第125章
125.
バイルクラウ村の村人達に依る、野盗に殺された辺境伯の屋敷の者たちの埋葬は、その日一日いっぱいを費やす事となった。辺境伯の用事で他の村に行っていた何人かを除いて、伯爵が失った者の数は10人を超えていた。今後、老いた伯爵と伯爵令嬢の二人が、人の減ったこの屋敷を切り盛り出来るのかが甚だ心配だが、これまでの行いのお陰か、生き残った村人達は入れ替わり立ち替わり屋敷を訪れては伯爵親子に手伝いを申し出ていた。無いとは思うが、いつの日にか俺がソフィアたちと何処か平和な土地に引きこもり、平穏な日々を送るならば、是非その村の村人達から辺境伯同様に慕われたいものだ。
まぁ、ないな。
俺とソフィアたち4人も、アレス王推奨の辺境伯の支援は今更何も望めぬ事は十分に理解した上で、『虚無の狼の迷宮』に挑むまでの僅かな時間を伯爵親子の手伝いと、この先は望めない食糧や消耗品の補給に費やしていた。
「あ、この店で小麦粉が手に入りそうですね!」
タッタッタ、と駆けていったシャーリーが、通りに軒を連ねる店々の一軒の入り口を覗き込むと、振り返って嬉しそうにそう報告してくれた。ツインテールの結い目に隠れたその可愛い耳が、きっとピクピクと動いて俺の甘噛みを誘っている筈なのだが、残念ながら今は見ることは叶わない。俺も人間の村で余りエルフの血を引くシャーリーを村人の好奇の視線に晒したい訳ではなく、シャーリーは今は久しぶりのツインテール姿となっている。
けして、今夜の予行演習をしてくれている訳ではない。
「これで、ほぼ必要な物は揃うかしらね?」
相変わらず俺の左腕を捕縛したままのソフィアだが、だいぶ、こちらの掴まれた腕の痛みは和らいでいる。良かった良かった。
単に俺が痛みに慣れたのか、麻痺したかの、そのどちらかの様な気もするが。
伯爵とも旧知の間柄であるアリシアと、食事以外ならほぼ、何でもこなせるらしいエレインを伯爵親子の手伝いに残し、残ったソフィアとシャーリーを引き連れ村に繰り出した俺は、買った品物をソフィアの無限倉庫にしまって貰いながら、村の店々を物色していた。
それにしても、エレインはそれだけ何でもこなせる癖に、何で料理は出来ないんだろうね?
悪びれもせずに『食器洗いなら出来まっけど、ほら「水の精霊」やさかい、火を使う料理は苦手なんでっせぇ』とか言ってのける。皆の視線が『じゃあ、「火の精霊」なら出来るんじゃ?』と淡い期待にアリシアに集中するが、ぶるぶると首を振るってアリシアが全面否定した。『消炭にするなら・・・』ダメですね。食べられません。
店の木戸をくぐると穀物店というより、よろず屋の様だ。店の手前には穀物類らしい袋詰めの山や、何かの実が詰まったガラスの大瓶が並び、更に奥には小物類が並んでいる。小物類と言っても食品ではなく、宝飾品だろうか?
何か、妙な組み合わせではある。
「何か、お探しですか、お客様?」
店の一番奥には更に大きく開かれた引き戸があり、そちらが居住スペースなのだろう。何か、元いた世界の田舎の商店の造りを彷彿させるが、積まれた商品を物色する俺たちに声を掛けたのはタバコ屋のお婆ちゃんならぬ、小さなお下げ髪の女の子だった。黒い髪の色は、この世界では比較的珍しい。引き戸の向こうから、ちょこんと覗いた小さな頭が、俺たちに問い掛ける。
シャーリー、負けてますよ? その胸の薄さ(失礼!)とか、ロリ度とか。
別に勝ったからって、何って事はないんだけどね。
「小麦粉が欲しいんだが、置いてあるか?」
すかさず対抗意識を燃やしたらしいシャーリーも俺の右腕を拘束するが、大丈夫だよシャーリー、流石に俺も合法ロリは良いが(良いのか!?)本物はダメだ(多分。一応は)。心配しないでも、今夜は皆に並んでツインテール姿を見せてもらうからね。
ほら、既にお下げ髪の女の子からも、伯爵令嬢並の冷たい視線を受けているし。
心配ないよ、きっとこれからも、俺は要らぬ誤解を受け続ける運命なんだね。
少なくとも、本物はダメだよ? 多分。
「・・・こ、小麦ですか? 小麦はそちらの袋入りの品物になります。一袋、金貨一枚です」
流石に店番を任されているだけあって、幼い顔に引き攣った営業スマイルを浮かべながらも、そう教えてくれる。金貨一枚ははっきり言って暴利だが、流通コストの高いこの地では、村で生産されている以外の物、特に重量物は高くても仕方ないのかもしれない。
それは、それとして。
歳不相応な、その営業スマイルに隠れた視線は『さっさと金払って帰って』という雰囲気ではあるが、勿論、キミの心配通りには成りようもない筈だ。ていうか、これだけ両手を抑えられていたら、たとえ俺がホンモノ、つまり非合法なロリもokだったとしても、襲ったりなんか出来ないんですけどね。
それはそれとして、女の子の手前の棚。店の奥まで差し込んだ僅かな光で輝く、その棚に並ぶ物は・・・。
「済まないが、この店では指輪も扱っているのか? この指輪と似た様なデザインの物があれば、見せて貰えるかな?」
アリシアとエレインとの約束、つまり二人にもソフィアやシャーリーがしているのと同様に指輪を贈るという話。実は少し、気になっていたりもする。こんな小さな村で、ドワーフの街並の宝飾品が売られているとは、とても期待はしていなかったのだが。少なくとも何種類か、選ぶ事が出来そうではある。
「はい、帝都で、宝飾品を作る仕事に就いた姉が送ってくれている品なんです。宜しければ手にとってご覧ください」
女の子が指輪の入ったケースを一つ引きずり出して明るい店の入り口に近い、積まれた穀物袋の上に置いてくれた。いつの間にか俺の腕を、さっさと放り出した二人が、自分達の指に嵌めた指輪と似たデザインの品を探し始めた。
まぁ、宝飾品に限らず買い物の品を選ぶの好きだよね、女の子は。
店の片隅に置かれた丸椅子に座り込んで、肩を寄せ合ってキャッキャッと盛り上がりを見せる二人の後ろ姿を眺める。
「あなたが、伯爵様を助けて下さった騎士様なのですか?」
顔を上げると、ぼぉっ、と大小、並んで揺れるヒップを見るとはなく見ていた俺に、お下げ髪の女の子が素焼きのカップに入ったお茶を持って来てくれていた。
良かった、少しは俺に対する女の子の不当な警戒が解けたらしい。
そうそう。残念ながら俺はキミを襲う程、ホンモノじゃあ、ない。
その証拠に、あちらのお尻に見入っていたでしょ?
何かそれも、如何かという気もするが。
それに、俺は騎士でもない。この世界では、ただの冒険者、迷宮の探索者に過ぎない。
「実は、騎士様にお願いがあるのです・・・」
両手で、お茶を渡した後の空のお盆を胸に抱え、お下げ髪の少女がそう、切り出した。
嫌われるのも困るが、頼られるのは、もっと困る。
既に、困らせてくれる相手が4人もいるし。
俺は騎士ではないが、困った女の子のお願いっていうのは、断り辛い物だったりするのだが。




