第132章
132.
悪女は、どうせなら最後まで悪女を通して欲しいなどと言うのは、俺の我儘なのだろうか?確かに俺にも自覚はあるが男は皆我儘なもので、自分のエゴを相手に押し付けてしまう。勝手に望んで、その望みが果たされないと気付いた時、自分の愛した者を害する。そうして多くの相手を傷つけてきた、馬鹿な生き物だ。
ソフィアたち4人を如何にか、それぞれの部屋に寝かしつけると、俺とヴィヴィアンは俺に割り当てられた部屋に戻ってきていた。もちろん、俺が勝手に割り振っただけだが、今はこの小さな部屋にいるのは、俺たち二人だけだ。
窓から差し込む月明かりが、ヴィヴィアンの白い肌を更に青白く、照らしていた。
「如何して今夜、俺に会いに来てくれたのか、そろそろ教えてくれるか?」
ヴィヴィアンの濡れそぼった髪の、絡みつく様な、しっとりとした感触が指に心地良かった。ヴィヴィアンは俺の問いに腕の中で小さく身じろぎすると、俺の胸にその小さな両手をついて身を起こした。
月明かりを背負い、ヴィヴィアンのほっそりとした美しい顔を、月の光の控えめな輝きが縁取っている。
「フィレンツェ様が『虚無の狼の迷宮』に向かうなら、二度と会えなくなってしまうかもしれないでありんしょう?」
ヴィヴィアンの涙に濡れた様に潤んだ瞳は、何時も、そう、どんなに自らの熱情に身を委ねている時でも寂しげに濡れている。悲しみと背中合わせの、そんな情熱。それが、ヴィヴィアンだった。あるいは、それはヴィヴィアンの生き方そのもの、なのかもしれない。
「ヴィヴィアンは『虚無の狼の迷宮』の主に、俺が殺されるだろうと、そう思っているのかな?」
ちょっと、おどけた様にそう、尋ねてみる。
辺境伯の騎士団を飲み込んだ『虚無の狼の迷宮』、それが直接に迷宮の主の仕業なのかは分からない。単にヴィヴィアンが心配性なのか、それとも俺が能天気過ぎるのか。
あるいは、ヴィヴィアンは俺に別れを告げる事で、俺に覚悟を決めさせてくれているのかもしれない。
「正直に言うとわっちは、フィレンツェ様に『虚無の狼の迷宮』の主を斃して頂ける様、そう望んだ者の一人なのでありんす。そうなのでありんすが、今になって不安になってしまいんした。でありんすから、もしフィレンツェ様が望むなら、たとえ他の方々の意思に反してでも、わっちはフィレンツェ様と一緒に何処か遠くに逃げてしまっても構いんせん。エレインや、他の方々も一緒に」
俺を見詰めていたヴィヴィアンは、何か言いたげにその少し青ざめた唇を戦慄かせると、再び俺の胸に顔を埋めて、少しくぐもった声で、そう囁いた。
ヴィヴィアンは湖の城を放り出して何処か遠くに逃げ出すというが、それは多分、ヴィヴィアンの人生そのものを放り投げてしまう事に等しい。何も彼女の事は分からなくとも、それくらいは、俺でも分かる。
「否、お互いそれは、出来ないだろう? でも、ありがとう、ヴィヴィアン・・・」
腕の中で、ヴィヴィアンの細い肩が震えている。ベッドを濡らす冷たい雫とは別の、熱い雫が俺の胸に降り掛かるのが分かった。
冷え切った体のヴィヴィアンの、唯一熱い、涙だった。




