第131章
131.
辺境伯の屋敷での、夕食の席。
先の昼食をご馳走になった(メニューはすべて、村人の差し入れだったが)お礼に、夕食は俺たちで作って伯爵親子に振る舞う事となった。美味しい食事は一時であれ、人を幸せにする。野盗の襲撃で多くの使用人を失い、迷宮に送った直轄の騎士団をすべて失ったかもしれない辺境伯への、せめてものお悔やみの様なものだったのかもしれない。
料理は俺たちが用意したのもあって、辺境伯はそれで終わらせたら申し訳ない、などと言い出し、食事の席では辺境伯秘蔵の名酒が振舞われた。と言っても、病み上がりの伯爵は酒を控えていたし、伯爵令嬢も酒を嗜まない。
結果、うちの娘たちが揃って、この名酒の犠牲となることとなった。
「誰だ、シャーリーに酒を勧めたのは? 未成年の飲酒は、法律で禁じられているんだぞ?」
俺たちに割り当てられた部屋は3部屋。この感じではどうせ皆そのまま朝まで寝てしまいそうだし、適当に部屋に放り込んで行く。残された俺は一人の夜は、ちょっと寂しいが、この状況下では致し方あるまい。
やはり、エプロンを入手出来なかった事が敗因なのか?
それとも、ツインテールを結う為の輪ゴムの数が足りなかったのが、いけなかったのだろうか?
まぁ、両方とも関係ないよな。
細身のシャーリーをベッドに寝かせながら思わず呟くが、どうせ誰も聞いてやしない。先に寝かせたソフィアに比べると、持ち運びは楽で良いのだが。誰も聞いてないので『そんな法律は、この世界にはないわよ!』とか、『シャーリーはこう見えて、フィルより歳上だけど?』とか、突っ込んでくれない。
ちょっと、寂しい。
早速、無意識のうちにシャーリーに絡んで抱き枕にしているソフィアは、何か夢でも見ているのか、にへら、とだらしなく口元を緩めている。可哀想だが、シャーリーは翌朝には、よだれでベタベタだな。お父さんは毎日苦労しているんだよ? 今日は大人しくシャーリーが犠牲になってね。
次の部屋に移動する。
「さてさて、お前たちも精霊なら精霊らしく、もう少しお淑やかに慎み深くだな・・・」
日頃、悪女エレインの悪巧みで?割りを食っているアリシアは、一度理性のタガが外れると実は笑い上戸であることが判明した。以外な事実ではあるが、やはり今回も罪は悪女の側にある。今日、うちの娘たちが酔いつぶれるに至ったのは、ほぼほぼ、エレインが伯爵提供の酒を皆に注いで回ったからと言っても良い。当然、皆の返り討ちに遭い、流石のエレインも酔い潰れてしまった。
「だったら、注がなきゃ良いのに・・・」
並んで眠るアリシアとエレインのワンピースの裾を整えてから、軽く手櫛で髪を整える。笑い疲れたらしいアリシアと、何か満足そうな表情を浮かべるエレイン。
エレインは、まるで自分を犠牲にして何かを遣りきった、そういう充実感?
そうか・・・。
背後から、ひたひた、と音がする。
徐々に周囲に満ちる、色濃い死の気配。余りに甘美で、俺の心を震わせる。
そう、そんな女は、一人しか知らない。
「きみも、そう思うだろう、ヴィヴィアン?」
振り返らずに、問い掛ける。
どちらかと言うと、ものぐさなエレインが皆に酌をして回るなんて、おかし過ぎる。
今日、この時間を作る。
その理由があっての事だった訳だ。
「知ってんした? フィレンツェ様? ほんにそうなら、ぬし様は、ほんに酷い男でありんすね」
緑のドレスの裾から滴り落ちる雫が、部屋の板張りの床を濡らしていく。下の部屋が水浸しにならないか、ちょっと気になるが、そんな事を気にしている場合ではないな。
ヴィヴィアンの白く冷たい手が、背後からフィレンツェを抱きしめた。背中に触れる冷たい肌と、頬に掛かる冷たい吐息。それでいて、内に秘めた熱情が、ひしひしと伝わってくる。
「ただ俺に会いたくなった、だけではないんだろう?」
ヴィヴィアンの腕を外して向き直る。
ヴィヴィアンの涙に濡れた様に潤んだ瞳を見詰めると、ヴィヴィアンは寂しげな微笑を浮かべながら、自分の頬に張り付いた濡れた髪を手櫛で書き上げた。
今夜は、長い夜になりそうだった。




