第17章
17.
たとえ住まう世界や時代が異なったとしても、人間というものはさして変わらない。この世界に来て、それがフィレンツェの持った印象だ。結局、魔法の行使の可否にしても、現代社会に於いてのIT機器の存在有無程度の差異でしかない気もする。科学の代わりを魔法が担うとしても、元いた世界とこの異世界で人の思いや思考そのものが大きく異なっている訳でもない。寧ろその変化がない事自体が、驚きと言っても良い。まぁ、元の世界だって時代が変わっても戦争はなくならないし、人は人を愛し一方で人を殺す、人間の本質は変わっていなかった。
では、この異世界を異世界足らしめる物はなんだろう?
絶対的に元の世界では存在しなかった物、それは魔物という存在だ。
この世界にも魔物ではない普通の野獣も多くの種が存在しているが、野獣と魔物はこの世界に於いては厳密に区分されている。両者を分かつのは、『魔核』と呼ばれる結晶体の存在だった。体内に『魔核』を持つ物が、この世界では魔物と定義されている。魔物はおおよそ、その体の心臓と首の間辺りに、その心臓と同等の大きさの『魔核』を持つ。
そしてもうひとつ、重要な魔物の定義条件は、魔物は生殖に依り増える訳ではなく何らかの外部的な要因により最初から成体として出現する事だった。
正しく『湧いて出る』と言っても良い。
おおよそ元いた世界の生物の進化の過程からは乖離した魔物というその存在こそが、この異世界を異世界足らしめているとするならば、もっとその存在を見極めなければならない、フィレンツェが密かに想うこの異世界で自分に課した目的の一つでもあった。
「いや、もっと謎なヤツもいたんだった・・・、それも複数」
そうか、そうだよな、俺は単に思考を放棄しただけだったか。
俺の左手には、可愛いソフィアが抱き着く様に腕を絡め眠っている。藍色の髪に隠されて表情は見えないものの、その安らかな寝息は多少の疲労感を感じさせる気もする。少しだけ、無理をさせたかもしれない。というか、寧ろ頑張った俺を褒めてほしい。
一方でベッドの反対側では、俺の右の二の腕を腕枕に眠るシャーリーの旋毛が見えている。そして、ツインテールをほどいた緩くウエーブする紅い髪の流れを割って、長く尖った細い右の耳が見えていたりもする。本人の言い分では、俺にはもう隠す必要がないのだそうだ。ソフィアにがっちりと抱え込まれた左手と違い、多少は自由の利く右手の指で、シャーリーの長い耳を淵に沿ってなぞってみる。
「・・・あっ、んん・・・」
可愛いが、凄く可愛いのだが。何か背徳感が半端ない。
耳は寝ていても人間以上に敏感なのだろう、余り触れていると起こしてしまいそうだ。先程は俺もついつい押さえられず、甘噛みしてしまった様な。まぁ、仕方ないよね、後ろから抱きしめると、目の前に耳があるのって、更に理性を狂わせると思うんだよね。何れにせよ、如何やら俺はソフィアに続いて、更に思考の放棄を強要する存在を抱え込んだらしい。
「わ、私も、多分、ご主人様より年上だと思うんですけど・・・」
数時間前の事。
意気込んだシャーリーが、俺に詰め寄ってくる。
『深淵の竜の迷宮』を無事脱した俺たちは、如何にか明日の朝には引き払う予定の定宿まで戻ってくることが出来た。既に日はどっぷりと暮れており街では既に今日の営業を終えた店も多く、ソフィアの満足する夕食を探すのには苦労させられた。この状況で開いている店を探す俺たちは、迷宮の奥底を彷徨う冒険者と何ら変わりない、そんな思いが頭の中を過った。
「え、えーと。気が付いていると思いますが、私にはエルフの血が混じっているので」
辛うじて閉店間際の店に駆け込み(如何やらラストオーダーという概念は、この世界にはまだ存在していないらしい)『何だか分からないが、その日の残り物盛り合わせ定食』にありつく事が出来た。流石に腹をすかしているのはソフィアだけではなく、俺とシャーリーも謎の固い肉を頬張り、三人で食欲を満たして無事に宿まで戻ってこられた。帰りの遅い俺たちを迷宮でついにこと切れたかと考えていたらしい宿屋の主人が、多少驚いた風で迎えてくれた。それでも多少、で済むのは、単に宿からすると前払いなので、たとえ俺たちが帰ってこなくとも痛くも痒くもないからなのだろう。
「わたしは、フィルに命を助けられたの。故にこの命はフィルのものよ。当然、身も心も。シャルにはその覚悟があるの?」
まだ俺には、ついて行けてないのだが、シャルが俺より年上か如何かの議論は、既に次の局面に移行している。そもそも何で歳が問題かというと、如何やら俺の好みは年上という事なのらしい。まぁ、否定はしないがな。だが、問題はそこではない。そこではない、はずだ。是非とも、俺とシャーリーの間に割って入ってくれた、ソフィアの背中に問いたい。
・・・シャーリーがエルフって、聞いてませんけど。
「私もお二人に救われました。だから、覚悟はあります」
そうか、シャーリーに出会った日、ソフィアはシャーリーの汚れを洗い流した際に世話を焼いてくれていた。既に真相を知っていたという事だ。あのツインテールは、長い耳を隠す偽装だったという事なのだろう。そうだよね、中々あの髪型は勇気いるよね、普通はね。
「そう、じゃあ、最後の質問よ。シャルが私と同じくフィルの物になるというなら、シャルもわたしと同じ様に、差し出すのはシャルの全て。・・・シャルの初めてでなければ、認められないわ」
確か、『東京都条例』を持ち出して抵抗する俺を、ソフィアがバッサリ『そんな法律、この世界にはないわ!』と言った直後の展開がこれだった。俺を助けるんじゃなかったの、ソフィアさん?
・・・ということは、妹キャラのシャルは実はエルフでしかも俺よりも年上で、そうか、シャルは『合法ロリ』なのか!?そうなのか?だから俺の妄想の中ではあんなにセーラー服が似合っていたのか?でも、ソフィアも似合っていたはずだが?いや、そうじゃなくて。俺が年上が好みというなら、やはりこの展開には矛盾があるんじゃ?
「は、初めてです、後は、・・・確かめて下さい」
シャーリーの答えの後半は、俺に向けてのものだった。混乱する俺の代わりにシャーリーを押し止めていたはずのソフィアが、シャーリーの両肩から手を下した。
「じゃ、そういう事で・・・」
なっ!?
ソフィアは下した両の手をシャーリーの背中に回すと、そのままシャーリーに口づけている。その紅い髪の様に一瞬顔を真っ赤に染めたシャーリーだが、驚きに見開かれた紅い瞳を閉じると、ゆっくりと自分の両手をソフィアの背中に回した。
硬直した俺の中で、時が止まった気がした・・・。
「だって、この娘を助けたのはフィル一人じゃないでしょ?だから、わたしはわたしの権利を行使したの。でも、フィルの物でもあるわたしがこの娘を奪ったのだから、フィルは責任を取らないと」
長い々々一瞬の後、抱擁を解いたソフィアが、シャーリーの手を引いて俺の方に歩んでくる。
如何いう理論だよ、それ!?いや、ソフィアは実は百合だったのか!?い、いや、正確には両刀使いなのか?
混乱する俺の左手を、ツンとすましたソフィアががっちりと抱え込んだ。一方の右手にはシャーリーが恥ずかしそうにしがみ付いている。
予めダブルベッドの部屋を選んでいた俺は、自分の慧眼に感謝し・・・、いえ、何でもアリマセン。




