第126章
126.
バイルクラウの村に限らないが、この辺りの村々は、長年に亘ってほぼ自給自足の体制が出来ているそうだ。だが、特に他の村々より迷宮に近く、香木による結界を敷く事で魔物の侵入を防いできたバイルクラウの村では、村を取り囲む様に焚かれる香木と僅かに村の中と外を別つ塀より外側では、農作物を育てるには多大なリスクが伴う。結果として塀の内側の畑で作られる穀物、主にイモ類が村に住む者の主食だった。
魔物に捕食されるので野生の動物が食卓に上がる事は少なく、周囲を流れる川で採れる川魚を除いては動物性蛋白質の摂取量は多くはないのだろう。
少ない日々の食事のメニューを補うのが村に輸入される高価な食材類で、近隣の村を経て夜通し走る6頭立て若しくは8頭立ての専用荷馬車を使ってその輸送が行われている。主な商品は保存の効く穀物と干し肉で、この村では、どちらも比較的高価な贅沢品という扱いだった。
つまり、高価な輸入穀物を扱う商店の客層は、宝飾品を扱う店の客層と被る訳で、実はこの村でも一番の高級品店という事になる。当然、村の領主である伯爵家は店の一番の顧客と言う事だ。
「伯爵様と伯爵のお嬢様には、この店をご贔屓にして頂いておりまして、何度か指輪や首飾りをお納めした事があります」
店の隅に置かれた小さな丸椅子に座った俺の前に、小さなお下げ髪の少女が立っている。うちの娘たちも時として大人びた仕草を見せるが(主にベッドの中で)、それは外見と関係なく実年齢に伴ったもののはずだ。そうだとするならば、目の前の少女が妙に大人びた様子で『伯爵様には、いつもご贔屓に・・・』などと言われるのは、実はかなり違和感がある。
・・・これがギャップ萌えってヤツか? そうなのか?
いや、止めておこう、謹んで自粛。
「私には一人、この店を継ぐはずの兄がおります。『虚無の狼の迷宮』の奥底ではとても珍しい輝石の原石が見つかるそうで、兄は石を探しに向かったまま、未だ帰って来ていません・・・。どうか、兄を探して連れ帰ってほしいのです」
俯いた少女の睫毛に、涙の滴が溜まって今にも零れ落ちそうだ。気丈な少女も実の兄の安否が気がかりなのだろう。
「兄は伯爵令嬢に恋していて、お嬢様に送る指輪の石を探しに行ったのです・・・」
えっ?
お兄さんがいるのは良いとして、行きつくところは伯爵令嬢ネタですか?
それ、ハードル高いから止めてほしいのですが。
「もし『虚無の狼の迷宮』でお兄さんを見つけたら、一緒に連れ帰ってくれば良いのね? お兄さん特徴を教えてくれるかしら?」
何時の間にか、お下げ髪の少女の背後にソフィアとシャーリーが立っている。先程まで並んで魅力的なおしりを見せてくれていて、じゃなくてアリシアとエレイン向けの指輪を選んでいたはずなのだが。
て言うか、何か話が勝手に進んでいますけど。
「あ、ありがとうございます! 兄は背が高くて、こちらの騎士様より少し高い位。私と同じ黒い髪で・・・」
ソフィアの男前な返事に涙を振り払った少女が、顔を輝かせて行方不明だという兄の特徴を説明し始めた。少女がしっかりしているのは、おそらくは恋に理性を曇らせ無謀にも迷宮に挑んでしまう様な、頼りない兄を持ってしまったからだろう。その指輪で、伯爵令嬢の心を射止める事が出来る保証などは、ないであろうに。
まぁ、どうせ『虚無の狼の迷宮』に潜るのだから、良いけどね。
「これ、私たちがご主人さまに頂いた指輪と、そっくりです。それに、これなら大きさもアリシアさんとエレインさんの指の大きさに、ぴったりなはずです!」
シャーリーが大事そうに指輪を二つ、俺の手の平に置いてくれた。俺がドワーフの街でソフィアとシャーリーに送ったのは、確か『幸運を招く指輪』とか言う事だったと思うが、そのシンプルな造りの指輪は広く帝都でも売られている品だったらしい。それが、この店のお下げ髪の少女の姉の手を経て、再びここで同じ物を目に出来るとは。
・・・量産品で良かった。
若干面倒事を増やした様だが、それ以上にこの店に来た甲斐があったと言う事なのだろう。シャーリーに礼を言うついでに頭を撫でると、ツインテールがふりふりと揺れた。
ソフィアの聞き取り調査が終わるまで、ツインテールと指輪が如何に似合うかを夢想して待つことにしよう。




