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華龍Story  作者: ryo
136/142

第136章

136.

この世界には、人間以外にも多くの種族が暮らしている。その多くが俺が元いた世界では空想上の、あるいは人の幻想の中でのみ生きてきた者たちだ。それなのに、ここでは、その者たちは実に感情豊かで、時として俺はこんな風に思ったりもする。俺たちの方が、彼らの幻想なのではないかと。俺の額に置かれたソフィアの、少し冷んやりとした掌の感触。それがなければ、俺は俺自身を幻想の一部と見なしても、何ら疑わなかったかもしれない・・・。


「わたしも、わたしも、フィルを育ててくれたっていう、そのおじいちゃんおばあちゃんに会ってみたかったわ。・・・あのね、ドラゴンて、卵で生まれるのよ。知ってた? 普通は、卵が孵っても独り立ち出来るまでは、両親が育ててくれるわ。でも、わたしは違っていた。わたしが卵の殻を割ってこの世界を始めて見ることが出来た時、周りには誰もいなかった・・・」

多分、今、ソフィアは俺に話を聞かせながら、寂しそうに微笑んでいるのだろう。

ドラゴンの知性は人間を凌ぐ。それどころか生まれてきた時には、ドラゴン特有の種族的普遍的な知識を刷り込まれているという。生まれた瞬間から大人同様の振る舞いが可能、つまり最初から世に成体同様の脅威として存在するという事だった。生まれながらにして、完成された個体。それにも関わらず、ドラゴンは生まれた子を慈しみ育てる。それは多分、無限に近しいその力の使い方ではなく、抑え方を教えるのかもしれない。


「ソフィは、孤児だった?」

ソフィアはいつの間にか、そのしなやかな指先で俺の両目を覆うことをやめて、俺の額から前髪を撫で始めた。少し、落ち着いたのかもしれない。といって、今、瞳を開けるのは微妙だ。スク水は後でも良い。持ってないけど。

ソフィアが話したいのならば、俺は、すべて話を聞かせてほしい。


「そう。でも、わたしたちドラゴンは、生まれながらにして恐怖を為す術を知っている。だから、わたしは、あらゆる動物を狩った。湧き上がる貧欲を満たす為。でも、何も満たされたない。その時。そう、その時、今の『虚無の狼の迷宮』の主、ヘンリエッタと出会った。・・・彼女はわたしに、人間として生きる術を教えてくれた。人間を殺さず、人間と共に生きる術を。彼女の教えに従い、わたしは多くの人間と話した、そして訊ねた。『わたしの父と母は、如何していないのか?』を・・・。そして、ついに、突き止めた。かつて、わたしの父と母が天狼と争い、そして殺された事を。ヘンリエッタこそが、天狼の長。わたしの実の父と母を殺した、わたしの育ての親・・・」


「ヘンリエッタを、恨んでいる?」

思えば、ソフィアの生い立ちを聞いたのは、出会ってから始めてだったかもしれない。人間である俺より、遥かに永い生を歩むドラゴン。俺にとっても、余りに遠い過去を語られても、歴史の教科書をぺらぺらとめくってみるに等しかったろう。

だがその生を縛るのは、人間同様に愛と憎しみだった。

同じなのだ、何も変わりはしない。

そうでなければ俺たちは出会い、愛し合う事もなかったのかもしれない。


「分からないわ。分からないの。避けてきたの、これまで。考えるが怖くて。エレインたち『深海の乙女』と海の一族に、またいとこが殺された話はしたでしょ? あれは、わたしの生まれる前の話。わたしたち一族の歩んできた歴史が、わたしの頭の中に刻まれている。遠い昔の話、正直に言うと何の感慨も浮かばない。でも、自分の、わたし自身の両親の話となれば、冷静ではいられない」

ドラゴンは血族の繋がりが強い。ドラゴンを狩ることが事実上不可能と言われるのは仮に一体を狩れても一族の復讐の為には、日頃は、ばらばらに暮らす複数体が共闘する事もあるからだった。おそらく、ソフィアが呼び掛ければ、多くのドラゴンが天狼との戦いに身を投じるだろう。

目を開ける。


「行こう、ヘンリエッタに会いに、『虚無の狼の迷宮』へ。それでソフィアが望むなら、俺がヘンリエッタを狩ってみせよう」

ソフィアの頬に、手を伸ばす。

ソフィアの藍色の瞳から溢れた涙が、俺の頬に降り注ぐ。

それでも、ソフィアは俺を見つめるその瞳を、閉じようとはしない。

鼻を啜りながら、泣きながら、俺を見詰める。

ならば、俺もソフィアを見詰めていよう。

やがて、心配性の他の娘達が、俺たちの座る(座っているのはソフィアだけで、俺は廊下を塞ぐ様に寝ているのですが)周りには集まってきた。

ちょっと、恥ずかしいが、これが俺たちの旅立ちなのだろう。


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