第53章
53.
逆袈裟に振り抜かれた『同田貫』の切っ先が落ち、フィレンツェはがくり、と膝をつく。
『炎の魔法』と『土の魔法』を放ち『魔力』を使い果たした事もある。
だが何より一刀で、全ての力を使い果たした。
駆け寄ったソフィアとシャーリーが、それぞれ左右から抱き着いている。
無意識なのか、たまたまなのか、こんな時でもソフィアは左側で、シャーリーは右側だった。フィレンツェは思わずくすり、と笑みを浮かべると左右から抱き抱えられたまま、固く強張った左の指先を、右の指で解す様に開いた。『同田貫』の柄が手から抜け落ち、水面に沈むのを、シャーリーが拾ってくれる。
「ありがとう、二人とも取りあえず岸に上がろうか?」
シャーリーに礼を言うと、そのまま二人に抱き抱えられながら急な岩肌を上って如何にか渓谷の上に広がる森林の端まで辿りついた。情けない話だが、膝が笑って力が入らない。『魔力』を使い果たしたせいというより、腰が抜けた。
・・・残念だが、このままでは今夜は無理ですね。
「大丈夫なの?クマが『迷宮』の入口から『土の魔法』を突き破って飛び出した時も驚いたけれど、気が付いたら、フィルはそのクマの首を切り落としているんだもの。全然、切るところなんか見えなかったけど、今度は感電しちゃったかと思ってこっちか生きた心地がしなかったわよ」
ソフィアが藍色の瞳を潤ませて、俺を見つめている。いいなっ、それ。たまには、こう、危機一髪みたいな状況が必要だという事ですね。もちろん、ギリギリのところで助からないといけない。助かってくれないと、俺の腹上死の夢は叶わない。難しいところではある。
「ああ、何とかな。そうだな、結論から言うと、言ってて俺も自分でも信じられないんだが。如何やらエルシャナが言っていた通り、この剣は『時を別つ』力があるらしい。電気ヒグマが死に際に放ったスパークよりも、この剣の方が速かったと言う事みたいだな」
あの時エルシャナは言っていた。『奇妙な事に、刃先と柄では流れている時間が違っている。切ろうという意志が、柄より先に刃先を走らせる』と。俺も何の事やら良く分かっていなかったが如何やらこの『同田貫』のお蔭で俺は、また、紙一重のところで命を拾った様だ。
「何か分からないですけれど、凄いです、ご主人さま!」
俺の命を救ってくれた『同田貫』を放り出して(実際は、ちゃんと地面に置いて)シャーリーが両手で抱き着いてきた。まぁ、『合法ロリ』だから仕方ないよね。『同田貫』はシャーリーには重いしね。後で頭を撫でてあげよう。ついでに耳とか。
「折角だから、電気ヒグマの毛皮を剥がしておこう。魔核は傷つけてないと思うけど、まずは木に吊るすのが一苦労だな」
だが、それはそれとして、『風の魔法』主体のシャーリーにも、もっと多彩な魔法攻撃をこなせる様に育てるべきか?やはりそちらが正統だよね、いっその事、『魔法少女』みたいな。バド姿でステッキとか、振るっちゃう?『月に替わって・・・』みたいな?いや、必要なのはやはり変身シーンで、恥ずかしげに胸を隠す仕草・・・、やはり現実では、変身はないか。ちょっと、残念ではある。
それともやはり、何かサブ・ウエポンが必要かもしれない。
簡単には『魔法少女』になれないだろうしね。
「それにしても、フィルはやたら凄い『魔物』ばかり引き当てるわよね。大トカゲとかも、強かったし」
え?
確かにリシタの『深淵の竜の迷宮』の大トカゲは、強かった。高速の円環運動を成したそのスピードも、俺をすり潰さんとするそのパワーも。そして何より俺たちを『迷宮』の中の広場で迎撃してきたその知恵も。何れも脇道とはいえラス・ボスとして相応しい。それは、ソフィアの言う通りなのだが。
「少なくとも大トカゲの方は別に俺が引き当てた訳じゃなくて、ソフィアが連れてった、だろ?強いのは、分かってたんじゃないの?」
何やら感心した様な表情で俺の顔を覗き込んでいたソフィアが、サッと青ざめた。
旅の路銀を稼ぐのとシャーリーの腕前を確かめる為とで『迷宮』で効率よく狩をしたい俺たちの為に脇道の主の所へ案内してくれたのは、『深淵の竜の迷宮』の主であったソフィア自身だ。
「そ、そうだったわね。えーと、私もドラゴンのままなら問題なかったのだけど・・・」
何か、目が泳いでますね?ソフィアさん?
確かに『深淵の竜の迷宮』の名前の由来たる真のラス・ボスからすれば、脇道の主など大した事もなかろうが。ドラゴンが蜥蜴如きに後れを取るはず、ないものね。
ふーん、気にもしてなかったが、まさか・・・?
「まさか、自分がドラゴン止めたの、忘れてたとか?」
これは、お仕置きですね、ソフィアさん?
ソフィアのチェインメイルの秘密も、知ってしまったしねぇ。いろいろと、試してみないといけない。あんな事とか。
問題は、俺の体力が回復していない事だ。
「えーと、そう言えば、クマのいた場所の、先の方を見てみない?」
まるで今思いついたかの様に俺の腕を解放すると、パンッ、と手を打ち合わせてソフィアが言う。
かなり、わざとらしいですね、ソフィアさん?
口元を引きつらせつつも健気にも、にこやかに提案するソフィアだが、口は災いの元という言葉の意味を教えてあげないといけない。
やはり問題は、俺の体力が回復していない事だ。
「もう一度、『迷宮』に入るのですか?でしたら、ご主人さまは私の造った『回復薬』を飲んでおいてくださいね」
おお、ナイスフォローだ、シャーリー!『合法ロリ』として、既に完成された領域に近づきつつあるね。
飲んじゃダメとも言えずソフィアの可愛い顔が、引きつっている。如何やら、今夜の自分の運命を察知したらしい。
そうだね、やはり男として、ここは期待には応えないといけないよね。




