第40章
40.
旅には、出会いと別れが付き物だ。一度交わった運命が、また離れていく。俺には俺の、エルシャナにはエルシャナの生き方がある。
エルシャナたちエルフの信ずる神とて、その行いは風任せだ。その教義を俺は知らないが、何せ『風の神』なのだから。
実際のところ、エルフたちはその氏族によって信ずる神が違ってはいる。地域によって『水の神』を信奉する氏族もあり、『風の神』を信奉する氏族とは、この大陸の森林地帯を二分している。だが、何れにしてもその考え方の根底にあるのは自然界に於ける循環を尊ぶ思想であり、人間よりも長き時を生きる彼らが持つ生きる知恵とも呼べる物であった。
「そっちの樽は、この村で造られた蒸留酒だ。ドワーフたちの穀物酒を貰い受け蒸留し直した物で、キミに振る舞った物と同じ酒だ。魔力を通している訳ではないが香草で香りづけされていて、味も中々なものだったろう?その大きさの樽ならば、もし売り払うならキミらのお金で金貨10枚にはなるだろう。それと、この手紙はキミの紹介状だ。特定の誰かに宛てたものではなく、同じエルフならばこの書状をもつ者に対し多少は便宜をはかってくれるだろう。余り期待は出来ないかもしれないが」
予定より、一日遅れの旅立ちの朝。元より期限の決まった旅でもないが。
雨でぬかるんでいた街道も、昨日の晴天で大分乾いてきている様だ。これなら葦毛たちも、足を取られたりする事はないだろう。
村の外にあるシャーリーの家の前まで見送りに来てくれたエルシャナの餞別は、二人が決闘前の夜に酌み交わした蒸留酒だった。御者台に座る俺の横に置かれた樽の上は、早速、狭いながらも互いの背中に頭を載せて丸まったジルとジバの昼寝の場所に活用されていた。何か猫鍋的な光景だね。
この村への滞在はごく僅かだったが、今となっては良い思い出だろう。正直なところ、エルシャナが『同田貫』に魔力を通してくれただけで、俺としてはこのエルフの村に立ち寄った甲斐があったと思っている。そして、エルシャナに出会えただけで十分だった。
「ありがとう。もちろん、この酒は売り払うつもりなんかないさ。ところでこの紹介状は、エルフのアレス王にも通じるのかな?」
とはいえ、あのエルシャナ相手に、こちらとしても素直に礼なんか言う心算もない。
後ろの荷台に並んだ二人が、俺の問いに息を呑んだ気配がする。
結局、エルシャナとシャーリーは和解する事なく、そのまま分かれる事となった。これについては、少し心が痛まないではない。多分、かつてシャーリーを好きだったというエルシャナを、シャーリーが嫌いなままでいてほしいという俺の狭量の結果だろう。多分、仲を取り持つチャンスはあったはずだ。
もっとも、エルシャナとて正当なエルフの妻を迎え、その妻に『同田貫』で自分を切らせる位に仲が良い?のだから、気にもしていないのかもしれない。下手にシャーリーと和解しても、今更困る様な気もする。
「さぁ、一介の村長風情では聞いた事もない名だが、もしそういう者がいるならば、渡してみるのも良いかもしれないな。では、御機嫌よう、そちらの御嬢さん方も」
イエスでも、ノーでもない、か。
相変わらず、惚けた野郎ではある。
大体、俺はまだ『同田貫』の試し切りもしていない。エルシャナを信じているからと言えばそうだが、切れ味が落ちている様なら再度怒鳴り込むつもりではある。
それはそれとして。
彼らは言う。
『生まれし時も死せる時もそのままに』風が世界を巡るがごとく、人は巡り合い、やがて別れ行く。
「そうか、では、そろそろ行くとするよ。達者でな」
俺は前を向くと、葦毛たちの手綱を振った。
後ろの二人が、エルシャナに頭を下げる。
葦毛たちがそわそわと首を振ると、ゆっくりと前へと馬車を曳き始めた。
頬を撫でる風に、野花の香りが混ざっていた。




