくさと岩場の上に撤退した。
何か、置いて行かれました。
今まで放っておかれたジルとジバも確かに可愛そうではあるが、湯船に残された俺の立場は?
ソフィアの背中に目で問いかけるが、伝わる訳もなく。
「わ、わいも『迷宮』の奥が如何なっとるのか、まだ見た事がへんさかい残念やけどアンタ、そろそろ上がるんや。ソフィアこそ、ゆっくり『ちゃいちゃい』に浸かって待っていてええです」
エレインが背中の鱗を閃かせて、自分の体を岩場の上へと持ち上げた。
まるで、鯉が水面に跳ねるが如きスピードだ。
ところで、せめて『では私がヴィヴィアンに代わって、お背中を流しましょう』とかないのでしょうか?
エレインの背中にも目で問いかけるが、こちらも伝わる訳もなく。
「で、では私が代わりに、ご主人さまと、ここでお留守番を・・・」
黒いですね、絶対それ、黒いですね、シャーリーさん?
しかも、更に俺をお湯浸けにするつもりですか?
自分だけ体を冷やしたシャーリーが、湯船に入ろうとするのを手で制す。
シャーリーは、もう絶対、おしおき。
固く心に誓う。
「・・・お前たち、大概にしとけよ。少なくとも、俺を巻き込むな」
ちょっと不満そうなシャーリーの手を借りて岩場に体を上げたところで、意識が暗転した。如何やら俺の体力は、元ドラゴンにも『水の精霊』にも敵わなかったらしい。
どこか遠くで三人の悲鳴を聞きながら、フィレンツェは岩場に突っ伏した。




