第14章
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リシタの『深淵の竜の迷宮』の脇道の一つ。俺たち3人は順調に迷宮を踏破し、僅かな時間のうちに既に地下4層目まで達している。この脇道自体は次の5層目で行き止まりだそうだが、3層目にして既に本道の方であるならば本来もっと下層に巣食う狼たちに溢れ、階層に比例した魔物の強さの上昇率が本道に比べてもかなり係数が大きい。その分手っ取り早く稼ぐには良いはずなのだが本道から外れた行き止まりという事で、この街の冒険者たちには人気のない一角でもあった。
今いるのは更に脇道の脇道といったところで、俺たちが休息を取り小さなコンロの火を囲む数メートル先は行き止まりだった。反対側の横穴の入口の床では、『魔物避けの香木』が焚かれている。『魔物避けの香木』というのは魔物の嗅覚を麻痺させて、近くに人間が隠れていることを悟らせない魔法のツールで、地下迷宮での探査の際には必需品と言っても良い。別に地下でなくても使えるらしいが、魔物にだけ効果がある『嗅覚を麻痺させ、更には人間の気配を察知する知覚そのものをも鈍化させる魔力』が含まれた煙が拡散してしまうと効果が薄れる為、屋外では使いづらい。もちろん、燃え切ってしまったら効力が消える消耗品なのだが、街の冒険者向けの薬屋で比較的安価に買う事が出来る。効果の程は条件に依るところもあるが概ね1時間分の香木が銀貨3枚程度で、3千円程度で安全に休息がとれるならば安い買い物だろう。
魔物だけに効く、と言ったが長時間使用すると人間でも効果が出るらしく、松明にして迷宮探索の間中使用するといったことは推奨されていない。試みた冒険者のパーティは自分たち自身が魔物の接近に気付くのが遅れ、結局帰ってはこられなかったらしい。単に、毒に対する耐性が人間の方が多少高いだけで、俺が元いた世界の殺虫剤みたいなものなのだろう。
「ところで、お二人は如何して知り合ったのですか?」
小型のコンロの火に掛けたケトルの中には直接香草が放り込まれ、周囲に柔らかな香りを放っている。この香りが『魔物避けの香木』の効果を減殺しないかが心配だったのだが、ソフィアに依ると『魔物避けの香木』の効果は魔力に依るものなので問題ないらしい。
シャーリーが火からケトルを下すと、それぞれのマグカップに注ぎ分けながら訊いてきた。渡されたマグカップの中には、千切れた葉っぱが浮いている。如何やらこの世界では、ハーブの茶葉を濾すという事はしないらしい。中々にワイルドな気もするが。
「実はね、フィルは冒険者の振りをしているけど、本当は泥棒なの。それも大泥棒」
口をつけたハーブティを思わず吹き出しそうになり、咽ている俺の背中を横からソフィアが優しく擦ってくれる。いや、優しそうに見えて、行動と言動が伴っていないから。
「ある日、フィルはわたしが隠し持っていた宝石を盗むために、わたしに近づいてきたの。でも、目当ての宝石が何処に隠してあるか分からない。だから、わたしを誘惑してきて。何も知らない乙女だったわたしは強引に、フィルに身も心も奪われてしまったのよ、宝石と一緒にね」
両手を自分の頬に当てたソフィアが、恥ずかしそうに首を振っている。藍色の長い髪がサラサラと揺れた。そのまま上目がちにチラと俺を見ると、指の隙間から見える頬を赤らめた。・・・芸が細かいですね、ソフィアさん。というか、完全になりきっているでしょ?
「そ、そうだったんですか。泥棒って、強引なんですね」
いや、信じないでね!お願いだからさ。事実に大幅な歪曲があるから!自分の分のハーブティが入った金属のマグカップを両手で抱え、立ち上がる湯気の向こう側からシャーリーが興味深々といった目で俺たちを見ている。咽た俺を介抱する甲斐甲斐しいソフィアに向ける眼差しには、既に尊敬の念が混じっている様な気がする。
「そうよ、押し倒されたわたしに伸し掛かりながら『もう、俺じゃなきゃ満足出来ない体にしてやる』って、それがフィルのプロポーズの言葉だったの・・・」
お、俺のプロポーズのセリフが決定しました!というか、既にプロポーズ済みだったらしい。何処から得た知識だよ、そのセリフ!それに伸し掛かってきたの、ソフィアだよね!?押し倒されたの、俺の方なんですけど。ここでそれを主張しても、微妙な気がするけどな。だが、今訂正しないと、俺のイメージが黒く染まっていくのを二度と修正出来ない気もするのだが。
「す、凄いですね・・・。男の人って、皆そうなんでしょうか?」
うっとりとしたシャーリーが訊いてくる。宝塚じゃないんだからさ、そんな展開ないから。宝塚でそんな展開があるのか知らないけれど、少なくとも俺の元いた世界では、そんな展開は現実にはないから!・・・でも、ここは異世界だから良いのか?良い事にしてしまうのか!?
「奴隷だった私を買った人たちは、私を見る目がとても厭らしくて。でも、ご主人様は私を助けてくれました。ですから、私も、その・・・」
シャーリーの言葉を遮る様に、突如として沸き起こった獣の雄叫びが狭い迷宮の回廊に響き渡った。まだ、少し距離がありそうではあるが、あれがソフィアの言うところの脇道の主なのであろう。残響の響く中、俺は折角お茶を入れてくれたシャーリーに目線で謝りつつ、自分のマグカップとケトルの中身を床に捨てる。コンロにも手早く蓋をして火を消すと、後の片づけをソフィアたちに託して横穴の入口まで走り寄る。香木を跨いで僅かに顔を出し、迷宮の奥底を探る。視界の中に敵は見えないが、奥から何物かが迷宮の床を踏む重い足音が聞こえる。
如何やら、脇道の主自らが俺たちのお出迎えに来てくれる様だ。ティーセットを素早く『無限倉庫』に仕舞ったらしいソフィアが、俺の傍まで駆け寄ってきた。後ろには僅かに怯えるシャーリーの手を握っている。
「じゃあ、行こうか」
知らずに口角が吊り上り、『同田貫』の鞘を握る左手が熱い。
さぁ、お前は、かつてドラゴンの姿をしたソフィアがくれた程の恐怖と興奮を、俺に与えてくれるのか?
心の中で、未知の敵に語り掛ける。
俺は一瞬だけソフィアと視線を交わすと、後ろの二人に頷いて再び迷宮の奥へと踏み出した。




