第140章
140.
草原に住む動物は、一般的に眼が良い。捕食する側もされる側も、見通しの良い草原地帯では、先に相手の姿を捉える事が重要だからだろう。そう考えると人間ごときが、視力の良し悪しが生死に直結しているだろう野生の彼らに敵う訳がなく、ここではドラゴンの瞳を持つソフィアが頼りと言っても良い。
仮に遠方からでも獲物の姿を捉えられたなら、次は葦毛と栗毛の出番だ。何とか乗馬に長けたアリシアとシャーリーに見つけた獲物を追い込んで貰って、最後は待ち受けるソフィアが鋼鉄の矢で仕留める。
だが、その為には獲物が逃げ出す前にアリシアとシャーリーに、大きく迂回しながら獲物の背後に回り込んで貰わねばならない。それが出来るのか如何か。それが、今後当面の俺たちの肉食率を決めるという事を認識したうちの娘たちは、如何やらそれなりに気合を入れてくれたらしい。
「アリシア、シャーリー。二人とも、頼んだぞ。今日の昼食の有無は、ひとえにキミたちの奮起に掛かっていると言っても良い。獲物がソフィアの待ち構えるこちら側に逃げる様に、出来るだけ大きく回り込むんだぞ」
折角なので、煽るだけ煽ってみる。
緊張の余りシャーリーは馬上で歯を食いしばる様に青ざめ、アリシアは隻眼に漆黒の炎を宿らせソフィアの指し示した遥か草原の彼方を睨む様に見詰めている。
因みに俺には、今回もソフィアの示す先には何も見えない。と言うより、ソフィア以外にはまだ誰の視界にも、この先に存在する筈の獲物というのが見えていない。先ほど二度目の失敗の時には俺でも『何か横に(俺たちの待つ方角とは90度逸れて)逃げているな?』ぐらいは辛うじて見えた。既にこの台地に着いてから二度、追い込む前に獲物が包囲網から脱け出してしまい、狩は失敗に終わっていた。三度目の獲物の位置も、それ以上に遠いという事だろうが、今度こそアリシアとシャーリーは上手く獲物に接近出来るだろうか?
「分かっている・・・。このままでは、食事をせぬままに、また、フィレンツェに押し倒されてしまう。せめてその前に、ちゃんと食事を取らせて貰わなければ。では、行ってくる」
アリシアが軽く踵の拍車を入れ、葦毛は向かって左側に早足で歩み始めた。アリシアの役目は、左側から大きく回り込む事だ。幸い風は、前方の獲物がいる方向から吹いている。真っ赤なドレスの裾が馬の背の左右に靡き、馬上ですっくと伸びたアリシアの背中を見送る。
ところで、その『また』って何?
イイですけどね。
何か、知らない人が聞いたら、俺はまるで食事も与えず虐待する鬼畜ですね。
『腹が減ってるのか?じゃあ、まずはこっちを・・・、ギャー、っ喰い千切られたっ!』ダメだな、本気でありそうだ。
「うぅ、やっぱりダメだったら、ご主人さまは食事抜きで、あんな事とか、こんな事を・・・。行ってきます・・・」
シャーリーは空中に視線を泳がせると、何やらブツブツ、と呟きながら右回りに、跨る栗毛を進め始めた。シャーリーの方は『風の魔法』を使って自分の足で走らせても良いが、馬に乗った方が大きく見え威圧感が出る。その分見つかり易い訳で、追い込む事を考えるとどちらが良いか微妙ではある。今回もダメだったら、シャーリーは馬から下ろす事にしても良い。根本的には、獲物を追い込むの勢子の数が少ないのだ。別にアリシアやシャーリーに、非がある訳ではない。今一つ騎乗に心配はあるが、エレインも投入するか?
ところで。
そうそう。
良く分かっているね、シャーリー。
もし、失敗したら、アレもコレもね。
ところで、ソレって、俺は何を期待されてるんだろうね?
まぁ、良いけどね。
もうドレか分からないんで、全部試して見ました、的な。
「うーん、フィル? 確かに、この距離からでも見えるって、かなり大っきいお肉だとは思ったのよね。でもね、えーと。食べ切れなくても、わたしの無限倉庫に仕舞えるし、問題ないわよ!」
シャーリーの期待するアレやコレやソレを妄想する俺に、ソフィアが何か声を掛けて来た。それは、俺の妄想を中断させる程、重要な事なのか? あぁ、いつの間にか、件の獲物が如何やら上手くこちら側へ接近してきているらしい。
ドスっ、ドスっ、と地響きを立てて、何かがこちらに突進して来る様だ。
えっ?
俺にもやっと、何かこちらに向かってくるのが見えるが、それって・・・。
「あー、確かに馬の十倍くらいは、ありそへんでっせー。では、わいは後方から支援(逃げていまんねん)しまんねんさかい、後は期待してまんねんね」
そう、言い残すと、もう一頭の葦毛に跨る悪女が、早々に逃げを打った。スピードは出ていないが、その分決断の早さでカバーしている。
これで、エレインは敵前逃亡罪にて、今夜の刑の執行が決定。
弓を手に少し青ざめるソフィアと、俺と、馬の外された馬車が残された。
馬車?
そうか。
馬車の荷台には、俺の秀作?チェーン付きロケットランチャーがある。
これは如何やら、千載一遇のチャンスと言っても良いのではないか?




