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華龍Story  作者: ryo
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第19章

19.

緩やかな起伏の続く丘陵地帯。この先遠く北方へと延びる街道は徐々にその高度を増すと山岳地帯へと続き、やがて鉱山都市リリチルカに至る。二頭立ての馬車は今その街道を外れ、人間なら足首くらいまである草原の中を進んでいる。まだ気温は十分に暖かいものの、リシタの街を出て三日目の日が傾きつつあった。

シャーリーの持つ水の魔法の一つで街道近くの水源を探った俺たちは、街道から小山一つ越えた先に水場の存在を把握していた。シャーリーによると、如何やら小川が流れているらしい。


「ああ、確かに小川があるな。あの川岸の辺りで良いかな?」

特に岩肌が出ている場所もなし、上流の降雨を心配する必要はなさそうだ。俺は今日も一日頑張ってくれた葦毛の馬たちに水を飲ませ、飼葉を荷台から取り分ける。その間にソフィアとシャーリーが川岸の手ごろな岩を集めて、ケトルを火に掛けるべく夕食の下準備を始める。そこまで出来るならば、後は単に肉を焼くだけの様な気もするが。如何やらそれは、俺の役目であるらしい。如何してなのかは不明なのだが。

取りあえず準備をしようか・・・。


「それじゃあご主人様は、ここではない、遠い世界から来たのですか?」

やがて日の落ちた岸辺で、焚火を三人で取り囲んで静かな夕食が始まる。

問いかけるシャーリーは、食事前に先程川の水で軽く体を拭いた時からツインテールをほどいていて、長く尖ったが両の耳が見えている。河原の少し大きめな石に座る姿はとても華奢なのだが焚火に照らされているからか、それでも多少は普段の幼い印象が緩和されていて、今ならば可愛い幼女ではなく美少女として通りそうだ。こちらが精神的罪悪感を感じなくて済むのは助かる。


「そうだな、この世界より、もっとたくさんの人が住んでいて、時間の流れがもっと早い。誰もが生き急いでいるが、それでも何も見つからない、そんな世界だった」

ゆったりと生きている人もいるのだろうが、それは望まぬ死を経験した、単に俺の偏見なのかもしれない。

昼のうちにソフィアが弓で射たイノシシに似た獣の肉が、今日のメインディッシュだった。先をナイフで尖らせた小枝を肉の塊に挿して、少しずつ火に掛ける面を回していく。余分な脂が落ち、焚火の中で小さく爆ぜている。焼いた肉の塊を外側からナイフでそぎ落とし、シャーリーが採ってきた香草と一緒にパンに切れ目を入れて挟む。事前に肉に味を付けている訳ではないが、持って来た香辛料が効いていてトルコ料理のケパブっぽい。


「ちょっと想像出来ないわね。たとえばどんな事を急いでいるの?」

今はソフィアもチェインメイルを脱いで薄着だ。炎の揺れに合せて、照らされた藍色の瞳の奥で金色の輝きが踊っている。ソフィアの方は既にパンと肉を食べ尽し、スープの入ったマグカップを手にしている。刻んだ野生の根菜が入ったスープで、何かミネストローネというか、肉の切れ端も入っているせいか豚汁っぽい。因みに少し時間を掛けて捌いた肉の残りは、馬車の荷台に積んだ木で出来た箱の中でシャーリーの唱えた魔法で氷漬けになっている。リリチルカの街に着くまでは、暫し猪肉が続きそうだ。


「この手首に巻いているのが、時計という時を計る道具なんだ。俺のいた国ではこの一番早い動きの針が一周する単位で、物事が計画され実行されている」

通勤電車の運行も、会社の就業時間やテレビの番組も。

ソフィアとシャーリーが、揃って身を乗り出して俺の腕を覗き込む。

俺が元いた世界から持ち込んだ道具の一つが、今も持つこの腕時計だった。ソーラー電波時計だが、当然電波を受信することは出来ないが、電池を気にしなくて良いのは助かる。但し致命的なのは、この世界の1日は24時間ではないらしい事だった。おそらく26時間ぐらい。だが、その事に気が付いたのはこの世界に来て、2、3日してからだった。因みに、俺が最初にこの世界を異世界として認識したのは今日の様に夜、最初に夜空を見上げた時だった。そこには俺の見知った星座が、一つもなかったからだ。この世界では、別に太陽や月が二つある訳ではないが、最初の夜に夜空を見て愕然とした事を覚えている。


「何か、凄い工芸品っぽいわね。ドワーフでもこんな繊細な物はつくれないでしょうね」

この世界に於ける時の計測方法だが、夜明けと日没を元に一日を昼と夜に分かち、それぞれを12等分するというこの世界の時の概念は、日本でいう江戸時代の時法に近しい。春分秋分であれば、この世界は昼が約13時間、夜も約13時間となる。現代日本では使われていない不定時法だが、日出と共に起き日没と共に寝る生活が基本のこの世界では使いやすいのかもしれない。もっとも俺たちは諸般の事情に、毎朝が弱かったりするのだが。


「それにこのガラス、表面が磨かれてツルツルです!これだけでもかなりの価値がありそうです」

にじり寄ってきたソフィアとシャーリーが、俺の腕や手を掴んで女子トークを再開した。焚火の弾ける音、川のせせらぎの音、そういった慎ましやかな音たちを早くも圧倒している。ここいら辺には魔物は出没しないそうで、焚火と馬車、馬たちを中心に四方に置いた『結界石』もあり不寝番はいらないだろう。片手を掴まれた俺は照れ隠しというよりは文字通り苦笑しながら、残った片手で二人を抱きしめる。


「さぁ、今日はもう休もうか。明日も早いからな」

今日と同じ明日が続くと、そう思っていた。

代わりばえのしない日常を恨みがましく思いながらも、その安定を信じていた。

それでも、二度目の人生を与えられたのならば。

今を精一杯生きなければ、きっと後悔する。

だから俺は、この娘たちと全力で生きよう、いつか、死の瞬間まで。


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