第15章
15.
脇道の主は如何やら単独、狼たちの様に数で押して飽和攻撃を掛けてくる訳ではないらしい。だとするならば狭い回廊で戦うよりも、回廊と回廊を結ぶ少し広まったところで迎え撃つ方が良い。
俺が直径20メートル程の広間に駆け込むのと、一つ下の最下層から出てきたのだろう反対側の広間の入口から、のそのそとその巨大な塊が広間に這い出てくるのは、ほぼ同時だった。まるで先日ソフィアのいた『竜の間』に通ずる本道の途中で遭遇した、6本足の蜥蜴の更に拡大延長版。倍する12本の足で、10メートル以上ある巨体を支えている。体だけなら、ソフィアのドラゴンの姿よりもデカい。
俺は背後にソフィアとシャーリーを庇いながら、ゆっくりと大トカゲに歩み寄る。長い尻尾の先まで広間へと入場を果たした瞬間、ヤツと目があった。爬虫類に近い無表情の目から、凍りつく様な無機質な殺気が放たれている。
「よう、トカゲ野郎。お前は、ドラゴンより強いのか?」
大トカゲは俺の問い掛けを分かってか分からずか、その咢を大きく開くと、元いた世界の爬虫類では、まずはなさそうな、強烈な雄叫びを上げた。俺は間近で空気の震えを感じながら、開いた咢の上あごの内側に浅い突きを放つ。その表面を固い皮膚に覆われた大トカゲも、口の中はそれ程でもないらしい。だが、ヤツ鼻先から外に向かって突き出した俺の『同田貫』の血塗られた切っ先を見ても(顔の側面に向いた目で、角度的に鼻先の物が見えているのか疑問だが)、ヤツは特に気にした風もなく俺に迫ってくる。俺は舌打ちをしつつ、ヤツが再びその咢を閉ざす前に、『同田貫』を引き抜いて後ろに跳んだ。
「リ・エル・ソラート!」
俺のいた辺りを切り裂いてヤツの咢が閉じられ、後ろに下がる俺と入れ替わるかの様に、シャーリーの放った鎌鼬が大トカゲの鼻先に炸裂するが、ヤツの固い皮膚にはシャーリーの風魔法も効果がない様だ。先ほど俺が内側から貫いた傷痕から、僅かに緑色の血を巻き上げただけで、ヤツは歩みを止める事無く向かってくる。シャーリーの風魔法は、大トカゲの固い皮膚とは相性が悪いと考えて良い、今後も期待は出来ないだろう。だが、おそらく『同田貫』でも、ヤツの皮膚を切り裂くことは出来まい。
「はッ!!」
続けてソフィアが、同時に番えた3本の矢を放つ。そのうちの1本がヤツの左目に迫るが、すんでのところでヤツの瞼が閉じられた。他の2本ともども、ヤツの皮膚を滑った矢が弾かれる。如何やら見た目にそぐわず、動態視力に優れてもいる様だ。大きな体に比べると、瞼の開閉だけなら速やかなのかもしれない。
「ソフィア、シャーリー、どちらか電撃を放つ魔法は使えるか!?」
ソフィアとシャーリーを、ヤツの入ってきた迷宮の奥へと続く通路に逃がしながら問う。もちろん、ここで俺がヤツを止められなければ、この先が袋小路なのは聞いている。踏みとどまれなければ、俺たちのパーティは結成初日にして全滅だ。
「今のわたしじゃ、平手打ちより温いくらいだけど・・・」
珍しくも、ソフィアが自信なさそうに答えた。しおらしいのは、初めて会った時以来かもしれない。思わず抱きしめたくなるが、そんな場合ではない。
「ごめんなさい、私はそちらの系統は得意ではなくて・・・」
如何やら魔法には、それを行使する者に対する相性というものがあるらしい。では、俺の相性は如何なっている?調べておけば良かったが、今となっては後の祭りだろう。
「良いよ!ソフィア、『発動言語』を教えてくれ!」
ヤツはゆっくりと方向を変え、僅かに咢を開いた。長い赤い舌が炎の様にチロチロと見え隠れしているが、その目だけは俺を正面から見据えて動かない。一瞬の睨み合いの後、ヤツがその12本の足を器用に使って、俺への突進を開始する。ヤツが、これまでに倍するスピードを出して迫る。
一人でドラゴンに挑むのと。後ろの二人を守りながら、大トカゲに立ち向かうのと。どちらも俺を、楽しませてくれるじゃないか!
「『リ・デル・リザーク』よ!」
ヤツが更にスピードを上げる。既に狼たちを上回るスピード、その迫力に『同田貫』を握る両の手が汗ばむ。
ならば・・・、全力で、楽しませてもらうぞ!
『リ・デル・リザーク・・・』ソフィアに教わった言葉を口の中で反芻しながら、再び奴の鼻先へと迫る。俺にはその言葉の意味は分からないが、意味が分からずとも俺にも火球が出来た。ならば、きっと雷撃も打てるはず。失敗は許されない、イメージしろ、俺の手から雷撃がヤツに叩き込まれる様を!
「ぐッ!!」
だが、激突の寸前、『同田貫』を手に接近する俺の目前で、高速で迫るトレーラーが目前で急ハンドルを切ったかの様に、突然ヤツは鼻先を大きく左へと振った。想定外の行動に再び距離を取った俺の前で、ヤツは突如としてカーブを描いてスピードを上げ始める。自分の尻尾を追って、ドタバタと走り出す。犬が揺れる自分の尻尾を追うが如く、瞬く間にヤツは回転する円形刃の様な結界を築きあげた。これまでヤツがのそのそとしていたのは、恐らくスピードを上げると止まれないからなのだろう。高速の円運動ならば、止まれずに壁に激突するというリスクを回避出来る。俺がヤツを広い場所で迎え撃ったのではなく、ヤツは自分のスピードを生かせる様、この広間で迎え撃つ為に出て来たのだ。
「いくらフィルでも、雷撃がコイツに届かないかもしれないわ!」
そうだろうな、こんだけ自分の傷にも鈍いヤツだ。効果的な攻撃には、何らかの導体が必要だ。
ヤツの目前で90度向きを変え、俺もヤツと同じ方向へと駆け出す。横を向いたヤツの一方の目が、ギロリと並んで走る俺の姿を捉える。ヤツは徐々に進む向きを変え、俺を死に追い遣る高速の円盤を徐々に壁へと寄せてくる。壁とヤツの隙間が狭まるが、悪いな、すり潰されてやる気はないぜ?
時が止まる。
否、無限に引き延ばされた一瞬の『時の狭間』の中で、俺は並んだヤツの鼻先の傷に、今度は外側から『同田貫』を突き刺した。そのまま『同田貫』の柄を支点に、自分の体を跳ね上げる。
一瞬遅れて大トカゲの体が、フィレンツェの体が消えた壁との隙間を埋め尽くし、大きく壁の岩を削った。
やはり、『同田貫』だけでは俺はヤツを止められない・・・、だが!
フィレンツェは左手を懐に、右手で『同田貫』の無骨な柄を握りしめ、覚えたばかりの『発動言語』を叫ぶ。
「リ・・・、デル・・・、リザーク!!」
左手が懐の『藍の宝玉』に触れる。一瞬で体中の体温が俺の右手に集まり、他の部位が急速に冷えていく。
見知らぬ言葉。
否、見知らぬ世界の理。
だが、それでも俺は、この世界で生きるんだ!
耳を聾する爆発音と視界を覆うスパークと共に、体中から何かが抜け落ちた。俺は『同田貫』を握りしめる手を離し、同時に意識も手放した。
遠くで、俺を呼ぶソフィアの声が聞こえた気がした。




