第129章
129.
何を求めて、何処に行くのか。
少なくとも、この旅の目的は明確で、『虚無の狼の迷宮』の主を探し、斃す事。精霊であるエレインとアリシアによればエルフたちが永年に亘って守り、そして失われて久しい『世界樹』本体を取り戻す為には、復活を阻害している『虚無の狼の迷宮』の主を排除する事が必要なのだそうだ。
『バイルクラウ以遠辺境伯』の騎士団は、百名近い規模があった。エゼルが助力を請えと薦めたのも、その戦力をあてにしての事だったのだろう。エルフの騎士団もそうだが、元いた世界に於ける中世に似た世界での戦闘集団では、輜重兵の様な戦闘以外の専門要員はなく構成員の大半が戦闘員だ。つまり100名の部隊であったならば100名全員が戦闘に参加し、全滅若しくはそれに近しい状態となった可能性が高い。その100人がやられたのが、迷宮の主に至る経路の途中の事なのか、それとも迷宮の主そのものに依るものなのかは分からないが、俺たち挑もうとしているのは、そういう場所なのは確かだった。
「そうか、では明朝、『虚無の狼の迷宮』に向かうか。本当なら、騎士団を一緒に差し向けるところなのだがな。わしには、ここで、お前さんたちの無事を祈る事ぐらいしか出来ん」
辺境伯の膝の上ではジルが、伯爵令嬢の膝の上にはジバが、それぞれ丸くなって大人しく背中を撫でられている。この埃っぽい場所でもジルとジバの毛並はつやつやで、相変わらず撫で心地が良さそうだ。ある意味、シャーリーの頭にも勝るとも劣らない。
だが、長閑な光景ではあるが、・・・お前たちは猫か? 狼の神獣としてのプライドとかは(最初から、あったのか不明ではあるが)、何処にいった?
「皆様には、騎士団が巡視に際して持って行ったのと、同じ地図をお渡しします。少なくとも、既に探索の済んでいる古い入口と、こちらは入口の場所だけですが新しく出来た入口が書いてありますわ」
伯爵令嬢も、ジバの撫で心地は高評価だったらしい。
今は昼食後の、お茶のひと時。
俺たちで(実質的には、俺が)皆の昼食を供する事を提案したものの、今日のところは村人たちが持ち寄った惣菜があるとのこと。俺が腕を振るうのは夕食という事にして、逆に俺たちも伯爵親子の貰いものの昼食に相伴させて貰う事になった。村の食事は、やはりイモが多く、味の色彩も量的にも、うちの娘たちには少し物足りないものだったのかもしれない。貰いものの食事にケチをつける事も出来ないので、うちの娘たちは神妙且つ微妙な面持ちで、ジャガイモっぽい煮物を黙々と食べていた。
「エレイン、アリシア。ちょっと、こちらに来てもらえるか?」
実は先ほどから、エレインとアリシアがちらちらと、俺に期待に満ちた視線を投げ掛けてくる。何か肉が欲しい(のも、あるかもしれないが)訳ではない。
そうかそうか、今夜は二人ともツインテールだよ? これも違うか。否、それは違わないが、二人が何を期待しているのかは明らかだった。屋敷に戻ってくるなりソフィアとシャーリーが、エレインとアリシアの為に指輪を買った事を、ついでにそれはソフィアとシャーリーが選んだ事を暴露していた。ソフィアとシャーリーには秘すれば花という概念はない。シャーリーに至ってはエレインとアリシアにまで、頭を撫ぜて貰っている。良いよね、シャーリーの頭の撫で心地。
まぁ、指輪については隠しているつもりもないから、良いですけどね。
「二人とも、左手を出して・・・」
いそいそとテーブルを回り込んできた二人を前に、俺も立ち上がって二人を迎える。ソフィアとシャーリー、状況を察した辺境伯と伯爵令嬢も、無言で俺の一挙手一投足に注目している。俺も何か緊張してきたが如何やら無事に、二人の指にお揃いの指輪を嵌める事が出来た。
「これで俺たちは、正式にパートナーだ。皆、俺についてきてくれるな?」
そう、死が互いを別つまで。
ドラゴンにしろ、エルフにしろ、まして精霊に至っては明らかに俺より長い寿命を持つのだろう。だが今は、今だけは、俺と共に生きて欲しい。
「当然だ。これで何時でもフィレンツェの好きな時に、されてしまうのだな・・・。フィレンツェのしたくなった時に、傍にいないとならないからな」
へっ?
腕組みしたアリシアが、気難しげな表情で顔を赤らめて一人頷いている。アリシアの中では如何やら自己解決というか、自己完結しているらしい。
なんですか、それ?
「せめちびっとはて自制して、人目を気にするぐらいはお願いどすわ」
頬を赤らめたエレインが、わざとらしく俺から視線を逸らした。
伯爵令嬢が表情を引きつらせながら『あら、もう、お茶がないですわね。急いでお茶のお代わりを、お持ちしますわ』と席を立った。
漸くベッドから出て皆と食事の席に付ける様になったばかりの辺境伯も、『若いというのは、羨ましいもんじゃのお』などと言いながら、お茶を啜る。
良いですけどね。
別に、俺のやる事は変わらないし。
大体、なぜソフィアとシャーリーまで、俺に生暖かい視線を向けている?
所詮、人からの評価だけの話しですよ、俺は全然気にしませんよ。
だが、そこまで言うなら、今夜その指輪の効能とやらを試させて頂く必要がありますね。
『さぁ、皆揃ってツインテールで涙ぐみながら、上目使いで俺を見るんだ!』
現実では、皆の微妙な視線を向けられているけどな。
ああ、取りあえず今は、妄想の世界に退避させて貰おう。




