第22章
22.
多くの種族が共存するこの世界にあって人間と最も親しい種族を問えば、それはドワーフとなるだろう。両者の良好な関係の理由は、二者の関係が明確に生産者と消費者に分かれるからだ。
たとえば、森の恵みを糧に生きるエルフたちは森林地帯に無数の氏族に分かれ村落を造るが、基本的に自給自足の生活を営み、余り積極的に人間を含む他の種族と関わる事を望んでいない。人間との間に僅かに魔法薬の売買が成立しているにしても、人間からみたエルフたちは非常に閉鎖的だった。
武器や防具の造り手として知られるドワーフたちが彼らが好む工芸以外の生産を為す事がないかというとそうでもなく、必要であれば、その他の種族に勝る膂力を持って農業を営み、また積極的な農耕器具の改良を行い街の人口に見合う食料生産を維持したりもする。ただ、種族的な傾向として多くのドワーフたちは工芸品の生産を好み、結果として食糧生産程の需要と供給のバランスもなく、生産された工芸品の供給過多を起こす。ドワーフたち自身には生産調整などという感覚はないらしく、堆く積み重なる過剰在庫は人間の行商人の手に委ねられる事となる。
こうして、ドワーフ自身はけして自分の生産物を通じ富や名声を得る事を望んでいる訳ではなかったが、ドワーフの持つ高い技術力の成果を人間の行商人たちがこの世界のあらゆる消費地に輸送し、ドワーフの存在はこの世界にはなくてはならない生産者として知れ渡る事となっていた。ドワーフたちからすると、限られた空間しかないリリチルカの街中に誰も使う事がない生産物がうち捨てられる事を防ぐ便利な存在として、人間たちの事は重要視していたと言える。この世界に於ける人間とドワーフの関係は、ここリリチルカとほぼ同様と考えて良い。まだけして大規模な流通が行われていると言える程この世界の人口は多い訳ではないが、一般的に生産地として山岳地帯にドワーフの鉱山都市、消費地として平野部には人間が住む。
そんな中、突発的に起きた今回のゴブリンによる襲撃事件は、僅かな期間のうちに人間側に二組、ドワーフ側にも一組の犠牲者を出す事となった。人間の行商人の犠牲は人間による通商能力の低下を招く。ひいてはこの『狭いリリチルカに不良在庫が溢れる』様を恐れたリリチルカの評議会は、時を置かずドワーフ市民たちに周囲のゴブリンの掃討を命じる評議会議決を行った。ドワーフたちの評議会は、街のドワーフ市民を庇護すると同時に街の行政権を持つ。こうして、今もまだ街の最深部で鉱石の採掘と同時に進むメインストリートの延伸から、『ノミの音が消える事がない』と言われる鉱山都市リリチルカでは久方ぶりに、『ノミの音が消える』日がやってきた。多くの工房や商店が休業し働き盛りのドワーフの男たちが普段手にするノミや槌を槍や斧に替え、次々と街の城門を潜り周囲の森へと突撃していった。
「なんで人間より余程民主的なのに、採る戦術が『突撃』なんだろうな?」
一応、改めて作戦への協力を申し出た俺たちだったが、評議会からはやんわりと断られてしまった。その上、街の店々は大半が臨時休業で、食事が出来るのもこの宿の食堂ぐらいとなってしまうのだそうだ。坑道を広げて街にしたこの街は、幅もあり商店が立ち並ぶメインストリートを除けば、一歩脇道を入れば坑道そのもので、とてもドワーフ以外が行き来出来るものではないらしい。ソフィアとシャーリーの食事の事を考えると、狭いとはいえ宿から離れるのも微妙だった。リリチルカはリシタの様に街に地下迷宮を抱えている訳でもなく、結果、今朝から俺たちは宿の一室で手持ち無沙汰だったりする。
「さぁ?それよりシャーリーの鎧の作成が遅れないと良いけど」
既に読書の日と決めたらしいソフィアは、蔵書の中からドワーフに関連しそうな物を選んでベッドの枕元に山積みしてた。相変わらず薄着で俯せに転がりながら、頁を繰っている。相変わらず目のやり場に困るというか、やはりソフィアには部屋着を買ってやる必要がありそうだ。俺の精神的な安定の為に。
「あー、それは大丈夫らしい。今日、朝出発して、『正午までに殲滅した分』で作戦は終了なんだそうな。後は帰ってくるだけらしいから、シャーリーの鎧の方の工程は、一日遅れるだけだって」
朝出発して、走れるだけ走る。正午までに辿りつけたところ、そこが最大到達点で、やがて満ちた潮が引く様に、皆このリリチルカに戻ってくる。だから皆、背中には武器となる戦斧やら棍棒と一緒に、一食分の手弁当を持っている。どうやら、無茶な作戦はドワーフたちの伝統であると同時に、市民にとってのガス抜きの意味もあるらしい。そうであるならば、俺たちが活躍してしまっては、本末転倒なのだろう。
「あの長老さんも、出発したのでしょうか?」
ソフィアに取り出してもらったケトルに、宿の厨房からお湯を貰ってきたシャーリーが、お茶を入れてくれている。こちらも着ているのは、ソフィアに貰った衣類というか薄着というか。部屋に戻ると同時に、上に纏っていた質素な貫頭衣を脱ぎ捨てた(正確にはちゃんと畳んでました)のは何故!?明らかにソフィアの影響と思われる。ある意味、ソフィアよりは刺激が少なくて良いが、良いのか!?
「いや、工房としてはドワーフ市民の義務として当然参加らしいが、長老をはじめとする年季の入った方々は、一応年齢制限で不参加らしい」
それでも、たとえ自らの議会が出した指示に背いてでも、もし復讐を優先するなら長老は自身の参加を俺に告げただろう。だが長老は、『もう、息子夫婦の敵はとって貰った』と俺にそう言っていた。今は一刻も早く、焼き入れを行うと。一旦焼き入れを始めたら、焼き入れと薬品に浸しながらの冷却を交互に何度も何度も、三日三晩寝ないで行うのだそうだ。
「それでだ。明日の朝にはちゃんと、街の商店も店を開けるらしい。少し、日用品を買い揃えよう。ソフィアとシャーリーの部屋着とか」
何か買ってくれるみたいと喜んだソフィアとシャーリーが抱き着いてくるが、意味は分かっていないな絶対。
まぁ、良い。今日は一日、引き篭もる事に決定。
大型の寒波に街が閉ざされたりすると、翌年の出生率が妙に上がったりするよね。
俺の義務として今日のうちに、ソフィアとシャーリーにそういう刺激の多い姿が如何に危険かと言う事を、ちゃんと教えておかないと。




