第18章
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予期せぬ食い扶持の増加で今後更に大量に必要になるであろう食料品を除くと、リシタの街を後にする俺たちにとって最後の大きな買い物となったのは二頭立て二輪の小型の馬車だ。荷馬車仕様なので幌もなく、前の板張りの御者席に二人、後ろの荷台にも膝を抱えて座ってやっと二人くらい乗るのが精いっぱいだろう。荷馬車としては荷物が余り積めず、行商人が使うにはちょっと中途半端な感じだがその分価格も安い。旅の荷物についてはソフィアの『無限倉庫』が当てに出来るので、取りあえず二頭立ての馬たちの飼葉を積んで、後は3人乗れれば良いという最低ラインだった。
その代わり幌なしなので実用には自分たちの雨合羽が必須で、荷台を覆う防水布(木炭を作る際に取れる油状のタールを丈夫な帆布に塗ってある)が飼葉の束の上に畳んである。
俺たちの最終目的地は西のランス王国との国境近い『虚無の狼の迷宮』で、リシタの街から数日に一度は駅馬車や郵便馬車の定期便がある。(因みに両者の違いは、郵便馬車は可能であれば夜通し走り続け、規約上人間の安全よりも郵便物が優先される。最悪、強盗に襲われれば乗客を落として馬車を軽くしてでも、郵便物を守ろうとする)元々はそれを利用するつもりだったのだが必要な運賃が3人分に増え、しかも路線外の寄り道が必要になりそうなので『深淵の竜の迷宮』の脇道の主を倒した際に手に入れた大振りの魔核を売ったお金を、俺は迷わず自前の馬車の購入に注ぎ込む事にした。
既に優先順位を落とされつつある『虚無の狼の迷宮』攻略という旅本来の目的とは別に、新たに発生した寄り道の目的とは、いつの間にか奴隷から俺のパートナーの一人に昇格を果たしたシャーリーに専用の皮鎧を作ってあげたいということで、一旦北に迂回してドワーフたちの住まう鉱山都市に立ち寄る為だった。鉱山都市リリチルカは馬車でリシタから夏なら5日、冬ならば6日程度の距離にある。
「大体、ドラゴンだったらこれ位、ひとっ飛びなのにね」
そうだよね、楽だよね、きっと。
でも、ソフィアが元ドラゴンですって、秘密なんじゃなかったでしたっけ、ソフィアさん?
御者席でつまらなそうに手綱を握る俺の後ろで、ソフィアとシャーリーが並んで飽きもせず女子トークを繰り広げる。正直言って、かなり姦しい。リシタの街から北の鉱山都市リリチルカに向かう街道は、それなりに轍の跡が何本かくっきりと残る程度には交通量があるらしいのだが、宿を引き払い漸く街を出た俺たちは未だ他の旅人を見かける事もすれ違う事もなく、のんびりとした歩みを続けていた。歩んでくれているのは、俺の前でこの馬車を引く2頭の葦毛たちだ。
暫し自分の膝の上で頬杖をつくが、よりダイレクトに頭に振動が伝わる。背を伸ばしていた方がまだしも揺れが楽になる事を実感し、俺よりはおしりの自前のクッションに厚みがありそうな後ろの二人を恨めしく思う。
「しょうがないですよ、それは。それに、ゆっくりした旅も良いと思うんですよね」
しょうがないですよね、本当は俺より年上なんで見た目が多少犯罪的でも、この娘は合法なんですとか。
しかも、そもそも若く見える理由がエルフだからで、更に俺に対する周囲の風当たりを強くする為としか思えないツインテールにしている事にも、ちゃんと理由があるんです、とか。
大体、3人揃って朝予定通りに起きられず、出発の遅延を招いたくらいは疲れていたはずなのに。修学旅行のバスとか、ずっと寝てるのが普通じゃないか?いや、それは俺が男子校出身だからか。隣が女の子だったら、違ったのか?でも、今も女子は仲良く後ろに固まって、俺は一人寂しく手綱を握っている訳なのだが。
「途中で寄り道して仕留めた獲物で、そうね、『野兎の香草焼き』とか食べられちゃうかしら?」
ソフィアが豊かな想像力を発揮し、食べた事もない料理を思い浮かべうっとりとした顔をしている(という気配がする。振り向く気になれないので、多分だ)が、如何やら街の本屋で料理の教本なる物を見つけたらしい。盛んにどれそれがおいしそうだと教えてくれるが、暗に『作り方はわたしに訊け!』ということだとは理解はしている。
顔を上げると、僅かにたなびく高層の雲と柔らかな日差し、遠い記憶にある世界と何ら変わらない春の午後。
この異世界の大気の組成が、元いた世界と同じで助かった。喉を掻き毟りながら死ぬのも嫌だが、日中から空が真っ赤だったりするのは気分的に辛いだろう。
多少は『作り方は知っているけど、作るより食べる方が好きなの!』と言い切る元ドラゴンの事ぐらい、許してやっても良いくらいには良い天気と言える。
「森に入るなら兎と香草だけでなく、薬草も採れるかもですね!この辺りの気候なら、結構色々な種類の薬草が採れそうですね。今の季節だったら、カミツレクサとか」
この世界に於ける薬は用途で分けると2種類、品質で分けるとやはり2種類に大別されるらしい。用途としては人間を含む生物の治療を目的とする医療系と、生活や生産を支える薬品系。品質としては通常の『薬』と、『魔法薬』なのだそうだ。つまり、傷を治すにも通常の塗り薬と『魔法薬』があって、当然ながら『魔法薬』の効果は何十倍も高い。同じ様に単なる虫除けのハーブと、迷宮で使用した『魔物避けの香木』では同列に比較することさえ難しい程、その効果に差があると言える。『魔法薬』とはその効果の度合いに於いては医療、工業に関わらず、正しく元いた世界の理を覆す存在と言える。
「へぇー、それじゃあ、シャルは『魔法薬』の調合ができるのね?」
それ程の高い効果を認知された『魔法薬』だが、医療用、工業用に関わらず人間には殆ど作成不可能な代物らしい。『魔法薬』の生成過程で必要となる知識は、医療系に於いてはエルフが、薬品に於いてはドワーフたちが独占しているのだそうだ。その情報格差を是正するべく欲にかられた人間たちが戦争でも起こしそうなものだが、たとえ知識があっても人間では魔力が足りない事も分かっているので、人間側はエルフやドワーフとは如何に交易を通じて安く大量に必要とする『魔法薬』を入手するかに、その努力の大半を費やしているのだと思われる。欲望には切がない人間が大人しくしているのは魔物が湧き出る世界で、これ以上敵を作りたくないだけかもしれない。どちらにせよ、エルフであるシャーリーが『魔法薬』の調合ができると考えるのも、一方でそういう特殊技能を持つ種族である事を隠す事も、妥当な事なのだろう。
「はい!エルフと言っても私はハーフですし、私が使えるのは風と水の魔法だけなので。四大元素全てが必要な上級の『魔法薬』は無理です、せいぜい『回復薬』とか『毒消し』あたりでしたら。奴隷になる前に作ってあった分は全て売り払ってしまったので、今は手持ちもないんですけど・・・。それに私、お料理の方は余り自分で作った事なくて」
純血種のエルフは、無条件に四大元素全ての魔法を扱えると言われている。特に触媒も必要とせず、生まれながらにして魔法を扱える。魔力も人間に数倍し、この世界に溢れる魔法や魔力に愛された種族とも言えるだろう。体内の魔力による活性化の結果なのか人間よりも寿命が長く、その分、生に対する執着心が薄い。ついでに、料理を楽しむとか、よりおいしい物を作ろうとか。そういう感覚に乏しいのだろう。
その割には、以外と良く食べる様だが。
「大丈夫よ!フィルに任せておけば、何とかなるわよ!」
その大丈夫、は何に掛かっているのでしょうか、ソフィアさん?
別に『回復薬』も『毒消し』も旅の必需品として購入してあるから、今すぐシャーリーに『魔法薬』を作ってもらう必要性はない。だが、ソフィアに対しては既に諦めているにしても、シャーリーには出来れば料理は作って欲しかった様な気が。大体、俺の事を『ご主人様』と呼ぶなら、料理ぐらい出来るよね?『ご主人様』って、普通はメイド服を着て言ってくれるものではないのか?ひょっとして、シャーリーは、『駄メイド』ってヤツなのか!?
「そうですね!ご主人様、材料さえあれば料理は得意そうですし!」
と、いうか、やはりシャーリーも料理を作る方には疎いんですね。その割には、以外と良く食べる様ですけどね。ソフィアの『無限倉庫』に仕舞いこんだ食材が枯渇する前に、やはり野兎でも探した方が良さそうだ。
不本意ながら『野兎の香草焼き』の作り方でも、聞いておく事にしよう。




