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華龍Story  作者: ryo
21/142

第21章

21.

大量のゴブリンたちの死体が折り重なる木立の更に奥、俺たちは街道から外れて森の中に引きこまれ無残に打ち捨てられた3台の荷馬車を見つけ出した。あるいは、元荷馬車と言った方が良いだろう。俺たちが出発したリシタから最初の目的地であるリリチルカに向かう道すがら、一台の馬車にも出会わなかった事には確かな理由があったという事なのだろう。

御者席の木の板には大きな斧か何かで付けられた傷や血のりの跡が残り、それぞれの御者だったらしい複数の男女の死体が車輪の脇にうち捨てられていた。襲われたのは人間ばかりではなく、如何やら夫婦らしいドワーフの死体もある。残る血の跡はどれも時間がたち黒ずんではいるが赤く、御者たちが一方的に惨殺されたのだろうと推測できた。商品を積んでいたのであろう2台の馬車の荷台は僅かな血の跡を残して全て持ち去られていたが、残る1台にはゴブリンたちには意味をなさないのであろう大量の陶器が手付かずで残されていた。

少しでも俺を休ませようとするソフィアを押し止め、浴びた返り血もそのままに周囲の安全を確認していた俺たちの中で、何等かの気配に気付いたソフィアが荷台に積まれた大量の陶器の隙間に奇跡的にたった一人の生存者を見つけ出した。多分、商品の隙間に子供を隠し、上から見つからない様に陶器の破片を積み重ねたのだろう。

意識を失った、ドワーフの幼子だった。


「きっと、最後まで勇敢に戦ったのであろう。娘を守り通した事を、息子夫婦は誇りに思っておるはずだ」

悲痛な口調で、ドワーフの長老はそう断じた。

リリチルカは岩山の山腹に掘られた、ドワーフたちの住む堅牢な鉱山都市だ。その坑道の入口に設けられた巨大な城門を守るドワーフの衛兵たちに、俺たちは到着と同時に危急を告げた。城門の奥には天井から無数のシャンデリアの様な魔法の灯が灯る、大通りが真っ直ぐに続いている。

衛兵たちに幼子を預けた後、俺たちは城門から山を抉って続くメインストリートを進んだ先にある、大きな工房の一室に通されていた。道すがら、あえてゴブリンの返り血そのままに訪れた俺たちを、既に噂が広まっているのであろう、街のドワーフたちは奇異の目と同時に感嘆あるいは感謝の視線を向けていた。

それなりに豪華な応接用の椅子が汚れる事を気にして座る事を辞退した俺たちに対し、替わりにと木の椅子の用意を長老が命じ、今俺たちは長老の前に三人で並んで座っている。


「馬車に乗っていたのは、ご子息でしたか。お悔み申し上げます」

俺たちは改めて長老に向かい揃って頭を垂れた。俺の左側にはソフィア、右側にはシャーリーがそれぞれ大人しく小さな丸椅子に座っている。余り気にしていなかったが、いつの間にかそれぞれの定位置が決まっているらしい。ベッドの上も含め、少なくとも逆の配置であったことを俺は見た事がなかった。いや、ベッドに寝かせる時は俺が運ぶ場合もある訳で、半ば無意識のうちの俺の嗜好であるのかもしれない。ドラゴンは左、合法ロリは右みたいな。違うか。

一方、俺たちを工房に招き話を聞いているのは、この工房の主であり、ドワーフによって運営されているこの鉱山都市リリチルカの評議会委員長でもある老人だった。


「うむ。馬車に乗っていたのは息子夫婦とその一人娘だ。この街の窯で焼かれた陶器を、リシタに届ける様言い渡してあった。お前たちのお蔭で孫だけでも再びこの手に抱きしめられる事を、我らが大地の神に感謝せねばならん。孫の事はこの儂が息子夫婦の分まで、精いっぱい育てさせて貰おう。お前たちには感謝している」

今度は長老が俺たちを見つめ、頭を下げた。長老はその地位を、誠実な経営と匠の技で知られたこの工房を街一番の規模と成す事で自然と推奨されたとの事で、老いたりとはいえがっちりとした体格と、白く長い髭を持ったサンタクロースみたいな老人だった。ただ、その表情は今は険しく、たとえ齢を重ねた身でも一度に息子夫婦を失った悲しみが耐え難い物であることを身を持って示していた。


「いえ、この街に所用で訪れただけの事。どうか、気になさらぬ様」

殺された息子夫婦の幼き娘を救ったのは、そもそも結果論だ。ゴブリンを殺さなければ、俺たちの馬車が新たなガラクタとして、あの場所に積み上がっていただろう。たとえ俺たち3人掛かりでも何も気付かずに待ち伏せるゴブリンの包囲の中に踏み込めば、命はなかったかもしれない。

俺はゴブリンたちの存在に気が付き警告してくれたソフィアに、そっと目線で感謝を伝える。伝えたつもりなのだが。視線を合わせたソフィアが不必要に赤くなっているところを見ると、何か歪曲して伝わった様だ。言っておくが、俺はこういう場でそうそう不謹慎な事を考える程、不埒な訳ではない、はずだ。ソフィアが俺の事をそんな風に思っているのだとしたら、後で大いに反省を促す必要がある。


「所用とは、武器の新調か?」

ドワーフの長老が問う。

この世界に於いてドワーフたちは元々は鍛冶や鉱業を生業とする種族で、種族的な特徴として概ね背は低く頑健な体躯を持つ。純粋なエルフが四大元素全ての魔法を扱えるのに対し、土と火の魔法をその身に宿し、それらを巧みに融合させる事でこの世界に於ける工業製品や薬品類を生み出している。たとえば、この街のメインストリートに掛かるシャンデリアは、原料となる鉱石の採掘から、金属を加工して壮麗な装飾を施し、尽きる事のない魔法の灯を生成して、蝋燭代わりに取り付けるところまで、全てドワーフたちの手作りだった。

だが、魔物という厳しい現実を持つこの世界に於いて、ドワーフたちの造る物の中でも最も価値が高いのは荘厳な装飾品でも便利な生活用品でもなく、人間では製錬のとても及ばない強度を持つ武器や防具の類とされている。


「はい、こちらの娘に『深淵の竜の迷宮』で仕留めた大トカゲの皮で、鎧を造って頂こうと思いまして」

シャーリーの方を振り向きながら旅の目的を告げる。シャーリーは人前では相変わらずその紅い髪の毛をツインテールにしていて、こんな幼女に戦わせるのかという別の批判さえも招きかねない。まぁ、俺の特殊な性行を取沙汰されるよりは良いかもしれないが。

大トカゲの皮はそれ自体でも対刃性能が高い事は実証済みだが、剥がした皮は水分を失い更に固く同時に脆くなり、簡単に鎧に加工する事は出来ない。実際に軽鎧を造るには皮を細片に切り分け、無数のピースを頑丈な革紐で縫い合わせて使用する。この際の加工精度、簡単に言えばピースとピースの隙間の幅が、ドワーフの作品と人間の造った物では大きく異なる。ドワーフの造った軽鎧は、見た目まったく隙間がなく縫い合わせられていて革紐さえ見えない。つまり刃先に革紐を切られ鎧の意味をなさなくなったり、隙間から短刀を差し込まれるという心配がない。


「そうか、ではその仕事、儂の工房が引き受けよう。鎧が出来るまでは数日掛かる。その間の宿は儂の方で手配する。ゆっくりと休まれるが良い」

もう一つ、ドワーフによる加工の特徴が、彼ら独自の薬品の使用だった。加工の過程で用途に応じた魔力が込められた薬品に一定期間浸す事で、素材本来のしなやかさや、あるいは素材が持つ素の性能を上回る強度を引き出す。薬品の製法は門外不出であると同時に工房独自のアレンジがなされ、同じドワーフの工房同士でも作品の価値には大きな差があるとされる。


「ありがとうございます、お言葉に甘えさせて頂きます」

俺が頭を下げたのを見て、横の二人も揃ってお辞儀する。如何やらシャーリーの軽鎧の製作費と、複数日に及ぶ製作期間の宿泊費は長老からの孫娘の救出の成功報酬として捻出頂ける様だった。実は内心、シャーリーの軽鎧の注文には少しばかり不安を感じていたところで、それは費用よりも、俺が聞いていた『エルフとドワーフは種族的に仲が悪い』という通説による。エルフが四大元素全ての魔法を使えるのにドワーフは二種類だけである事を嫉妬しているから、だとか。身長も高く(シャーリーはハーフだからか例外のようだが)容姿に優れた(こちらは多分、エルフの血を色濃く引いていると思われる)エルフを妬んでいるだとか、その辺りは諸説あるのだが。真相の程は俺には分からないが、たとえハーフであってもシャーリー向けの注文を快く受けて貰えないリスクはあった。それが解消されたのは俺としては一安心と言っても良い。思わず頬が緩む。


「・・・して、おぬし、その腰の物を見せて下さらんか?」

安心して気の緩んだところに、長老が切り込んで来る。腰の物というがそれは呼び方の話で、実際には俺は『同田貫』を椅子に座った膝の間に立てて、その柄に両手を添えている。このドワーフの長老を信用していない訳ではないが、俺は如何なる時でも俺の横に並ぶ二人を守らなければならない。この『同田貫』を目の前の誰かに手渡すと言う事は、俺ばかりか俺の愛する二人の命を素で預けるに等しい。

だが長老が、それを分からずして問うた訳でもあるまい。


「どうぞ」

横の二人が俺の一挙一動を見つめている。俺は右手を柄から外すと、左手に握る『同田貫』を長老に手渡した。通常の日本刀よりも更に重さがあるこの『同田貫』だが、長老は両手でしっかりと俺の差し出した『同田貫』を受け止める。一つ頷いてゆっくりと引き抜くと、大トカゲやゴブリンとの戦いで少し曇りの浮かぶ波紋がギラリと鈍く輝いた。


「これは・・・、東方の島国で造られる片刃の剣だ。とても良い一振りだが、ゴブリンを切ったせいで痛み始めておる。おぬしのこの剣、人は切れても魔物相手では突く事しかできまい。無理をすれば切れん事もないが、魔物を切り続ければ、やがて刃は綻び切れなくなる。故におぬしは魔物を切る事が出来まい。この剣、暫し儂に預けて下さらんか?儂とこの工房の持つ『浸炭焼き入れ』で、この剣で魔物の持つ固い皮を何度切ろうとも刃毀れを気にせぬところまで仕上げてみせよう」

驚きと期待が長老の小さな目に映る。体格は違うとも、その波紋を追う眼差しは俺が幼き日に見た祖父の眼差しと変わらない。この一振りを通して、長老は全てを見抜いてしまった様だ。一目で俺の隠す狂気やそれに宿る狂喜を理解した上でなお、その提案をせずにはおられなかったのだろう。

「孫を助けてくれたお礼をしたい。もし、儂の言葉が嘘であったなら、この右腕を切り落としてくれても良い」

老いたりとはいえ、鍛冶屋が自分の腕を掛けると言った。ならば俺の答えも決まっている。


「信じよう。一つだけ、聞いても良いか?もし、あなたの孫娘が助かっていなかったとしたら、俺の剣を打ち直そうと言っただろうか?」

不躾な質問だが、俺にはその答えを問わずにはいられない。だが問わずとも、俺にはその答えが分かってもいる。


「そうだな、言っただろうな。儂は鍛冶屋だからな」

この長老は、俺だ。

自分の造りだす物を信じ、全てを掛ける事を厭わない。

何処か遠い世界に置いてきた、俺自身。

今は期せずして袂を別った、過去の亡霊。


俺は頷くと、静かに席を立った。


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