第133章
133.
『ヴィヴィアン・・・』
ベッドの上横たわり、未だしっとりと濡れた髪の感触が残る掌を、眼の前に翳してみる。
朝、俺が目を覚ますと、狭い部屋の中にいるのは、俺一人だけだった。まるで、一夜だけの幻の様。
彼女が幻ではなかった事を証明するのは、この手に残るしっとりとした髪の感触と・・・、すっかり、びしょびしょに濡れたベッド(シーツもマットも、全部びしょびしょ)だった。
・・・如何してくれようか?
「あ、頭が痛いです・・・」
可愛い顔を苦痛で歪め、シャーリーが呻く。
そうだねシャーリー、それを二日酔いと言うんだよ。
また一つ、大人の階段を上ったんだね?
辺境伯の屋敷で、一夜を過ごした翌朝。
現実とは厳しいものでヴィヴィアンは去り、二日酔いの娘たちが残った。まったく、辺境伯秘蔵の名酒とやらを、どんだけ飲んでんだ、という話ではあるが、勿論ほっても置けない。
「シャーリー、解毒薬を定量でなくても良いから、二日酔いの子で分けて飲んでおいて。皆に配って飲ませるの、シャーリーに頼んでも良いかな?」
『うー、・・・はい』と呟いて、もそもそとベットから起き上がろうとするシャーリーだが、ソフィアが横から絡みついているので動けない。まずはシャーリーを抱き枕にしているソフィアの拘束を外し・・・、うわぁ。
やっぱりと言うか、想定通りというか。取りあえずシーツで周りを拭きつつシャーリーの背中を押して、ベットの端に座らせる。
うん、俺の部屋のベッドもびしょびしょだが、これでこの部屋のシーツも似た様なものだ。
もう気にするのは、止めておこう。
シャーリーの造る強力な魔法薬なら、酒は本来は毒な訳でもないし、少しの量の服用でも大丈夫だろう。シャーリーがポシェットから小瓶を取り出し、何口かを口に含む間にソフィアの方を起こしてみる。
「ソフィ、ほら、朝だぞ。起きられるか? ソフィア?」
ぴしぴしと、軽く頬を叩いてやると、むにゃむにゃと何か呟いてソフィアが『うーーー』と手を伸ばした。如何やら、シャーリーよりはお酒にも耐性があるのだろうか、寝ぼけているだけで、それ程体調が悪い訳ではなさそうだ。
と、甘く見た瞬間。
がばっと、伸びた両腕が俺を捉え、そのままベッドに押し倒された。
「ふあぁあ、すん、すん。何か、・・・何か、わたしの知らない女の匂いがする・・・」
薄目を開けたソフィアが、俺の胸に顔を擦りつけながら、呟いた。
ば、ばれてますね?
「許せないわね・・・」
如何にか視線でシャーリーに助けを求めるが、巻き込まれる事を恐れたシャーリーはそそくさと身繕いを済ますと、俺を見捨てて隣の部屋で眠るエレインとアリシアの元に向かってしまった。
シャーリー、昨夜出来なかったあんなことや、こんな事は、ちゃんと、今夜シャーリーの為にとってあるんだからね?(さすがにヴィヴィアンにツインテールは・・・、いや、それもありだったのかも。しまった、先入観に囚われていたのは、俺の方か? あの濡れそぼった髪がツインテールって、ひょっとして、スク水とセットなら意外と絵になるのでは? これは、スク水の調達が必要なんじゃ・・・)
「さて、フィル? フィルは動いたら、ダメだからね・・・」
ははは。はぁ・・・。
本能的な現実逃避に走っていた俺を、間近いソフィアの冷たい視線が、残酷な現実へと引き戻した。
・・・。
1時間後。
腹上死ならぬ、このまま腹下死かと思いました。
シャーリーの敵前逃亡の為、薬もなく自らの実力に掛ける必要があったし。
ソフィアに弄ばれながら口では昨夜の事を説明しなければいけないという、この責め苦。
もう、・・・癖になりそう。
如何にか解放して貰えたので、エレインとアリシアの元に向かう事が出来た。
よく生きてたね、俺。
「エレイン、色々と言いたいことはあるのだが」
後で聞いたところによると、昨夜は皆の返り討ちでダウンしたエレインだが、もともと酒への耐性は高いらしく、今日は目覚めから普通にすっきり、なのだそうだ。流石、悪女その2にして、悪女その1の共犯者。
代わりにシャーリーの魔法薬のお世話になったのはアリシアで、これはやはり胸の大きさと酒の耐性には相関関係があるのかもしれない。
・・・ないな。
「ヴィヴィアンは心配性ちゅうより、ただ単に寂しかっただけどすわ」
エレインは、窓際のテーブルでお茶を飲みながら、しれっ、とそう返してきた。
だったら、ヴィヴィアンが来るって予め言っといて欲しい。
酷い悪女だ。悪女だから酷いのか。
どちらにせよ、エレインもスク水だね。
『水の精霊』だし。
率先して着て貰わないとね、そうでないとソフィアに蹂躙されて、ずたずたの俺の心が回復しない気がするんだよね。
「・・・ううぅ、薬まずい」
アリシアの方は口の中に残るシャーリーの魔法薬の味を楽しみつつ?未だにベッドの上につっぷしたままだ。
赤い髪がベッドに広がって、血の海みたい。言わないけどけどな。どちらにせよ、直ぐには回復は難しいそうだ。
「出発は、午後にしよう。食事がとれる者は、一緒に厨房に来てくれ」
当然、ソフィアも朝から運動して、それなりに腹が減っているだろう。崇高な使命を背負っての『虚無の狼の迷宮』への出発の当日からこれでは先が思いやられるが、実は俺も腹が減っていたりする。
運動した(させられた)しね。
まずは、朝ご飯だな。




