表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
華龍Story  作者: ryo
20/142

第20章

20.

もし俺に冒険者となってこの異世界を巡るという目的がなかったとして、それが人生の目的の全てという訳ではないにしても、与えられた命を無駄に捨てる事無く天命の全うを最重要項目として生きるならば、俺にはどんな人生の選択肢があるのだろう?

ソフィアに出会ってから時折頭の隅を掠めるこの問いは、単なる仮定の話とは言えず悩ましい限りだ。たとえば冒険者を続けていても命を失わずとも片手片足を失う事なぞは十分にあり得る事で、本人の望むと望まないとに関わらず、何れその時は来る。実際そうして街の食堂の店主に収まる事となった者にも、知り合いがいたりする。

こんな天気の良い日には、馬車馬の手綱を握りながら、ついついそんな事を考えてしまう。この平安が何時まで続くのかと。俺はソフィアとシャーリーという守るべき者たちが出来たことで、大分臆病になってもいる。

森林地帯に入り大木の間をぬう様な道はゆったりとした上り坂で、木漏れ日の下、後ろの荷台では、しゃべり疲れた二人がお互いの肩と頭を枕にして居眠りをしている。俺と俺が手綱を握る葦毛たちがへまをしなければ、二人が腹時計を目覚まし代わりに目を覚ますには、後一刻程の余裕があるはずだ。

俺が冒険者を続ける日々のうちで予期せぬ最後を迎える、そうではなくても、俺の寿命は彼女たちよりは遥かに短いはずで、もし俺が冒険者を廃業し何処か安全な場所に引き籠る事を宣言したとしても、二人は笑って俺についてきてくれるだろう。そう言い切れるぐらいには、俺は二人を信じてはいる。多分、衣食住の特に食重視での緻密な対応が必要となる気がするが。というか、その対応は俺が冒険者を続けるか、一般市民として生きるかの選択に関わらず必要となりそうな気もするのだが。

こうして旅の道すがら想いを巡らすと、たとえば余り交通手段が発達していないこの世界で隔絶した都市の間を結ぶ行商人というのは、冒険者に似た性格を持っており職業として魅力を感じるものがある。俺にとっては冒険者を続けるよりは多少は安全策をとった、次善の策と言えるかもしれない。あるいは、車載可能な蒸気機関や外燃機関を造って都市を結ぶ交通手段の確立に努めるというのも良いかもしれない。後者は俺が技術屋だった事からくる当然の願望ではあるが、今の俺には何となくではあるが旅をしたいという強い要求がある。『時の狭間』を渡ってさえ生き延びた俺には、もう、一所に留まれはしない。技術屋としての自覚以上に何か抑えがたい願望が、今の俺を突き動かしている。それが何なのか、きっと旅の、あるいは流離の先でしか見る事が叶わぬ事であると、そんな気がしている。


「止まって、フィル・・・」

気が付くと、肩の後ろからソフィアが前方に体を乗り出してきている。ソフィアの柔らかな頬が触れてくすぐったいのだが前方を凝視するソフィアは真剣そのもので、突如甘えてきたという訳でもないらしい。

「あの道が左にゆっくりと折れる辺り、何かいるわ・・・」

俺は葦毛の馬たちを嘶かせたりしない様に、静かに馬車の行き足を殺す。これまで一度も旅の行商人と行き違った事もなかったが、俺たちとは反対に鉱山都市リリチルカからリシタへ向かう馬車だろうか?ドラゴンの持つ感覚は、人間のそれとは異なる。先程まで可愛い寝顔というか、口角から涎を垂らしかねない感じで眠っていたはずなのだが、ソフィアは何かの異常を察知して目を覚ましたのかもしれない。


「ソフィア、手綱を代わってくれるか?馬車を出来るだけゆっくりと走らせてくれ。・・・俺が行ってくる」

馬車の速度は通常で時速10キロ前後、ソフィアには出来るだけ馬たちの歩みを緩めてもらう。俺は御者台に収まったソフィアと入れ替わりで、後ろの荷台へと移る。途中で念の為まだ眠そうなシャーリーを起こして、荷台の後ろ側から身を屈めつつ街道へと飛び降りる。手にはもちろん『同田貫』、街道から転がる様に森林に踏み込むと、並足でスピードをセーブして走る馬車を追い越して木々の間をひた走る。横目で見ると、一瞬俺を見つめるソフィアと視線が絡む。下草の少ない森は、街道を外れても走れない事はないが、音を殺す方が難しい。前方の何者かが、馬車の方に気を取られていてくれると良いのだが。


「いるっ・・・」

木々の隙間から、待ち伏せと言うには気配を隠しきれていないゴブリンたちの集団が見える。獲物となる馬車の接近に興奮して口々に押し殺した声で叫んでいるが、まだ周囲の木に立て掛けられた武器には手を伸ばしていない。その数おおよそ20人程、ゴブリンとは主に森林地帯を住処とする魔物の一種で、緑の皮膚を持つ小人たちだ。地下迷宮でも湧いてくるのだが、森林地帯の場合は多くが10人から多いと数十人の集団を組んでいて旅人を襲う。そこそこの知能を持ち、リーダー格の個体が集団を統率している場合もある。如何やら俺に選択肢はなく、馬車を待ち伏せするゴブリンたちを、先に俺が襲撃するのが最善だ。接近のスピードを落としゴブリンたちの隠れる辺りを迂回して、馬車の接近する反対側にまで回り込む。ゴブリンたちは身を低くし木々の隙間から街道の方を見ているが、全て俺に背中を向けている。

やるなら、今しかない。


「はあッ!」

多少は体の前面を覆う胴当を付けた個体もある様だが、衣服さえ着ていない背中を晒していては、後ろから襲う俺には意味がない。

俺は居並ぶゴブリンたちの中央で、最も大柄な胴当をつけていた個体を後ろから容赦なく首を刎ねる。一撃でリーダーらしい一体の首が飛ぶ。切り口から緑色の血が噴き出し、刎ねたフィレンツェとゴブリンたちの背中に降りかかる。

突如として振ってきた緑色の鮮血にゴブリンたちが恐慌をきたすが、悪いが俺には馬車を待ち伏せるゴブリンたちを後ろから襲う事への嫌悪感はない。

狼狽えて振り返ろうとした左右の一体づつの首と喉を切り、風を巻いて返す『同田貫』の軌跡が踏み込んだ先にいた一体の頭蓋へと突き刺さる。

体格の小柄なゴブリンたちを、纏めて『同田貫』で横に薙ぐ。手に残るザラッとした感触、割かれた腹から内臓が溢れて滴る。

混乱の狭間で如何にか立て掛けていた剣を手に取った一体の繰り出す突きを造作もなく弾くと、大上段から粗末な鎧ごと袈裟がけに叩き切る。

血のしぶく音を残し切られたゴブリンが身をくねらせ崩れ落ちるを待たず、更に地を蹴って正面一体の喉を突き、街道の側へと踏み込んでいく。

もう、止められない。

狂気と狂喜が入り乱れ、俺の胸の中で吹き荒れる、この言い様のない怒りはゴブリンたちに向けたものか、それとも血塗られた自分自身へか。

今は誰も止められないよ、この『同田貫』がお前らの緑の血を全て吸い尽くすまで・・・。


「フィル!」

逃げ出した最後の一体を、再び背中から袈裟がけに仕留めた俺は、いつの間にか木立の間から街道へと彷徨い出ていた。俺の背後には幾つものゴブリンの死体が捨て置かれ、地には深みのある緑の血だまりが出来ている。

馬車から飛び降りたソフィアが、飛び込む様に俺に抱き着いてきた。がくがくと膝が震え、ソフィアの突進を受け止めるだけで精一杯だった。チェインメイルも着てない身では、俺の浴びた返り血を移す事になってしまうが、如何やら既に手遅れだろう。心配そうに俺の胸から顔を上げたソフィアの頬からも、緑の血が滴った。

生と死の狭間、俺が冒険者を続ける限り、終わる事無き殺戮。

だが・・・、せめて今は。


一筋の涙が、音もなくフィレンツェの頬を伝い落ちた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ